4.6
春樹が皆の前で私に会ったことで、栞達からまた前のように無視されたり石川さんたちにいじめられるかと思ったが、意外なことにそんなことにはならなかった。
春樹のことを何も聞かないし、陰で噂している様子もない。何かと私に構ってきて、私もそれに応じている。やっぱり別れるみたいな話をしたからだろうか。
石川さん達はどうなっているのか分からない。井澤さんをターゲットにしているのか、それとも春樹にすり寄っているのか。昨日、放課後に元気そうに部活に出ている井澤さんを見たからとりあえず大丈夫だと判断した。篠原が上手くやってくれているのかもしれない。
「島崎、あんたまだあいつらとつるんでるの」
そう言って、私の机にどっかりと尻を置いてるのは須藤だった。
なぜかこの頃須藤が絡んでくる。特に害がないから放置しているが。
「これ食べる?季節限定スイカ味」
「何それ、きもっ」
じゃあ、食べなくてもいいよ。と言おうと思ったがすでに須藤は私が差し出したチョコレート菓子を口に入れていた。
「くそまずい」
「……そっか」
こういう奴だと思えば大して腹は立たないものだ。
それにしても須藤は相変わらず一人だ。いつも一緒にいた友達とはそういえば最近話している所を見ない。ケンカでもしたのだろうか、女子の世界は色々あるものだ。同情なんてしないけど。
「真琴!島崎真琴はいる!?」
突然大きな声が教室中に響いてぎょっとした。
戸口の方を見ると小柄なこぼれそうなほど大きな目が特徴的な女子の姿が見えた。
井澤さんだ。
私が彼女の方に行くまでも無く、目が合うと飛ぶようにこちらにきた。
「真琴、あんた…」
井澤さんはすごい剣幕だった。ビビった。すごい怖い。
一体何があったのか。とりあえず、ここですぐ話せるものじゃないだろう。
「えーと、場所かえて話しませんか…?」
また後日都合のいい日にと提案しても今じゃないと駄目だと言いそうな雰囲気だ。休み時間内に話が終わればいいんだけど。
わかった、と私の言葉に思いのほか素直に同意してくれた。
■■■■
「なんで須藤もいる…?」
着いたのは屋上階段踊り場だった、一番近い人気のなさそうな場所がそこだったのだ。
色々この場にいるのは嫌なものがあったが、仕方がない。さすがに普通の休み時間にここまで来たりしないだろう。
「何よ、居ちゃ悪いの?」
キッと睨まれた。
あれ、この場合私が悪いのか?部外者の須藤が当たり前のように付いてきているのがおかしいんじゃないかと思った私は間違っている?
「真琴、話聞いて」
井澤さんは須藤の事を全く気にしていないようだった。しかも私なんか怒られた感がある。
「真琴、あんた新垣になんかした?」
大きな目がひた、とこちらを向いている。その目の奥に怒りの色が見えた気がするのはただの勘違いだと信じたい。
「なんかって…」
「新垣が変なのよ、昨日から」
眉を寄せて井澤さんがそう告げた。
心配でたまらないという表情だった。
「ずっとぼうっとして反応がないの。誰が何言ったって上の空で返事しないし、抜け殻みたいになっちゃって。私見てられないのよ」
「…へぇ」
「へぇって、心配じゃないの?!」
信じられないというように井澤さんは言う。
その声ががらんどうの空間に響いた。
「別に」
「何言ってんの、新垣はあんたの彼氏でしょ」
そうか井澤さんは私が春樹と別れたことは知らないのか。
この分だと石川さん達にはあまり接触してないのかもしれない。彼女達にはすでに伝わっているだろうし。
「違う、もう新垣君とは何の関係もない」
え、とさすがの井澤さんも固まっているようだ。
その様子に一言彼女に言っておけば良かったかなと思った。
春樹を近づけないで欲しいと頼んだのは私だし。
「今すぐ謝りに行きなよ、早く!」
沈黙の後、井澤さんから出てきた言葉はそんなものだった。
私に顔を近づけて、本気の顔をしていた。
「新垣は変になったのはそのせいよ。だって新垣はあんなに…」
「ちょっと、井澤さん…」
手首が掴まれた。その強引さがあの男を思い出して嫌な気持ちにさせられる。
