反撃
一点を見つめ一言も発しない節子に業を煮やしたのか、昭夫は「店には実家から通うから返事決めたら知らせてくれよ」と言い残していつもの汚い咳に貧相な胸を上下させながら出て行った。
夜が更けてもさすがに食欲が湧かずサンドイッチを食べようと思いついた。冷凍の食パンを解凍する間にトマトをスライスし一つのフライパンでさっと春キャベツのソテーとスクランブルエッグを作り辛子マヨネーズであえたらパンに挟む。ものの二分で出来たサンドイッチの切り口は瑞々しいトマト、ふわふわの卵、柔らかなキャベツの三色が食欲をそそる。節子は自分の作るサンドイッチが好きで今日も美味しそうに出来たのに食べることが出来ない。
絵里と一緒に食べられたらとチラッと思った瞬間に突然音もなく洪水のように湧き出した涙が節子の全身の力を奪っていった。
泣いても泣いても涙は枯れることもなく、いつの間にか寝てしまうまで泣き続けた。
夜中に目覚めたがその時も泣いていた。
年を取るだけ取って積み重ねた物も無く、手元に何一つ残っていない。熱く愛された記憶もない。
一男一女の子供に恵まれたが子供と情愛が残っているのかさえ自信がない。長男の裕樹にはベタベタせず子離れを意識して接してきた。
昭夫によく似た祐樹は成長と共に母親である節子を軽んじた態度を取るようになった。
幼いときから、いつも強い物に惹かれる祐樹は、テレビのヒーロー物を見ていても、常に有利な方の応援についた。悪役が優勢な前半は悪役目線で、ヒーローが挽回する後半はヒーロー目線に変わる。スポーツはどの選手どのチームと言うわけではなく勝ちそうな方につくだけのことだ。
だから夫婦間の力関係を幼い心で察して母をぞんざいに扱う父を見習っていたのだ。
常に劣勢の方に肩入れする性分の節子はそんな息子に嫌悪感を抱くこともあった。
後で生まれた絵里とは相性がよく、一緒に居るだけで楽しかった。
絵里もまた不遇なものを強くかばう性格だった。
明るく朗らかな絵里の優しい心根にどれだけの幸せをもらったことだろう。
でも、それも手放す時が来ていた。
彼らは独立し、自分の人生を生き始めている。
夫婦で寄り添って年齢を重ねる事もかなわず、打ち込める仕事もなく、住まいさえ追われかねない。
自分探しなど興味ないのに本当の自分を見つけてしまった。
いつの間にか窓の外は明るくなっていたが今日から有給に入るので出勤しなくていい。




