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1.3

*痛い描写あり


「…やっぱり早まったかも」


つい心の声を口にしてしまった。

小声だったから、誰にも聞こえてないはず。

四時間目の授業も終わって、昼休み。色々ありすぎて空腹感がない。むしろ胃が痛い。

あんなに接触しないようにしていた春樹と遭遇してしまった上に、その彼女になるとか。

どうしてこんなことになってしまったのだろうか。春樹とつながりを持つなんてハイリスクなことを。


「怖い顔してどうしたの」


いつのまにか栞が私の前にいて、首をかしげていた。

なんでもない、と私は笑ってみせた。


「そう?ならいいけど。それはそうと早く机こっちに寄せなよ」


「あ、うん」


私はいつもお弁当は栞とあと何人かの友達で机をくっつけて食べている。

一々移動するのが面倒でもあるが、一人自分の席で食べるのは味気ないものだ。皆で食べてる方が、私は人の輪の中に入っているんだと安心できる。

そうだ、今は栞達とお昼を食べることを楽しもう。

春樹のことはもう考えても仕方がない。運が悪かったのだ、そう思おう。

幸いなことに私の事は覚えてない、もしくは私が幼馴染だった島崎真琴だったと気付かれていないのだ。

春樹にとっては初対面なのだ。初対面で都合良い場面に会ったから利用しただけだ。

それだけなら無体なことはしないだろう。


「…真琴」


呼ばれて振りむくと友達の一人がいた。

少し様子がおかしい。しきりに教室の戸口を気にしている。

教室の雰囲気もなんだか妙だ。変にざわついている。


「どうしたの?」


「真琴のこと呼んでるんだけど」


新垣春樹君が。とその先に続いた。

もう一度後ろを気にして、私に向き直る。なんで新垣君があんたに会いに来てるの?とその顔に書かれていた。


目眩がした。


なんでこんないきなり来る?

確かに了承はした、だけど本当についさっきじゃないか。心の準備もなしか。

しかも、私の教室にわざわざ呼び出して。

行きたくない。予感どころではない。絶対嫌な事がある。

だけど、これほど皆に認知されてしまった以上さすがに無視するのも逃げるのもいただけない。


「島崎」


廊下に出ると確かに春樹がいた。一人ではなかったけど。

春樹にぺったりくっつくように立っている女子が三人。何枚折っているのかスカートがやけに短い。化粧をばっちりしていて、美人と呼ばれてもおかしくないほど整った顔をしている。というか化粧もスカートも校則違反だろう。


「会いたかったよ」


どの口が言うんだ、そんなこと。

春樹に爽やかな笑顔を向けられたが、今更そんなものに胸がときめくほどおめでたくはない。それに100パーセント嘘だろ。しかも、この状況でいうってどうなんだ。

自意識過剰とかではなく、すごく視線がこっちに集中している気がする。もし彼女達の視線がレーザービームなら私死んでる。


「春樹君、だれそれ」


春樹のすぐ側にいる女子の一人が聞く。訝しげな顔で私を見ていて、小心者の私はもうそれだけで震えあがってしまう。


「俺の彼女だよ」


ためらいもせずにそう告げて、さらに何を思ったか私の肩を引き寄せた。ぐっと縮まった距離に警戒心が増す。


「嘘…だって興味ないっていってたじゃない」


「うん、興味なかったんだけどね。この子に会って好きになっちゃって、結構粘ってやっとOKしてもらえたんだ」


その子は信じられない、という顔をした。

よくそんなしゃあしゃあと淀みなく嘘がつけるものだと閉口する。


「なんでそんなのに」


睨まれた。殺さんばかりにすごく睨まれている。


「ありえない、信じられないこんなの。全然」


こんな女に負けたなんて、という副音声が聞こえてくるようだ。

そうだ、春樹の彼女になるのはこういうことだ。彼女達の、いや学校中の女子生徒を敵に回すということだ。そんな考えるだけで胃が痛むようなことを他の誰でもなく私が負わなきゃいけない。

そんなの御免だ。

助けてもらった義理とか約束なんてどうでもいい。そんなものより自分がかわいい。

そもそも私には荷が重い。私のスペックを見たら誰だって納得がいかないだろう。もっと春樹に相応しい彼女役を立てた方がいい。


「あの、違うんです。私は…」


弁明するなら今しかない。彼女じゃないんです、とその先に言葉が続くはずだった。しかしそれは叶わなかった。


顔を無理やり方向転換させられて、何?と思っていると顎に手を添えられさらに上を向かせられる。口をはさむ隙もなく、それは実行された。


私の唇に奴のそれが触れた。


所謂キスという行為。

春樹はどうかしらないが、確実に私はそんなことをするのは初めてだ。

キスに特別夢を見ていたわけではないが、こんな形で初キスを失うとは思わなかった。

ショックで茫然としている私から春樹は顔を離した。


「弁当取っていきなよ、一緒に食べよう」


平然と、何も無かったようにそう言った。

その神経が分からない。この男は絶対私に罪悪感など覚えてない。


「悪いけど、島崎の弁当持ってきてくれる?」


私が反応しないのを見かねて、春樹は教室の中でこちらを覗いていた女子の一人に声をかける。私にとってさらに追い打ちなことに、それは私の友達だった。見られていたのか、今の一部始終を。最悪だ…。


