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3.4

そういう経緯で春樹と一緒に水族館に行ったのだが、きまずいったらこの上無い。最初から分かってたことだけど。


私は背後に異様な圧力を感じながら巨大水槽をただ見ていた。

色んな魚の群生とかガラス越しに目の前を通り過ぎていく。

いや、綺麗だと思うしこういうの好きな方なんだけどさ。

なんていうか、こんな状況の時に水族館なんて行っちゃだめだと思う。


周りの家族連れや学生っぽい人達の声で沈黙は気にならないけど。

手は離れているのがせめての救いなのだろうか。このまま手を取られないように死守したいものだ。

ずっと私の頭の方に視線を感じているのは別に自意識過剰な訳じゃないと思う。

怖くて後ろ振り返れない。

春樹は私の後ろにずっといるらしい。なぜかずっと黙ったまま。

お喋りな春樹なんて想像できないけど、この状況も居心地が悪すぎる。

実はこの場所にきて結構経つ。これは体感だが、10分くらいは経過しているのかもしれない。リニューアルしたらしいから色々見てみたいな、とバスの中で少し思ってたけど今は

それどころじゃない。


もうやだ。帰りたい、何度思ったか分からない。

どうしよう、どうしよう。


とりあえずもうそろそろこの場を離れよう。

なんとか後ろを向かずに動こうと左右に動いてみる。

出来損ないのロボットみたいな動きになってしまっているのは分かっている。動いたはいいが、そのままどうすればいいか悩んでいたその時。



『まもなくイルカスタジアムよりフレディ君のイルカショーが始まります…』



館内アナウンスが流れてきた。

それを合図に周りの人達が動き出す。

これはチャンスだ。天の助けだ。私は自分の地味顔スキル発動させる(心の中でそっと)。目立たなさだけには自信がある私だ。これに乗じて人混みに紛れてしまおう。

不自然じゃないくらいの速足で進み、背後の春樹を引き離していく。イルカショーを見るつもりはない。見たいな、と思う気持ちはなくもないけど春樹と一緒に来てまでみたくはない。きっとショーどころじゃなくなる。


撒いたか?


出口付近まできた時こっそり後ろを覗いてみれば、そこにはもう春樹の姿は無かった。

やったっ!!と思わず飛び上がりたくなるのを押さえてまだまだ気を抜くのは早いと拳を固めた。

このまま出口から出て行きたいところだが、もしかしたら私の行動を読んで春樹が出入口に待ち構えているかもしれない。そこで私は反対方向にくるりと向き直り、こっそり一人隅のエレベータに向かう。待ってる間に何度も春樹に見つかるんじゃないかとハラハラしていたが、結局春樹の姿を見ることはなかった。





