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4.4


「真琴?次、選択だからそろそろ行かないと」


「えっ」


いきなり声をかけられてびっくりした。

ぼうっとしていた私が悪いのかもしれないけど、まさか須藤以外でクラスで私に声をかけてくる人がいるとは思わなかったから。

見上げると、そこには髪をお下げにした目のぱっちりした女子がいた。

前によく一緒にいた川上栞だった。


「ほら、あの先生いつも早く来ちゃうから」


そう言って彼女は私の手を引く。


「あたしも一緒に行くからちょっと待って」


他の女子から声がかかる。その子も依然仲良くしていた子だった。

超展開についていけずただただ手を引かれるのに身を任せるだけしかできない。

なにこれ、まるで春樹と付き合う前に戻ったみたいな感覚にとらわれる。

ふいに栞がこちらの方に振り向いた。また、体がビクッと震える私は蚤の心臓すぎるのかもしれない。


「なにやってんの、教科書持ってないじゃん。ほんと真琴って意外と抜けてるんだから」


栞の邪気のない笑顔が眩しかった。

どうすればいいか分からなくなっている私に、栞は私の机から教科書とノートを取り出してそれを私に手渡してくれた。





どうやら、春樹と別れたという話が広まったせいかと私なりに考えてみた。

須藤達のグループからの反感が少なくなってあまり突っかかられなくなったのが関係しているのかもしれない。さらに、彼女達の嫌悪感も多少薄れたのもあるのだろう。

これは嬉しい誤算といえる。


「これ食べる?新製品で結構美味しいよ」


差し出されたお菓子を私は思わず凝視した。

こんなやり取りいつぶりだろうと、地味に感動してしまった。


「あ、ありがとう」


受け取って食べてみると彼女の言葉通り美味しかった。

私もアメ的なもの確か持ってたなと鞄を探って出るには出てきたのだが、ちょっと溶けてる上にいつ購入したか不明なものだったので渡すのは止めといた。明日何か買っていこうと思う。


「そうだ、真琴英語の予習やってきた?」


側にいたもう一人の友人が声をかける。


「うん、一応…あんまり訳自信ないけど」


「良かったら見せてくれる?私当てられてるんだよね」


「いいけど、ホント合ってる自信ないからね。あ、ごめん。ちょっとトイレ行ってくる」


英語のノートの予習のページを開いて、私は席を立った。

次の授業が始まるまであと5分弱、手早にトイレに行きたかったのに。

廊下に出てきてすぐ須藤に呼び止められた。



「あんたなんか調子にのってない?」


また私に言いがかりをつけにきたらしい須藤。ひとつ疑問なのは、いつも友達何人かといるくせになぜか今日は一人だ。


「別に…」


というか、私が調子に乗ってたとしても何が言いたいのかよく分からない。

須藤は苛々したように髪をかき上げた。サラサラキューティクルの黒髪がちょっと羨ましい。


「あんたのそういう人を小馬鹿にしたような反応すごいムカつく」


「わ、わかった。次から気を付けるから」


わかったからもうトイレに行かせてほしい。

このまま休み時間が終わったら確実に私の膀胱は破裂してしまう。これ以上須藤に構ってる余裕はない。


「待ちなよ、どこ逃げる気?」


しかし須藤が私の腕を掴む。

もう勘弁してくれ!あんたはもうアレだろ、私が呼吸してるのすら気に入らないっていう人だろ。そんなのにずっと構ってやれるほど私も暇じゃないんですよ。特に今は。


「あいつら急に近づいてきてムカつかない?」


「あいつらって…栞たちの事?」


聞きかえすと、当たり前じゃないという顔をされた。


「いままでシカトしてたくせに急に手のひら返したように友達面してるなんてちょっとおかしいんじゃないの、あんたも内心我慢ならないんじゃないの」


「いや、別に…」


またものすごい形相で睨まれた。

しまった、また完全に受け流そうと返事をしてしまった。とりあえず後付けではあるが須藤に納得してもらえるように言葉を続ける。


「新垣君と別れたくらいで、前みたいに戻れるならそれでいいかなと思うんだよね。やっぱり友達とかいたほうが学校生活楽しいし。だから私としては大歓迎っていうか」


私なりに言葉を尽くして説明したつもりだったけど、須藤は顔をしかめていたままだった。


「あんたが何を考えてるかよく分かんないわ」


なにそれ。まるで私が変な人みたいな言い方するのやめてくれないですか。

私からみたら須藤の方が何を考えているか分からないんですけど。


「それに、島崎。あんた本当に春樹君と別れられたの」


思いがけない台詞に、ドキリとした。

まさか私の口からでまかせだとばれたか、と冷や汗をかきだしてきた。



「私なら絶対別れたりしないのに」



…そんなことを言えるのは、春樹の本性を知らないからだ。

本当の奴は、暴力的で、理不尽で、意味不明で、やたら怖いオーラを纏っていて、それで…。

そんなことを須藤に言ってもしょうがないから何も言わないけど。

もう言いたい事は言いつくしたか、と予想して私はトイレに行こうと歩き出すとまた手を引かれた。


「だから、なんで逃げるの」


まだ続くのかこのやり取り。

さすがにもう限界だ。


「い…一緒に行く?トイレ」


こうしてなぜか須藤とトイレにいくことになった。

なんだこれ。




■■■■



「真琴、これからカラオケ行かない?」


HRが終わって帰ろうかと言うときに栞が話かけてきた。

掃除当番は今日はないから、春樹に会わないようさっさと帰ろうとした所だったから暇と言えば暇だった。


「彩と恭子も行くし、久しぶりに行こうよ」


彼女達のお誘いを無下にすることなんてできないから、私は二つ返事で答えた。

するとまた声がかかる。


「なになに、カラオケ?俺たちも言って良い?」


「俺、軟骨のサービス券あるし連れてった方がお得だよ」


西本君と川島君だった。

いつのまにか背後にいてびっくりする。


「いいよ、人数多い方が盛り上がるし」


いいよね、と栞が私の方を向いて答えるのに愛想笑いした。

本当のことをいうと二人とはあんまり話したことすらなかったので、一緒に遊ぶのはあまり乗る気じゃなかった。しかし今更私の一存で来ないでほしいとか言えるわけがない。栞とよく話しているのをよく見るので悪い人達ではないんだろうけど。


「っていうか、島崎と遊ぶの初めてじゃない?」


「なんか新鮮だよな~。あ、そうだ。メアド教えて」


俺も、とケータイを差し出されて、断る理由も見つからないし多分あんまり連絡は取らないだろうからアドレスを交換しても構わないかと思っていると急に寒気がして体が震えた。


「どうしたの、大丈夫?」


驚いた栞が声をかけてくれた。

大丈夫、と答えようとして思考が停止した。


「あ…」


頭の中にあるのはひたすら、まずい、とか、どうしよう、とかそんな言葉ばかり。

すぐ、ほんのちょっと前にいた。

後ずさるのは、凍りついて動けない身体を無理にでも動かして猛ダッシュで逃げたいという意思故だ。

それはゆっくりこちらに近づいてくる。

怒ってる顔ならまだ良かった。

それは、いや奴は、薄ら笑っていた。

そのくせ、その目は昏い光を宿している。

さっきの寒気はこの視線のせいだ、と気づいた。



「ちょっと来てくれない?君とは色々話したい事があるんだけど」



そういえば篠原が言っていた。

春樹が相当怒っている、と。


「もちろん嫌だとは言わないよね、真琴」


地の底から響くような声でそう告げると、春樹は周りの人を平然かき分けて此方に歩み寄っていき、私の手首を握りつぶした。


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