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4.8

*暴力表現注意です


「春樹君と別れたらしいけどね、そんなことしたってあんたはムカつくのよ。春樹君を勝手に奪って大きな顔してさ。しかも聞いた話ではあんたが春樹君を振ったって話じゃない。何様のつもりなの?ドブスのくせに」


石川さんの声が頭の中を揺らしていく。

必死でどうにか打破できないものかと考えているが、正直頭を抱えたい。


逃げるにもこの状態でどうやって逃げたらいいんだ。

川島君にがっちりホールドされていて動けない。しかも四方八方を人に囲まれている。それが全て味方ではない。そして近辺に建物は少なく、しかも住宅街からやや離れている。加えてこんな無駄に広い廃工場ならどう考えても外に声は届かない。

状況は絶望的だった。

もっと運動神経がいい人なら、もしくは頭のいい人ならなんとかこの場を切り抜けられたのかもしれないけど、私には無理だ。


「もう二度と学校に行けなくなるくらいにしないと気がすまないの。ここだったら、何の邪魔も入らないし逃げられない。徹底的にあんたを叩きつぶしてやる」


なんか怖い事を言われている。

体がものの見事に恐怖で震えていく。


「ほんと馬鹿よね、春樹君と別れなかったら私達なにもできなかったのにさ」


石川さんの隣の女子が笑い交じりにそんな事を言った。


「せっかく春樹君があんたに誰も手が出さないように牽制してたのに。ウチらだって春樹君に嫌われたくないから下手なことはできないし、こいつらも春樹君の反感を買って女子を敵に回したくないから何もできなかったのよ」


「……うそ…」


全く信じられなかった。

一言もそんな話を聞いたことがない。そんな素振りを一度も見せたことがない。

なによりあの男が私のためにそんな事をするとは思えない。

しかし、近頃何もされていなかったのは確かだった。


「信じろとは誰も言ってないから別に信じなくたっていいわ。ただ、あんたが勿体ないことをしたなってだけ」


愉快気に誰かが笑い声を上げた。


「本当勿体ないよね~、あんたの顔じゃあんなイケメンどころか普通の彼氏だって作るの難しそうなのに」


クスクスと耳障りな笑い声に囲まれる。

その笑い声に栞達が加わっているのを横目で見た。

そこまで彼女達に嫌われていたのか、私は。

出てきたのは空っぽの溜息一つだった。そんな自分に笑えて少し吹き出してしまった。


「なに笑ってんの」


胸が急に詰まった。

何が起きたのかよく分からない。

呼吸が上手くできなくてただただ喘ぐことしかできない。鈍い痛みが胸にじんわりと残っている。患部を手で押さえて痛みを緩和させたいのに拘束されている身では、それは叶わず耐えるだけ。

