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1.6


連れて来られたのは人気のない3階の端の非常口。いや、人気ならある三人ほど。

予想通り、春樹の取り巻き――所謂オトモダチ。

皆美人で垢抜けているけど不穏な空気を醸し出している。そんな彼女達を前に完全に怯えて気を抜けば無様にぷるぷる震えてしまいそう。


「なんで連れて来られたかは分かってるんでしょ」


真ん中のリーダー格っぽい女子が口を開いた。

黙っていると、早く喋れよ、と後ろの女子に背中を強く押されて前のめりの姿勢になる。


「…新垣君と別れてほしいんですよね」


「なんだ、分かってるじゃない。話が早くて良かった」


私をわざわざ呼びつけていうことなんて一つだろう。そしてこんな人数で押しかけているのは、私にそれを拒否しにくくするためなんだ。ああ、胃がキリキリする…。


「あんたみたいな不細工に春樹君はもったいないのよ。皆言ってるわ、あんたみたいな身の程知らずにたぶらかせれて春樹君が可哀想だって」


「どうせ卑怯なことして春樹君を騙してるんでしょ。そうでなきゃ春樹君があんたに振り向くなんてありえない」


「無理やりキスさせて皆に見せつけて恥ずかしいとか思わないの」


「春樹君の優しさを利用してよく平然としてるよね」


クズ!

ほんとクズ女!


四方八方から罵声が浴びせられる。あまりの言われように茫然とした。脱力しすぎて反論するのも忘れていた。

私は春樹を騙してなんかいない。あのキスはさせたんじゃなくさせられたし、見せつけたのではなく公開処刑されたんだ。それから、優しさを利用?その発想がまるきり逆だ。

まだぬるかった須藤達でさえそうなのだから、そんな事を言っても彼女達に言った所で何一つ信じてくれないのだろう。


「はっきりいって、春樹君にあんたみたいな女は不必要なの。むしろ邪魔」


不必要。


そりゃそうだ。

今は女避けに利用はしているが、利用価値が無くなれば切り捨てられるだろう。

それで構わない。

取るに足らない私のことなんて捨てればいい。捨てて忘れてしまえばいい。二度と振り返ってくれなくてもいい。

私があのとき望んだのは、つまりそういうこと。


「そうだね」


自嘲めいた笑みが漏れてしまった。敬語も忘れてしまった。


「…なに笑ってるのよ、何が面白いのよ、馬鹿にしてんの?」


怪訝な顔をされた。というか怒らせてしまったようだ。

当たり前だ。今のは私が悪かった。誰だって話の途中意味不明なタイミングで笑われたら勘に触るだろう。彼女達に私の気持ちを分ってほしいというのは無茶というものだ。


「すいません、笑ったのには特に深い意味はないんです。本当に新垣君に私は要らないっていうのは分かってますし…」


精一杯申し訳無さそうな顔をしたが雰囲気が和む様子がなくて、冷や汗が背中から噴き出る。


「なに?彼女の座を手にして余裕ぶってんの?」


「違いま…」


「春樹君に飽きられてるの自覚してないんじゃないの。頭わっるー」


「はぁ、まぁ…」


「大方春樹君があんたのクズさに気付いたんでしょ。あんな分りやすくシカトされて、私ならショックで死んでるよ」


「は、はい…」


「だからなんでそんなにヘラヘラしてんだよ!」


真ん中の女子にいきなり突き飛ばされた。

全く予想してなくて足の踏ん張りが利かず、しかも反射神経も鈍い私は殆ど無抵抗で廊下に尻餅をついた。尾てい骨が床に当たって痛くて少し悶えてしまう。


というか私、へらへらしていましたか…?

今度は笑ってはなかったはずだけど…?次から次へ言葉を浴びせられどう答えればいいか、アワアワしたいただけなのに…?

また顔か…。私の顔がムカついたというのか…。


「目障りなの、春樹君と別れてよ」


私を見下ろす八つの視線が痛い。

多分裁判中の被告人はこんな気分だ。胃は相変わらずさっきからずっと痛いし、さらに口の中に苦いものが上ってくる。ああ、居心地が悪い…。


「……私としては、そうしたいのですが」


泣きたい。この世の理不尽さに。


「…無理です……新垣君の許可がないと…」


「ふっざけんな!!」


頬を打たれた。手加減なしの強さ。というかビンタなんて生まれて初めてされた。

衝撃に顔も打たれた方向を向いてしまった。


「まだ勘違いしてんの?馬鹿じゃない」


一人が私の太ももに足を乗せて踏みにじると、うっすらと制服に足型が付いた。


「死ねよ、ブス。もう二度と春樹君に近寄んないで」


それを口火にして次々と足を出してくる。手や足が踏まれてもみくちゃにされる。


「うっ…」


なんで、なんで私がこんな目に遭わなきゃいけないんだ。

あの男のために、あの男のせいで。

頭の中にあの人を馬鹿にしたような奴の笑顔が浮かんだ。



「うわああああああああああああああああああああっ」



叫んだ、思いっきり全力で。

キャーとかじゃない分シリアスに欠けている、どことなく情けなさが漂う悲鳴。

傍から見たら多分ちょっと気でも触れたと思ってしまう。

事実、私を踏んでいた足が上がって止まった。少し怯んだようだ。

これこそが私の狙いだった。


腰を上げて体勢を立て直し、息つく暇も無く立ち上がった。運動神経が切れている私にしては俊敏な動きだと思う。

そうして立ち上がって、わき目もふらず踵を返して全速力で駆けた。もうほんと半泣きになりながら。そう、逃げたのだった。


「待てよっ」


後ろで私を追いかける足音が聞こえる。

待てと言われてもこればっかりは待てない。…とはいえ脚力もスタミナも平均以下の私がこのまま逃げ続けられるわけがない、しかも、私は一体どこに逃げたらいい?下手に人気のない所だとさらに窮地に追い込まれそうだし、教室に行っても誰も守ってくれない。かといって職員室はここから遠い。


…一つだけ、安全な場所を思いついた。


しかし、絶対に行きたくない。どうしても。

すごい嫌だ。どんな顔をして行けばいいか困るし。

…だがしかし、背に腹は代えられない……。

走りながらずっと悩んで渋って、もう体力の限界で、何度も捕まりそうになりやっと私は決断した。


急遽路線を変更をして、そのまま階段を駆けあがった。

もう捕まったら殺されるという気持ちだった。とにかく必死に足を動かして屋上のドアを開けてそこに突っ込んだ。清涼な風と青い空が私を出迎えてくれる。

無事にたどり着いた、エアゴールテープを切って悠然と三歩、四歩走ってそこで転んだ。

ドジっ子を発揮したわけではない。


何かに躓いたのだ。

細長いなにか。そう、まるで。


人のような。


「あ…」


そうだ。いるのだ。

私は知っていた。ここに来れるただ一人。奴をあてにしてここまできたのだから。

でも、まさかうっかり躓いてしまうとは。

今まさに私は乗っかっていた


新垣春樹の膝の上。


寝転がっていた春樹はけだるそうに上半身を起こしてそして視線を私の方に向ける。

ああ、まずい。私は猛烈に時間を撒き戻したくなった。


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