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1.7

「暫く視界に入らないでって言ったよね」


固まっている私の顔を覗き込みながら春樹が言う。

忘れたの、と静かに冷ややかな響きの声で聞かれた。

私はその言葉に首をふるふると動かす。昨日のことだ、さすがに忘れたりしない。


「じゃあ、何。俺に会いにきたの?」


冷たい表情なのにどこか艶めいた顔に少し見とれ、我に返って目線を外した。


「…違う」


ふぅん、と低い声で反応された。

やはり春樹の機嫌は相当悪いらしい。それほど私に会いたくなかったのだろう。


「あの、新垣君の…お友達の方から、逃げていて…」


私は春樹に今までの事を説明した。

暴言を吐かれたこと、暴力を振るわれたこと別れろと迫られたこと。

春樹は興味なさげな顔で感想を言った。


「石川達か。まぁ、そろそろだとは思ってたけど」


オトモダチの名前は石川さんというらしい。

この男にハナから罪悪感があるとは思ってなかったけど。

言い方からして最初から、遅かれ早かれこんなことになるのは分かっていたのだろう。

なのに何も対策を取らなかった。

確かに、私達の間には愛情はこれっぽっちもない。だからと言って春樹が他人事として見て良いはずがあるのだろうか。


「それでここに来たわけ。屋上が開くとは誰も思ってないし、俺がいる前では手がだせない」


つまり俺を利用したんだ、と薄く笑った。その笑顔にぞっとしてしまうのはもう条件反射。

というか春樹は何が言いたい?利用したことを責めたいのか。悪いのか、だって春樹だって私を大いに利用しているじゃないか。私はあくまで使われる立場だから生意気だと思ったのか。

ふざけないでほしい。

こうなったのは誰のせいだ。私の態度も少しは問題があったかもしれない。

だけど、元凶はこの男、新垣春樹だ。その事実はどうやっても譲れない。


「新垣君のせいもあると思います…」


発した声はみっともなく震えた。

どうしようもなく悔しくて苛立たしい。


「あなたのせいで私はこんな目にあったんです。私の平和を奪ったのは新垣君です」


春樹と付き合わなければこんな謂れのない暴力や暴言を吐かれる事なんかなかった。

友達に避けられてクラスで孤立することもなかった。

全部元をたどれば春樹のせい。

春樹と付き合ったりなどしなかったら、胃や胸を痛めることのない平和な日常を失くしたりしなかったのに。


「は?本当に俺のせいだっていうの」


なんの冗談、と私を笑い飛ばした。


「全部お前の自己責任だろ。俺に言いがかりしないでくれる?石川に捕まったのはあんたがノロいからだろ。俺だったらそんなの躱してさっさと逃げるね」


謝るどころか逆に私を貶してきた。

そうだ、昔から春樹はそうだった。

私には絶対謝らない。大抵非があるのは春樹なのに、最終的に折れるのはいつも私。

成長してそれは変わらないようで、さらに性格が歪んだようにも感じる。


「あーあ、それにしても見っとも無い恰好してるね」


春樹が私の制服を見下ろして言った。

紺のブレザーにははっきり足型がついていて、無茶苦茶に走ったせいでブラウスはスカートから飛び出してハイソックスはずり下がっていた。

ふいに私は春樹に乗っかったままなのを思い出し、慌てて腰を上げようとするが腕を引かれてできなかった。


「なにを…」


顎を掴まれて頬を潰されたせいでその先はうまく言葉にならなかった。




「俺のせいでって言うなら、もっとグチャグチャでボロボロになれば良いのに」




あっという間に春樹との距離が無くなって、唇にやわらかいものが触れた。

鼻孔が春樹の匂いを吸い込み、やたらと切ない気持ちにさせる。


懸命に抵抗しようとするのにいつのまにかがっちりと抑え込まれてて身動きができない。

なんとかその腕から逃げようとしていると突然口のなかに何かが挿れ込まれた。

それは私の歯列をなぞりだす。

それが舌だと気づいて恥ずかしさに目蓋を必死で閉じた。


最初のものとは違う。全く別物だこんなの。


ずっとずっと生々しくていやらしい。


知識としてこんなキスがあるのは知っていたが勿論したことはなく、特殊な人だけがする行為で普通の人はしないものだと思っていた。


それが、まさか自分がすることになるなんて。



一通り春樹は歯列を舐め上げると、今度は縮こまっていた私の舌をきゅうきゅう締め上げてきた。耐えがたいその刺激に私は互いにつながった口内の中悲鳴をあげた。

時々春樹が頭の角度を変えて、その時に聞こえる水音に耳を塞ぎたい気分になった。


どのくらい経ったのだろう。


初めのキスと違い随分長かったように感じたが実際はそんなに時間は経ってないのかもしれない。

春樹の唇が離れていて、外気の冷たさを口元に感じる。

酸欠状態の頭はうまく回らなくてただ荒い呼吸をしながら、見たくもないのにお互いの唇同士を架かる銀糸を途切れるまで見ていた。


「エロい顔」


春樹は私を見下ろし実に愉快そうに微笑んでいた。

自分が今どんな顔しているのかなんて分からないが、そんなの言いがかりだ。ただ、息を整える必死で言い返すことはできなかったけれど。

なんで春樹がこんなことしたのか分からなかった。

今の状況でどこでキスをするタイミングがあったというのか。



混乱している私の耳に5限目の始まりを告げるチャイムが聞こえた。


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