6.8
*アレがアレな描写あり
ざまあみろ。
俺と付き合うことになって、真琴が女子達から目の敵にされているようだった。クラスにいた友達らしき奴らからも。たった1日で。昼休みになって真琴のクラスに言ったその様子を一人ほくそ笑んで観察する。
それでいい。孤立して、他の誰からも見向きもされなくなればいい。そんなもの真琴には必要ない。
その代わりに俺がずっとこの先傍においてやる。
嬉しいだろう?俺は嬉しい。
それでも抵抗して逃げようとするから、少し構おうと廊下の途中で立ち止まる。
「渋い顔してるけど、なにか不満でも」
真琴は薄く細い眉毛を八の字にして口をへの字に結んでいた。
絵に描いたような困り顔で少し笑える。
「俺は島崎の好みの顔じゃない?それとも外見より中身が大事って薄ら寒いことでも言ってんの」
昔から不思議だった。
俺は自分の顔が好きではないが、他人はこと顔に好感をもつらしいというのは分かっている。けど、真琴が他のように俺に見とれてたり迫ってきたりしたことがない。小学生のときはそういうのに興味がなかったのかもしれないと思うことが会ったが、高校生になって再会してもそういう様子が見られない。
他と同じになれとは言わないが、少しくらいそういう様子があったっていいだろと思わなくもない。そうでなきゃ不快な環境に晒されている俺の割に合わない。
単に俺が真琴の好みの外見からはずれているだけなのか。と、思考が行き着けば途端に苛つき焦れてくる。我ながら余裕が無くて嫌になる。
「ねぇ、島崎のタイプってどんな男なの」
真琴にそんなものがあるだけで許せないけど。
女だろうが男だろうが真琴が好ましいと思う人間がいるなら、殲滅させたい。
そんなものにいつ真琴を横取りされるかという恐怖に怯えるくらいなら消してしまったほうがいい。
そんなものを作らせないようにしてきたつもりだが、俺がいなかった五年間で何が起きていたか分からない。現に友達は何人かいたみたいだし、おばさんから恋愛関係のことは無かったとは聞いていたがそれでも親の見ていない所でというのがある。
「……普通の人がいいです」
ぼそぼそと小さい声で真琴が話しだした。
真琴が視線を下に向けて逸らした。黒目が小さいので視線がどこに行っているかすぐ分かってしまう。
ためらうように間を置いて、何度も言いかけて止めて、真琴は言葉を続けた。
「普通でいいんで、私の傍にずっといてくれて、私だけ好きでいてくれる人がいいです」
思わず固まってしまった。
それは本当のこと?嘘ではなくて。
真琴が欲しいのはそんな人間?それだけが条件?
何で。
だって分からない。
「なにそれ」
脱力した手はだらりと落ちた。
胸の奥が怒りで徐々に煮え返っていくのを感じる。
なんで。
どの口でそれをいう。よりにもよってそんなこと。
どんな答えより最悪だ。
ずっと傍にいて、真琴だけを好きでいてくれる人?
なら、それなら。それなのに俺は。
なんで俺はだめだった?
なんで逃げた?約束も忘れて離れていった?