三階の甲類・両生類コーナに着いて念のため辺りを見回す。


イルカショーをやっているのに加えて、比較的地味なエリアなので人が二、三人ほどいない。別に人が何人いたっていいんだけど。私が探すのは春樹ただ一人。

見渡すだけでは飽き足らず歩いてみる。薄暗いので人の顔までははっきり見えなかったからだ。その人達も全員下の階に行ってしまった。


私一人になってしまった。


春樹はいなかった。私は春樹を撒くことに成功したんだ。私は今自由だ。あの春樹に勝ったのだ。

まだ春樹が後から来る可能性も無くはないが、普通に考えれば私は外に出たと考えるだろう。

想像する。春樹が私を追って外に出て行くのを。


この蒸し暑い中、美貌の顔を汗でぐしょぐしょにして歩き回る春樹。

「なんで、この俺様があの女ごときに簡単に撒かれるんだよ!」と悔しそうに呻く春樹。

そのうちさっきの女子集団に囲まれる春樹。

断るのに手間取り、だんだん意識朦朧とする春樹。

熱中症で倒れる春樹。

そして薄れゆく意識の中で思うのだ、『島崎をもっと人並みに扱ってやれば良かったな、島崎真琴さんごめんなさい』と。


「むふっ…」


自分でもちょっとアレだと思うだと思うが、ちょっと吹き出してしまった。

だってしょうがない。

あのいつも私を奴隷か道具のように扱ってるあの男を、まんまと嵌めてやったのだ。

窮鼠猫を噛む、いままで鬱屈と溜まっていた胸のどす黒い何かがみるみる晴れていくようだった。


「はー、明日あいつがどんな顔をするか楽しみだわ」


その時、首に冷たいものが触れる。

氷のように冷たい訳ではない。だけど、その感触が異様に怖い。

それは私の首を鷲掴みした。力はそこにかかってない、まだ。

そろそろと私の首を撫でているだけ。それは私を脅しているようにも感じられる。お前の首なんか簡単にへし折る事ができるんだよ、と。



「あいつって誰のことだろうね、島崎」



で、ですよねー…。

恐る恐る振り向くと、そこには新垣春樹が涼しい顔で立っていた。

しかも薄く笑っているのが怖すぎる。

っていうかいつの間にいたの。

なんで篠原といい春樹といいそんなに上手く気配を消せるの。

忍者もしくは探偵か何かかお前は。


「急に変な動きしだしたから、さすがに驚いたよ。しまいには馬鹿っぽい独り言言ってるし」


クククと愉快そうに嗤って、しかし一瞬で真顔に戻る。


「大概、俺を撒こうとか逃げようとかしたんだろうけど馬鹿だよね。俺からお前が逃げれるわけがないのにねぇ」


あのさ、と春樹は言葉を続ける。

その目の奥が昏く見えるのは、水族館の中だからなのだろうか。


「何、そんなに俺といるのが嫌?」


それとも、と淡々とした言葉が後に続く。


「篠原がいないのが不満か」


ぴしり、と何かが氷結する音が聞こえた気がした。

心なしか春樹がこちらを睨んでいる気がする。

っていうか何か痛いもん、目に見えない何かが全身に刺さってくるもん。

春樹の視線はもはや凶器だ。


「不満だろうな。今日だって篠原が誘ったから来たんだろ。篠原が来なかったらあからさまに嫌な顔してたし」


し、してたけど。

篠原だったからとか深い事はあまり考えてなかったんだけど。ただ涼しい所と割引券につられただけだったんだが。

っていうか、春樹さん…。


「…なんでそんなに篠原にこだわる?」


思わず洩れた疑問。

最近やたらと春樹は篠原を気にしすぎている気がする。

篠原のどこが春樹をそんなに注目させるのだろう。

たしかに何考えてるか分からない奴だけど。時々、春樹との事を勘ぐってヒヤリとさせられるけれどある程度距離を保っていれば無害なやつだという認識を持っていた。


「こだわってるのはお前だ、島崎」


相変わらず射抜いてくる視線はかわらない。


「お前は気を抜くといつも篠原といる。篠原の方を見てる。話しかけられて嬉しそうな顔ばかりしてる」


「いや、そんなことないけど」


そればっかりは、ただの春樹の勘違いじゃなかろうか。春樹に近づくなと言われてからは(自分の人生が惜しいので)篠原に声をかけられてもなるべく二人きりにならないようにしているし、別に篠原の方を見ている記憶はない、嬉しそうな顔だっていつしたっていうのだ。


「少し優しくされただけですぐのぼせやがってこれだから処女は。わかってんのか、あれはお前なんか眼中にないんだからな」


「だ、だから」


「ああいうのはむしろお前みたいな女が苦手だから。お前が本気になっても相手されるわけない、そんなこともわからないなんて本当に馬鹿女だね」


「あの…」


ちょっと新垣春樹。

いいから人の話を…。


「大体お前はあんな男のどこが…」


「聞けよっつ!!」



久しぶりにこんな大声をだした気がする。

そしてそのまま私はべらべらと早口にまくしたてる。


「まるで私が篠原が好きだって言ってるように聞こえるけど、誰がのぼせあがったクソ処女?馬鹿女?そんなの疑われるだけで迷惑!ただの勘違いで人の事好き勝手言い倒すの止めてくれない?!」


言い切って酸素不足にあえぐ。

ぜぇぜぇと肩を揺らしながら、「あ」と思う。

やってしまった。

いままでずっと押さえていた衝動をついに解放してしまった。

天下の新垣春樹に。

ブルリと瞬時に体に震えが走る。多分今の私の顔は蒼白。

いままでのことをふまえたら、こんな風に啖呵をきったら春樹にボコボコにされるだろう。

ど、どうしよう。痛いのは嫌だ…。


「あ、スイマセン…今のは」


今更取り繕ったって遅いだろうがやるだけはやろうと思って、私は春樹をおずおずと見上げた。


「……うん、わかった」


しかし、春樹は何故か妙に素直にそう言っただけだった。いくら待ってもパンチもキックも飛んでこない。いや、望んでるわけではないが。

しかも「うん」?

いまだかってそんな返事が春樹からかえってきたことがあったか?

顔を覗き込むと、なんでちょっとはにかんでるの?

意味が分からない…。

まさか実はどМ?想像したらあまりにホラーで、気が付くと私は後ずさりしていた。


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