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7.4

*R15要素ありです。ごめんなさい。

昨日の今日でまた来ることになるとは…。

相変わらずがらんどうな春樹の部屋。

ていうかこれはまずいのではと思う。

仮にも男の人の部屋に一人で行くとか、さぁ…。昨日行ったけど。

どうして私もそのままホイホイ行ってしまった…?何も考えなさすぎだろ、私。

普通に学校とか図書館とかで良かっただろうになんで春樹の部屋なんだ。いや、それはそれで春樹が人目を引いてあんまり集中できなさそうだけど。


「なにつっ立ってんだよ」


春樹がローテーブルを出した。そういうのはあったんだ…。

その近くに慎重に腰を下ろして、また迷う。ここで帰るとか言ったら怒るかなぁ。

だめだと思うんだ。やっぱりこういうのは良くない。別に本当にそういう関係でもないのに気軽に異性の部屋に行くのは。今からでも帰ったほうがいい。そして勉強は近所の図書館にでも行って一人でやろう。


「あの春樹…」


横目で春樹の顔を窺いつつ声を出す。


「なんだよ」


座った春樹が顔をこちらに向ける。


「や、やっぱり…」


「やっぱり帰るとか言わないよな。真琴から言い出したことなんだし」


思考が読まれてた、やはり。そしてその無駄に爽やかな笑顔が怖い。

そして私は春樹の部屋で勉強会やりたいとは一言も言ってない。


「い、いやぁ、病み上がりなのに付き合せたら悪いと思って」


あんまり無理しないほうがいいんじゃない、と春樹の体をいたわるふりをしてどうにか抜けられないかと探る。

すると突然私の手が取られて春樹の額まで持っていかれる。指先が滑らかな皮膚に触れたのを感じる。


「ほら、もう熱ないだろ」


「う、うん…」


厭味なくらい自然にそういうことしちゃうんだもんなぁ。

そういうの、さぁ。うん、どうかと思うんだ、うん…。


「ていうかお前の指のほうが熱い」


その言葉にさらに顔に火が付く。

言うなよ、そういうこと!叫びだしたい気持ちで春樹に向き直ると顎を軽く持ち上げられてあっという間にキスされた。しかも濃ゆいの。なんか耳を塞ぎたくなるような音がいっぱい出てるの。これはもう羞恥心で死ねるレベル。

口が離れて色々ショックに打ちひしがれていると春樹が私の腕を引いた。


「…おい、真面目に勉強するぞ」


あんたが言うなよ、言うなよ、言うなよ…(エコー)。



とはいえ、春樹の言っていることは正しい。時間がもったいない。言いたいことはあるけれど、それは今はおいて置き勉強に集中しよう。

鞄から数学の教科書とノートを取り出してシャーペンを走らせていく。

教科書の例題を解くがそんなにスムーズではない、むしろ止まりがち。ノートを見ながら、問題の解法を掴んでいく。


「……」


あとさ、すごい視線を感じるんだけど。気のせいじゃないよね、これ。春樹にガン見されてるよね。

そんなプレッシャーかけられると決してメンタルが強くない私は耐えられないんだが。

分からなくなったら言うからそれまで自分の勉強をしていてほしい。やりにくくて仕方がない。

一言苦情をいれようと顔を上げた。


「あの」


「そこ、符号逆。だから答えが違ってる」


春樹が突然私のノートの計算式を指差した。慌てて確認してみると確かに符号を間違えてた。


「あと、三角関数の値を暗記してるみたいだけどそんなことするより図を使ったほうが楽。これでπ以上になってもすぐ対応できる」


春樹がシャーペンでノートの上に円と軸を描いた。そこに矢印と成分を書き加える。


「あ、なるほど…」


「分かったなら章末問題解いて、次はグラフ問題に行け。取り合えず今は基本を固めろ。山岸は出例題と演習の数値変えたのしか出さないから基本さえできてればいいセン行くから」


「は、はい」


なんていうか、予想外にちゃんと教えてくれている。本当に意外だ。

何やってんのこんなのもできないなんてバカじゃねーの、とか言われるかと思った。

そして、さっきまで変なことを考えて警戒していた私が恥ずかしい。

春樹はちゃんと勉強を教えてくれようとしていたのに。これからは考えを改めなければ…。


「ぼけっとすんな。手と頭動かせ」


欲を言えば、顔がちょっと近すぎるのを何とかしてほしい気がしますが。耳に春樹の声が響いて若干ぞくぞくしてしまうんで…。



■■■■



「頭が熱い…」


ちゃんと教えてはくれるが春樹はとんでもなくスパルタだった。怒涛のスピードで問題を解き、気付けば2時間少しで現在授業が進んでいるところまで追いついた。


「ほら」


立ち上がっていた春樹が机に何かを置いた。よく目にするチョコレート菓子だった。


「え…えっ…」


「糖分補給」


パッケージを開けて中に一つ開封して取り出し、それを私の方に向けて差し出す。何故。

…もしかしてこれを食べろと?

そのまま春樹が口にするでもなくじっと止まっているからそういうことなんだろう。え、まじで?