「じゃあ島崎、行こうか」


私の弁当箱を受け取った春樹に手を取られる。そして、変な沈黙が支配する中そのまま引きずられるように連行されていく。それに抗うようなガッツは私にはもう残ってなかった。


本当、やられた。

あそこまですればどんなに疑わしくても誰だって付き合っていると思ってしまうだろう。でも、そこまでやるか、普通。


「…ってどこ行くんですか」


二年の教室なんてとっくに過ぎて廊下をどんどん進む。

道行く人の視線を感じて下を向く。ああ、ストレスで禿げそう。

春樹がどこに向かってるのか見当がつかない。お弁当を食べるなら定番は中庭とか食堂だろうけど、進んでいる方向からして多分違う。そんな所に行っても注目されるだけで全くくつろげる自身がない。また針のむしろの上に座らされるのは御免こうむりたい。

私の質問を全く黙殺して、突き当りの階段を上っていく。


「その先って屋上しかないのでは…?」


屋上は鍵がかけてあって、生徒は立ち入り禁止だったはずだ。

私がそういうと、やっと春樹は振り返る。私の手を掴んでない方の手で制服のポケットから鍵を取り出した。

ちょろいよね、とすっかり猫を脱いだその邪悪な笑顔。


「たまには一人になりたいんですって担任に言ったら渡された。いつでも使っていいからって」


…マジかよ。

そんなことしていいのかよ。そんなことが許されていいのか一生徒に。というか私なんかにそんなの簡単に喋ってしまっていいのか。

不条理さに納得がいかない私を放って春樹は慣れた様子で屋上のドアを開けた。


初めて入った屋上は取り留めて変わった所はなかった。

殺風景な灰色のコンクリートの床に錆びた緑のフェンスがいかにも屋上っぽい。

ドアを開けたと同時に風が吹きかかる。学校は三階建てでたいした高さじゃないが、それでも地上より風が強いようだ。今日は天気が良く、抜けるように青空。

私の心は反対に黒く淀んでいるけど。


「なに不細工な顔をしてるの」


春樹が私を見下ろしている。

別にわかない訳でもないだろうに、わざと聞いている。

知ってた。この人性格が悪い。


「なに?キスがそんなに驚いた?」


「驚くとかじゃなく…なんであんなこと」


返事につい恨みがこもってしまう。

無意識にスカートを強く握りしめていた。皺になってしまうのも疎まずに。


「なに?初めてだったの。そうだよね、あんた地味だしどう見たってモテるタイプじゃないからね。彼氏なんてできたことないし、他の男子といい感じになったこともない」


質問にちゃんと答えない上に、人の事を完全に馬鹿にしている。

私がいくら怒っていてもこの男には少しもきかない。にやにやしながら「違わない?どうなの?」と挑発するように詰め寄ってくる。


「そういうことはどうでもいいじゃないですか」


違う、と言いたかったが言って追及されたらボロが出そうで止めた。

キスは勿論ショックだった。

夢をもってなかったとはいえ、私だって好きな人としたかった。私の気持ちも何もかも無視されて、さらにこんな風に人を騙すためになんかしたくなんかなかった。


だがそれより、人前に晒されながらしたのが一番ひどい。

これからどんな顔して教室にいけというのだ。友達にも見られてしまった。私の友達だって例外じゃなく春樹のファンだったのに。いままでのように友達付き合いするなんてどう考えても無理じゃないか。


「キスまでする必要はなかったといえばなかったんだけどね。島崎が約束を破ろうとしたから」


私に向けて手を伸ばされた手が私の髪に振れた。そしてその手は髪を一房捕まえる。

確かに私はあの時本当の事を言いかけた。春樹に邪魔されなければ全部言っていただろう。

それではこの男はこうなったのは私のせいだと言いたいのだろうか。


「裏切り者には制裁を、こんなの常識だろ」


髪を掴んだ春樹の手がそのまま上に引き上げられる。引っ張られる痛みで目が開けられない。いくら叫んでも反応がない。私の髪が抜けるまで離す気はないのかもしれない。


「最低…!」


痛くて弱弱しい声しかでない。手で押さえてこれ以上引っ張られないようになんとか抵抗するも、異様に力強くて振りほどける自信がない。


「何言ってる。最低はお前だよ、島崎」


笑みを深めたのは何故なのか。ぎらぎらしているその目は何を考えているのか。

どうしよう、怖い。この人怖い。私なんかじゃ手に負えない。

まだちょっとは可愛げのあった小学生の時なんか比べものにならない。春樹はとんでもない化物になってしまった。



「残念、もう逃げられない」



剥き出しになった私の耳にそんな言葉が囁かれた。


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