俺だったらそんなこといくらでもできる。頼まれなくてもする。片時も離れずに傍にいれるし、真琴だけをいつでも見てる。それは真琴だって分かっているはずだ。
なのにどうしてお前は俺の手を離していったんだ。
「…っ」
気を抜けば真琴を問い詰めて自分の気持ちを全部吐きだしてしまいそうになる。女々しくて情けないだけの気持ちを。
どうして、いつも俺だけ。
俺だけこんなに苦しいばかりの気持ちを背負い込まなければいけない。
それで一人余裕が無くて、真琴の一挙一動に振り回されている。今だって真琴にしてみたら何気ない一言にすぎないのに、俺はこんなに動揺させられていて。
不平等だ、全く納得がいかない。
真琴はもっと苦しめばいい。傷付いてボロボロになってしまえばいい。
俺が苦しかった分だけ、血を流せ。もがき苦しめ。
もう、他人でいることなんて許さない。
だから真琴を女子達から助けるのを止めた。
■■■■
誰もいない、いるはずのない屋上の真ん中で俺は寝そべっていた。
昼休み。頭によぎるのは昨日のこと。真琴のこと。
顔を見たくないと告げていたから、多分ここにはこない。
会いたくないわけが無かったなかったがこんな風に動揺している状態で会ったら何を口走ってしまうか分からない。慎重でいきたいからこそ危険はおかしたくない。
真琴の必要とする人間になんで自分があぶれたか、ずっと考えていた。
俺がまともじゃないから。壊れているから。
空っぽだから。何も持ってないから。与えられるものがないから。色々なことを許せることができないから。
理由はたくさんでてくる。でも大抵のことは俺にはどうしようもできない。変える事もできない。そして根本的な理由は真琴が俺を好きではないからという判断をした。
何もかも忘れたふりをして逃げきろうとしている真琴は憎い。
けれど好かれたくないかと聞かれたら決してそんなことはなかった。
真琴の気持ちが欲しい。手を引かなくたって、一緒にいてほしい。柔らかい笑顔で安心させてほしい。俺が真琴を求めてる分以上に真琴に俺を欲しがってほしい。
どうすれば好かれるのか考えて、そして気付く。
再会してから俺は真琴におおよそ好意的なことは何一つしていない。
脅すように付き合うように迫って、また裏切られそうになり他の生徒のいる前でキスをして、あまりに情けない可愛い顔をしていたからつい髪を引っ張ってしまい、真琴の友達が離れていくよう仕向けて、今だって真琴がどんな目にあうか分かっているくせに女子達を放置している。
俺がしたかったのはこんなことか。
違う。前と同じことを繰り返したい訳ではない。
違うのだ。
確かに、俺はあの日、真琴に会おうと走っていた時。
もう苛めたくないと思っていた。大事に大事にして、俺が持っているもの全部捧げて、溶けるほど甘やかしたいと思っていた。
なのに、いざ真琴と再会したときのことを振り返ってみればそんなもの何も果たされていない。
馬鹿じゃないのか、俺は。そんな男を誰が好きになってくれるのだ。
怒りに支配されて何もかも見失っていた。
気付いたなら、踏みとどまろう。
同じ轍などふみたくない。
これからの真琴の扱いを取りとめもなく考えていると、屋上のドアが開いた。
鍵をかけてはいなかった。開かない屋上に近寄る生徒はいないから。だから、入ってきた人物かなんて見なくても分かる。ここが開くなんて知っているのはたった一人。
ここに俺がいるのを真琴は知ってたはずだ。それでここまで来たのだから俺に会いに来てくれたのだろう。そんなことで一々間抜けに喜んでしまう自分に腹が立つ。
真琴はフラフラと小走りで此方に向かってくる。
どうやら俺の存在にはまだ気付いていないようだ。というか、危ない。何処見て走ってる。変に上を向いて、そしてその目も虚ろ。そして、そのまま俺に躓いて俺の膝あたりに転がった。そして躓いたのは俺だと気付いて小さな目を最大限に見開いてにして驚いている。もう何だこいつ、なんでこんなにかわいいのか分からない。
「暫く視界に入らないでって言ったよね」
少しにやけてしまったのをごまかそうとして言ってしまった。
真琴の表情が固くなったのを確認して、話の方向をずらすことにする。
「じゃあ、何。俺に会いに来たの」
真琴が俺をまじまじと見てそれから違うと答えた。
きっぱり答えられると苛つく。少し期待してしまった俺にも。