まずい、井澤さんは完全に我を忘れていて人の話を聞いてくれそうにない。
どうしようかと思っていると、私達の間に須藤が立ち塞がった。
「チビ女、何を勘違いしてるのかしらないけど新垣君がこんなブスのために一々動じる訳ないじゃない。体調でも悪いんじゃないの、私だったらまずそれを疑うわ」
「は?何言って」
その瞬間チャイム音が鳴り響く。
「ほら休み時間終わった。さぁ教室にさっさと帰りなさいよ」
須藤の言葉に井澤さんはしぶしぶと言った様子で私の手を離した。
何か言いたげな顔でこちらを見ていたが、結局何も言わない立ち去っていった。
「…ありがと、須藤」
ブスと言われたことはとりあえず忘れておく。
「勘違いしないで。あのままいってたらあの女にあんたと新垣のよりを戻されていたかもしれないからああ言っただけよ」
と言いつつ須藤はこちらを見ない。
なんてツンデレ、不覚にもキュンキュンしてしまったんじゃないか。
「だいたい何よ、あの女。自分の言いたい事だけ言って押し付けて…ってあんたもしかしてアレにも別に何も思ってないわけ」
答えられなかった。
それが意味してるのを須藤は読み取ったんだろう、あきれた、と須藤は小さい声で呟いた。
そんなに変だろうか、私は。だって一々怒るのも疲れるじゃないか。
「でも心が広いって訳でもないのよね、あんたは」
須藤は私に顔を向けて、私を見透かすようにこちらを見遣る。
その目に無性に逃げたくなる。
「どうでもいいんでしょう、実は」
須藤は明瞭な声でそう言った。
「みんなどうでもいいのよ、あのチビも川上達も私も誰だって。全部無関心だから何されてもなにも思わないんじゃないの。最初から何とも思ってないから怒らないし、平気な顔で話していられる。その代わり何の感情も向けたりしない、あんたはそういう奴なのよ」
違うか、と須藤は続ける。
「一人だけ、あんたが嫌いな人いたわね」
須藤はそこで薄く笑ってみせる。
もしかして、聞いてたのか。一昨日のあれを。
聞いていても不思議ではない。あれはかなり注目を浴びてた気がする。
「結局あんたは春樹君以外どうでもいいのよ」
なわけないじゃん。何いってんのこの人、頭わいてるんじゃないの。
あんなことされたら嫌いになるのは当たり前だ。それだけのことで私が春樹を特別視しているとか何で言われなきゃならないんだ。それに他人が別にどうでもいいとか思ってない。少なくとも栞達は友達だとおもっている、ちゃんと。
と、色々思ったが敢えて言わないでおいた。
「っていうか、そろそろ戻んないとやばいんじゃない」
私の言葉に首藤は、ああ、と声を上げた。
「次自習でしょ、別にさぼっても大丈夫じゃん」
「いや、それでも先生はくるでしょ」
私は踵を返して階段を下りる。すると須藤も「ちょっと待ちなさいよ」と追いかけてきた。
さっきまでサボる気満々だったろ、あんた。
■■■■
「真琴~、今日こそカラオケ行こう」
帰り際に栞が誘ってきた。結局この前は私が全く気分が乗らなくなって帰ってしまったのだ。それでも今日こうして誘ってくれるのが嬉しかった。
「うん、あ…」
ふと視界に入ったのは、こちらを睨むように見ているストレートなロングヘアでやや釣り目気味の女子。
――――結局あんたは春樹君以外どうでもいいのよ。
その目がまたそう言ってるみたいだった。
そんなことない、という返事の代わりに私は須藤にちょっとした嫌がらせをすることにした。
「もう一人誘ってもいい?」
そう栞に言い逃げして、淀みなく須藤の元に近づいた。
私の行動が予測できなかったらしく須藤は面食らったような顔をしている。
「良かったらカラオケでも行きませんか」
「は?なんで」
意味が分からない、と須藤の顔に大書きされていた。
それはそうだろう。特に深い意味はないもの。
「…嫌なら別にいいけど」
「誰が嫌だって言ったのよ、勝手に決めないで。…って、また半笑だし。何なのよ、あんたは。ほんとムカつく」
こうして須藤もカラオケに行くことになった。
須藤の参加に栞は少し微妙な顔をしていたけど、まぁ大丈夫だろう。