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7.2

結局いつもおのように屋上でお昼ご飯を食べることになったのだが。


「春樹…、重くないの?ていうか食べにくいでしょ…下ろしていいんだよ。むしろ下ろして下さい」


なにこのデジャヴ感。

私は今現在どういう体勢かというと、春樹の膝の上に横抱きされてそのままお腹に片手が回っている。最高に落ち着かない。精神的にも肉体的にも非常に落ち着かない。


「そうだよ、島崎ちゃんも居心地悪そうにしてるし離してあげなよ」


見かねたのか篠原が助け船を出してくれた。


「嫌か?」


頭を上げると、思った以上に春樹の顔が近くにあってとっさに顔に熱が走る。


「お前は嫌か?こうされるの」


「え…」


まさか聞かれるとは思ってなくて呆けてしまう。

というか聞くな、察して欲しい。

こんな言い方されて誰が嫌だと言えよう。私が答えあぐねていると春樹の顔がどんどん近くなっていく気がする。いや、気のせいではない。確実に近い。


「ちょ、ちょっと春樹」


「さっきはよくも押しのけてくれたな」


さっきのことか。何も言わなかったから別に気にしてないと思ったのに。

昨日も思ったけど意外と根に持つタイプだよね、あなた。

そうしてる間にも距離は縮まる。一応突っぱねようと力は入れてるが春樹の力に勝てたためしがないので効果は絶望的だ。仕方ないか、ともう諦めて力を抜きかけた時。


「やめなよ、新垣!嫌がってるでしょ」


春樹の頭が離れたと思ったら春樹が顎の辺りを井澤さんが掴んで頭を逸らしている。あ、春樹の眉間に深い二本皺。相当不機嫌だ。


「ほらほら今のうちに島崎ちゃんこっちにおいでー」


春樹の力が緩まった所で手を引かれた。

そのままするりと春樹のもとから簡単に抜け出ることができた。


「うん、怖かったねー。ひどいよねー、新垣君ったら」


「何やってる」


春樹の手が私の方へ伸びたのを篠原が遮った。


「新垣、人目があるのにそういうのするなんておかしい!しかも真琴が嫌がってるのに無理矢理なんて最低だ!」


井澤さんが声を荒げた。その顔が赤い。本気で怒っているらしい。


「うるさい!別にいいだろ、付き合ってるんだから何をしようと。お前らが勝手についてきてるだけだろ。もう邪魔だからさっさと真琴を置いて出て行け!」


春樹も感情を剥き出しにして怒鳴った。

そして井澤さんの腕を振り払って、篠原の顔を睨む。いつも思うけど顔の整った人の怒り顔ほど怖いものはない。


「付き合ってるんだから何をしてもいい?まるで法律にあるみたいに言うんだね。そんな馬鹿なことないよ、島崎ちゃんの意思も無視して好き勝手やっていいなんて。それこそ井澤さんの言ったように最低」


軽いトーンで言うことはかなりはっきり言っている。

相変わらずあの春樹相手に二人ともすごいな、と思っているとふいに篠原が此方に顔だけ向けた。


「ねぇ、困るよね。無理しなくてもいいんだからね、嫌ならはっきり嫌だって言えばいいし」


ちらりと春樹の顔を盗み見ようとしたら、春樹がいつの間にか此方を見ていたようで目があう。何も言わないでただ私を見ている。その視線に耐え切れなくて下を向いた。


「……人前で色々するのは止めて欲しい…かな」


自分が思っている以上に弱弱しい声が出てしまった。


「ほーら島崎ちゃんもこう言ってることだし諦めれば」


「…わかった」


どうしたのだろう、珍しく春樹の物分かりがよかった。口はややへの字になっているが。


「だけど、そこにいるのは止めろ。篠原に近すぎる」


「えー好きなところにいればいいんじゃないの。別にそんなの気にすることじゃないよ」


目を吊り上げている春樹とへらへら笑っている篠原に詰め寄られて困る。

なんなんだよ。春樹はもとからだとして最近篠原までおかしい。春樹は春樹で私が篠原と仲良くされると付き合っているという信憑性が無くなるから近づけないように警戒しているし、篠原は何だ?春樹に何かしら張り合っているのか。どうでもいいけど、あんまり私を振り回さないでほしい。


「私、井澤さんと食べるから」


井澤さんのもとに小走りで駆け寄ってその背後に回った。


「うん、そうだね。真琴」


あっさり井澤さんが答えて再び座ってその隣に私も腰を下ろした。

そうか、最初からこうすれば良かったんだ。明日からはこのポジショニングでいこう。





「あ、そろそろ昼休み終わるから教室戻ろっか」


篠原の言葉に立ち上がって屋上を出る。


「あ、次実験だ」


急に思い出したらしく井澤さんが慌てたように階段を駆け下りていった。

前を歩いていた春樹が立ち止まる。なんだ、と思い私も止まる。


「島崎ちゃん、早く行こうよチャイム鳴るよ」


「う、うん。分かってるから先行ってていいよ」


どうして私もそんなことを言ってしまったんだろう。

いや、分かっている本当は。

春樹が振り返る。

階段の段差がある分今は同じ直線上にお互いの顔がある。

春樹が顔を寄せて、そしてまた離れた。


「…嫌だって言ったしな」


「あ、いや、それは」


急にそんな私に振られたって困る。

いつも抵抗なんてなんのその力ずくでねじ伏せるくせに、委ねられたらそれはそれで困る。

…じゃあ何だ。結局私は春樹にそうされるのが嫌いじゃなかったのか。いやいやいや。Mか、私は。そんな、まさか。

そんな眉根を寄せた見るからに不満そうな顔をされてもどうしろっていうのだ。まるで拗ねた顔。どう見ても拗ねて見える。表情のせいかいつもよりずっと幼く見えて、そしてそれは。

そんな顔をされれば少しは自意識過剰になってしまう。

あとでただの思い違いだと分かって恥と自己嫌悪にまみれてもいい、と思った。


「…あの……他に人いなかったら…別にいいから…」


こんなこと自分が言うはずがない。だけどその言葉は私の口から吐き出されたものだったのだ、紛れもなく。

そして私は一体これ以上なにをしようというのか。体を前のめりに移動させる自分が自分で分からなかった。私自身混乱している。そんな状態で無闇に体から意識を手放してどうする。司令塔を取り返せ。

止めたほうがいい、頭ではずっと警告文が流れている。


なのに私は、私の体は、全部そんなもの無視して春樹に身を寄せ、あろうことかその口に自分のそれを押し付けた。


「わっ」


他でもない自分がしでかしたことなのに勝手に驚いて仰け反ってしまう自分の小物さが悲しい。

やってしまった…。とんでもないことを。何か弁明しなければ、と口を開くが言葉がとっさに出てこない。

だめだ、もうこの場をにげてしまおう。

足を一歩踏み出した瞬間。視界が暗くなった。視界だけじゃない。なんかこう圧迫感が…。

そして口に違和感。いや、違和感というか、私は知っているこの感覚を。


「…っ、春…」


口を離して言葉を発しようとしたが後頭部を抑えられすぐに元の状態に戻された。

あっという間に口内が蹂躙されて頭の中が蕩けてうまく物事を考えられない。腰に回っている腕が痛いくらい締め付けている。

私の息が続かなくなりそうな頃、それは離れて今度は私の顔中に唇を落とした。何度も何度も。その度になんともいえない気持ちに苛まれた。


休み時間を終わりを知らせる予鈴をどこか人事のように聞いていた。


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