考えれば当たり前のこと。いきなりそんなにうまく事が運ぶ訳がない。
がっかりしつつも真琴の話を聞くことにした。
聞けば石川たちに苛められそうになり逃げてきたらしい。
石川とは俺と同じクラスの女子のことで、常に俺に付きまとっているグループのリーダー格をしている。やたら俺の友達であることを主張する最もうざい奴ら。俺に近寄りすぎる女子に幼稚な嫌がらせをしているとか聞いたことはある。それくらいしてもおかしくない。
「新垣君のせいもあると思います…」
弱弱しく揺れてはいるが確かに真琴はそう言った。
それに決して弱くない意思を感じ取る。
「あなたのせいで私はこんな目にあったんです。私の平和を奪ったのは新垣君です」
そう、その言葉は正しい。
決して気が強くない真琴が俺にただ従うのではなく意思を見せてくれたことが嬉しい。
それが例え反抗でも、真琴の考えていることは教えて欲しい。そして、それが俺についてのことだから尚更嬉しかった。感情を向けられたい。気持ちをぶつけられたい。
もっと真琴を喋らせようとして嗾けたら加減を間違えたようで真琴は黙ってしまった。
ふと、真琴の格好に目が行く。
よほど全力で走ったのだろう制服はよれていいて崩れている。スカートは汚れて、足型のようなものが付いている。片方の足のハイソックスがずり下がってほっそりとした脹脛が露出している。
「あーあ、それにしても見っとも無い格好してるね」
そうしたのは俺ではない。だけど俺のせい。
俺のせいで真琴がこんな目にあって、苦しんでいる。
駄目だ。
むくむくと沸きあがって行く懐かしい感覚を抑えようとする。
駄目だ、たった今真琴に好かれようと決意したばかりなのに。
だが耐えられない。だって俺はそれがどんなに好いか知ってしまっている。
俺の上から退けようとした真琴を引き寄せ、そしてブラウスから覗く肌に目が行く。浮き出た鎖骨と滑らかそうな肌を前にして頭でなにも考えられなくなる。走ったせいか汗で僅かに光っている。
それに噛り付きたいと思った。自分の歯型がついたそれを見たいと思った。
触れたい。しがみ付きたい。もっと見ていたい。
暴走する、分かったときにはもう押さえ込むことなんて不可能だった。
「俺のせいでって言うなら、もっとグチャグチャでボロボロになれば良いのに」
小さい身体はあっさりと抱き寄せられ俺の腕の中に納まる。そのまま抱きしめると思いのほか抱き心地が好かった。そこからもう一度体を離し、真琴の顔を見る。
これ以上ないくらい困った顔をしていた。頬に赤みが差しているのを見て、それにますます思考を乱される。ふっくらとした桃色の唇が震えている。たまらなくなってほぼ衝動的に真琴の顎を掴み、それに自分のを重ねた。
貪る、という言葉がまさに正しい。
キスなどどんなに求められてもしなかったし、したくなったことなどなかったのに。
何故か真琴だけ、真琴にだけはしたくて堪らない。彼女の意思を無視してでもしたい。ずっと真琴が許すのならいつまででも触れていたい。
真琴の口内に自分の舌をねじ入れ、無我夢中に嬲っていく。
身体中どこもかしこも火をふきそうなくらい熱い。
その熱量を真琴に叩き付けたいという強い欲求があった。一人ではきっと放出しきれない。無尽蔵の熱。埋め込みたい。共有してほしい。そんな欲求に抗うことが血が逆流しそうなくらい辛い。
分かっている。
そんな真似をした日には、もう本当に取り返しのつかないということくらい。
最後にもう一度真琴に力の限りしがみ付き、そして身体を離した。さっきまで真琴に触れていた部分が空気に触れて冷たい。
「エロい顔」
頬を紅潮させて肩で息をする真琴にほぼ反射的に言ってしまった。
本当にいやらしいのは誰だろう。
そういうものに興味が薄いのだと、淡白なのだと言っていた自分を嘲笑った。
この大嘘付き。
真琴は今でも小さくてひょろいがもう小学生ではないのだと改めて分かった。
いや、俺の肉体は身体はそんなのとっくに分かっていた。気付いてなかったのは頭でだけ。
もう何も知らない純粋無垢な子供ではない。俺も真琴も。
そして自分はそれでも、むしろだから余計に真琴が欲しくてたまらないのだ。
なんのことはない。ただ求めるものが一つ増えたというだけだ。
自分のどうしようもなさに今度は声を上げて嗤ってみた。




