反撃
ぞくぞくと震えが来るほど寒かった。風呂を沸かし熱い湯船に浸かっても震えていた。泣きすぎて下瞼がヒリヒリ痛んでもまだ湯気の中で涙はこぼれ続けた。膝を抱いて目を閉じ浴槽に全身を沈めると脳裏に道路上にうつ伏せに倒れている自分の姿が浮かんで見えた。どこかの屋上から飛び降りた姿に違いない。
「全身を強く打ち間もなく死亡」
聞き慣れた文面がひゅるひゅると浮かんで消えた。
想像の自分の死体を怖いとは感じない。
むしろその姿に恍惚としていた。
生きるのはしんどい。こうなってしまえば楽になる。何も感じない世界がある。
抗い難い誘惑だった。
そうやん、死ねばいいだけやん。
節子の目の奥の光は死ぬことを希望にかすかに戻り始めていた。
まるで通勤するときのように身支度をして、外にでると死に場所を探してさまよった。
以前飛び降り自殺者が出て住民を震撼させた近所のマンションに行ってみる。
その人は15階の非常階段の手すりを乗り越え中庭に堕ちたのだ。
まだ7時というのに住人が植栽に水をまきながら節子に気付いて会釈する。よくこんな人目のある小さなスペースに身投げ出来たなと首を振りながら立ち去った。
節子の足は数年前に訪れたきりの実家に向かっていた。
大阪市内でも開発から取り残された長屋ひしめく地区に節子の実家は建っている。
町屋などという、小洒落た呼び名も有るようだが改装してカフェや雑貨店として使うならまだしも実際の生活の場としては間取り最悪の狭小住宅でしかない。
冷たい両親に避けられ、滅多に来ることもなかった実家に何故やって来たのか。
寄る辺の無い身にせめと死を選ぼうとする自分を憐れんでくれるのではないかと未練がましくやって来た、というのが本当のところだった。
小さな植木鉢の並ぶ玄関を遠くから眺めていると母親が出て来た。
「お母さん」弱々しい声で呼び掛ける自分を想像する。節子の顔を見ると母は一気に顔をこわばらせるかも知れない。「えっ、どうしたん、どうしたん、いきなり何の用?」と迷惑そうに言うかも知れない。
迷う内に母は持っていた手提げカバンを自転車の前カゴに放り込んだ。これからシルバー人材の仕事に出るのだろう。
一秒も惜しんでせわしなく自転車にまたがり走り去る後ろ姿は誰の訪問も一切拒否しているかに見える。それは節子が子供のころ怖れた母の態度と全く同じだった。
何か相談しても聞いてもらえず顔を背け叱られていた。ずっと母は父と2人して節子をいじめ続けた。
家事を押し付けてケチをつける。
当てつけのように妹だけを可愛がり、節子は愛情乞食だった。その時のまま、自分は変わってないのだ…