普通に食べちゃだめなんですか。そういう気持ちをこめて春樹の顔を見上げるが、春樹はやはり微動だにしない。行けと…そういうことなのか。

本当に何度も止めたほうがいいのでは、と何度も自問自答した末私はそれを咥えた。

もちろん味なんてしない。羞恥のあまり味覚が麻痺している。頭が熱いなんてもう思わない、そんなことより私の顔面はもう焦げているんじゃないかという方が気がかりだ。

恐る恐る春樹を見上げると、その頬も色づいている。やらせた張本人が照れるなよ。そうしてどこか独り言のように声を上げた。


「…なんていうか。手で取るかと思った…」


「えっ」


春樹の一言に思考が止まる。

そうなのだ、春樹は何も口で取れとは言ってなかった。手で受け取ったってよかったのだ。むしろそうすべきだったのか。それがなにをトチ狂った醜態を晒したのか。

春樹ならこう要求するだろうという思い込み、自意識過剰な考え。

うわっ恥ずかしい、これ以上ないほど恥ずかしい、私!


「か、帰るっ!」


大慌てでノートや文房具を鞄の中に放り込み立ち上がろうとした所を腰を掴まれてそのまま床に戻される。否、それは床ではなく膝の上。誰かなど言わなくてもいい。


「待て。俺は嬉しかったから帰るな」


「無理矢理フォローしなくたっていいから…」


「フォローなんかじゃない」


耳たぶの裏に厚い何かが押し付けられている。お腹に回った腕にぎゅうと力が入っていくのを感じた。

どうしよう、胸が痛い。べつに胸には何の力がかかっているわけじゃないのに。

よく分からない不思議な圧迫感が薄っぺらな胸の奥にある。

なにこれ狭心症?心不全?死ぬのか、私。

無性に泣いてしまいたい。意味が分からない。なんでいきなりこんな情緒不安定に。

ああ、考えがまとまらない。


「今日のキスもさっきのもすごく嬉しかった。夢じゃないかって信じられないほど嬉しい。もっとしてほしい、ずっとこれから」


チキチキと心臓にカッターナイフを当てられる心象風景が思い浮かぶ。

そのまま突き刺されば簡単に死ねる。殺される、春樹に。

でも私は何故かそれが嫌ではないらしい。本当は、私は春樹に殺されてしまいたいのかもしれない。


「なぁ、真琴」


熱い息が耳にかかる、押し付けられる。

身震い、それは恐れか興奮か。もうよく分からない。


「…したい。今すぐここで」


「は…?」


突然。そんなことをぽつりと零す。

とんでもなく不穏な予感がして恐る恐る聞きかえす。


「したいって…何を」


「セック…」


「分かった!今急に分かった!!理解したからもう何も言わなくていい!」


うわぁああ。

前言撤回だよ、ほんともうやっぱりホイホイ部屋になんて行くんじゃなかった。何が何でも帰ればよかった。


「で、どうなの?いいんだな?」


「よくないよくない!」


必死にもがいて抵抗を試みる。大体最近春樹に対する警戒心が薄れすぎてるんだ、私は。


「なんで、怖いか?」


そりゃもう!色々怖い。それにだめだろ、それは。その一線はどう考えても。

半ば分かっていたがもがいても春樹の腕から逃れられない。逆にもっと締め付けがきつくなっていく。それでもあがけずにはいられなかった。


「頼む…このままだと頭がおかしくなりそうなんだ。無理だ、もうこれ以上我慢なんて無理」


「し、知らない!そんなのっ」


「無責任だな、お前のせいなんだぞ」


言いがかりだ。そんなもの。

そう言い合ってるうちにもなんかお腹をもぞもぞ手が這い回っている。ひぃ、口から五臓六腑が零れ落ちそうになる。


「優しくはする………壊れない程度には」


ボソッと耳元で言われた言葉に、それはどんなレベルの優しさなんだよとツッコミたい。

制服のブレザーのボタンがいつの間にか外されていてさらにベストまで手がかかっている。いや、だからまずいって。本当に。

何とかして春樹を止めなければ。力づくでは敵わないから、何か春樹の気を引くようなことを言わなければ。



「かっ、考える時間がほしい!!」



その言葉が正解だったのか、春樹の手が止まる。


「考える…時間?」


そう!と言った声が若干上ずってしまった。


「こ…こういうのは、そんなに軽くしてはいけない事だと思うんだよね。私達まだ高校生だし、ハハ…。それで、その、覚悟を決めるのに時間がいるかな、と思いまして」


隙を見つつブレザーのボタンを掛け直す。


「だ、だめかな?」


ちょっと振り返って春樹の方を見る。須藤に媚び諂ったような情けない顔と称されたチワワ顔をしてみる。せめてこの顔で色々萎えてくれれば、と期待も込めて。

ぐ、と春樹が眉根を寄せていた。それから深くため息をつかれた。


「…明日でいいか…?」


「短っ!」


一日で一体何を考えられるというのか。全然意味ないだろ、それは。


「せめて…半年くらいは…」


「は?ふざけんなよ、却下」


これでも妥協したほうなんだけど。


「じゃあ三ヶ月」


「却下」


「二ヶ月」


「却下」


「一年」


「何で延びてんだよ」


もういい、と春樹が息を吐いた。



「真琴に合わせてたら一生できない。期間は俺が決める。

テスト明けまでだ。これ以上一秒たりとも待ったりしない。せいぜいそれまでに覚悟とやらを決めて頂かれる準備でもしとけ」



どうしよう、とんでもないことになった…。


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