3.3
「篠原のやつ…」
つい零すと、春樹が訝しげな顔をしているので自分の携帯を見せた。
今時ガラケーかよとか罵られたら泣いていいと思う。
春樹は私のケータイを覗き込むと、すぐに顔をしかめた。もれなく眉間に縦皺が二本。
さすがに春樹のこんな直前のドタキャンや全く誠意が感じられない文面にムカついたのかもしれない。
しかし春樹が口にしたのは全く予想していなかったものだった。
「なんでお前篠原のアドレス知ってる訳?」
「え?」
一瞬呆けてしまった。
我に返って、どう答えていいのか迷いながら返事をする。
「なんでって…今日の事連絡取れるようにした方がいいからって言われたから交換したんだけど?」
どこか変な部分があるだろうか。
連絡とるだけなら別に他の人に篠原との仲を疑われることもないだろうに。
そもそも今日連絡先が分からなかったら不便だろう。
「なんで俺が知らないのに、篠原には教えてるんだよ」
不機嫌を隠さない表情で言い放たれた言葉は、春樹が何を言いたいのか分からなかった。
「なんでって言われても……別に深い意味はないだけど…」
ちょっと何を言っているか私にはよく分からないんですけど。
篠原とアドレス交換したのは必要だと思ったからで、春樹としなかったのはそうする意味が見いだせなったというか春樹とメールや電話をするということが全く頭になかったからだ。ただそれだけの事を何でと言われても困ってしまう。
「もういい、ちょっと寄越せ」
「あ、ちょっと!」
私の携帯電話がいきなり取り上げられた。取り返そうとするも、私がとトロすぎるのか華麗に避けられた。何度か取り返そうとしたが、結局春樹が勝手に私の携帯電話を操作することの妨害らしい妨害にならなかった。なんで同じ人間なのにこんなにも反射神経に差が出てしまうのか。
目的を終えたらしい春樹は私に携帯を投げて寄越した。
慌ててアドレス帳を確認すると、案の定篠原の名前は消されていた。
「篠原にもお前のアドレスを消すように言っておけよ」
涼しい顔をして春樹は言った。
こんな暴挙許されていいものなのか。
いくら彼氏だって人の携帯を勝手に弄る権利があるわけない。
でも春樹ならば仕方ない、最近そう思っている自分が嫌だった。
「…えっと、あの、じゃあ帰ります?」
一瞬、流れ沈黙を破ったのは私だった。
元々篠原が言い出したことなのだ。だから篠原が来れなくなった今、来る必要はないのではないのか。
このまま春樹と二人きりで水族館とか考えるだけで胃が痛いし、春樹だって私と一緒に行動するのは嫌だろう。
「何馬鹿なこと言ってんの」
これでも私なりに気を利かせたつもりだったのに、春樹は相変わらず眉間にしわ寄せて答えた。
「え…だって篠原来ないし、新垣君は私と一緒に行くの嫌でしょ」
言うと荒々しく吐かれた溜息に怯みそうになる。
「…嫌だよ」
正直な言葉はなんとも痛い。
「お前みたいな陰気臭いブスと一秒だって一緒にいるのなんて嫌だ。しかも、わざわざ学校外で」
そのあまりの言われよう。ボロクソに叩きのめされすぎて頭がクラクラする。
頭ではもう春樹にに傷つく必要ないとか、私だって春樹といるのは嫌だと分かっているのに。こんなことは須藤達や石川さん達やらにもうそろそろ言われ慣れているはずなのに、どうしてか未だに傷ついている私がいる。
どうしても幼馴染だった春樹の顔が浮かんできて妙な気分になる。
昔の春樹もそれはひどい奴で頻繁に泣かされてきたけど、今のように私をここまでボロクソに追い詰める奴ではなかった。それなりに友情的なものを感じていないことは無かった。
と言っても私は逃げた訳だし、春樹は私の事を忘れているのでこんな事を思っても意味がないのだけど。
「嫌だけど、お前の命令を聞く方が嫌だ」
春樹ははっきりと言い放つ。
「め、命令じゃなくて…」
あくまで提案なんだけど、と言おうとしたが強い視線で射抜かれて何も言えなくなってしまう。
「それに、わざわざここまで来たのに帰の癪に障る。だるいけど仕方ないから行ってやる、調子に乗らないこと。分かったな」
「え、えぇ…」
まさかこのまま春樹と水族館に入る流れになっている?
なんでこんな展開になったの?
無理無理無理無理。1秒だって持たないよ、そんなの。
今からもう胃がチクチクしてるもん。
例え今日生きて帰ってこれたとしても明日には胃潰瘍できてるよ。
「ノロノロしてんなよ。行くぞ」
再び鎖に繋がれた犬のように腕を引っ張られる。また私は足をもつれさせながら春樹の後に続く。
これからの事を思うだけでげんなりした。