遅れて状況を分析してみると、石川さんに蹴られた、しかもそれが鳩尾に入った。ということらしい。

らしい、とか冷静に言ってる場合じゃないと思うけど。


「なにこれ位でへたってんの、情けない」


背後の川島君がよろけた私の背中を膝で突きながら、ふざけたような声で言う。

じゃあお前が鳩尾蹴られてみろよ、とよっぽど言いたかった。


「凛もこいつ殴ってみる?いいストレス発散になるよ」


凛、というのは確か須藤の名前だ。

そうだった。こ数日馴れ合っていて忘れたけど須藤はよく私の悪口を言っていた。

消えてほしい、とかよく言われていた気がする。本気でそう思っていたのだろう。だからこうやってこの場にいるのだろう。


須藤がゆっくりと私の前にくる、そして私の前にやってきた。

脚が振り上げられる気配がした。

また蹴りか。顔を殴られるのよりはマシだけど、今度は鳩尾に入らなければいいと思った。

覚悟を決めて私は目を閉じた。



「痛ぁッ!!」



声はしたが衝撃はなく、瞑っていた目を開けるとかわりに背後の川島君が蹲って足を押さえていた。

それを須藤は突き飛ばして地面に転がす。



「ノロマ!早く逃げるのよ!」



須藤が叫ぶ。その声に我に返って身を起こす。促されるまま、全速力で後ろに駆けだした。

運動が苦手とかこの際言ってられない、とにかく全力で地面を蹴った。


とにかく走って走って後ろから石川さん達が追いかけてくるのを感じながら全力で走った。


そのまま工場を出ても決して足の速い方ではない私がすぐに追いつかれるのは明白で私は出ずにぼうぼうに伸びている工場脇の雑木林の中に逃げ込んだ。


私がそこに入る所は見られていなかったらしく、しだいに声が遠くなっていく。


声を出さずじっとしていると、やがて誰の声も足音も聞こえなくなった。


やっとゆっくり息を吐いた。


が、安心している場合じゃないとすぐに気が付く。


須藤は大丈夫だろうか。

大丈夫なはずがない。あんなまともじゃない連中に逆らって何もされないはずがない。

急に不安になり胸が押しつぶそうになる。

あんなに須藤は私のために体を張ってくれたのに。


「最悪だ、私…」


自分の事しか考えていなかった。自分の無事の事だけ考えて、一人で逃げた。

須藤のおかげで逃げれたのに。


ああ、だめだ。無限に罪悪感に締め上げられそうになるのを、首を振って払う。


こんなことをグダグダ考えているくらいだったら須藤を助ける事を考えなければ。


今更私が戻ったって、一人だけじゃ返り討ちにされるだけだ。


何か武器があればいいのだが、あるのは脆そうな木の枝くらい。石川さん達は何とかできても、男子二人を相手にするのはきつい。しかも鞄は連れて来られる時に落としてしまった。


かなり絶望したが、まだ何かあるかもとスカートのポケットに手を入れてみた。


「あ」


携帯電話が入っていた。


アンテナもちゃんと三本立っている。

いそいそと電話をかけようとするが、またしても壁にぶつかる。


何処に電話すればいいんだ…。


警察か?いや、イタズラ電話と間違えられるのが関の山だな。

うちに電話するか?いや、父は会社だし母はパートに行っている。多分電話しても通じない。


とりあえず、アドレス帳を探してみるが一年以上連絡を取っていない中学校の友達と栞達しか見当たらない。改めて自分の交友関係の狭さを呪った。

篠原のアドレスも春樹に消されたし、この状況を救ってくれそうな人は見つかりそうにない。

半ばあきらめかけているとナ行の一人の名前が引っかかる。



新垣春樹



…なんでだ?


どう考えても奴を登録した覚えがない。

見てみると電話番号だけが登録されていた。

なぜかは分からないがとりあえずかけてみよう。

別れ方がああだったから正直かなり気まずいし、こちらのお願いを聞いてくれるか分からないけど、とりあえず今の所頼れるのはこれだけなのだ。


恐る恐る春樹にかけてみる。1コール、2コール、3コール…


『はい』


出ちゃったよ!

3コールで出ちゃったよ!

内心わたわたしつつも私は受話器に声をかける。


「あの…島崎、真琴です」


『ああ』


春樹の表情が見れないのがこれほど怖いことだとは。

また眉間に皺を寄せているのではないかと思うとヒヤヒヤする。

とりあえず要件を言おうと若干声が大きくなりながら電話した。


「大変申し訳ないのですが、助けてもらえませんか。今石川さんに追いかけられていてしかも人数が多くて男子もいて逃げられそうにないんです。今、私以外に一人捕まってて早く助けなかったらマズくて…」


だめだ、あせって変な説明になる。

このままだと何言ってるかわかんないんだけど、と電話を切られてもおかしくない。


『場所は?』


「えっ」


『だから、場所は?』


これは助けに来てくれるという事だろうか。

焦れたような春樹の声に、私もあわてて答えた。


「柏木通りの廃工場、っていって分かる?」


『ああ、そこのどこに今いるんだよ』


「その横の…」


影が差してきてふと見上げると、同時にケータイを取り上げられた。



「どこにかけてんの、全く。油断も隙もないわね」



私の携帯のディスプレイを見て、石川さんがこちらに向かって嗤った。


「へぇ、春樹君に電話したんだ。でも無駄なんじゃないかな。だって自分を振った奴を助けたりする?しかも人前なんかで振って恥かかせられた相手に」


興味を無くしたらしく石川さんは私の携帯を地面に叩きつけた。


「もういい加減、全部諦めちゃいなよ」


それは死刑宣告。

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