3.2
やっぱり風邪ひいたとか言ってドタキャンすべきだったかもしれない。
水族館前のバス停で溜息を吐いて後悔した。
天気は曇りがちだが一応明るい。休日だからか結構お客さんらしき人がいる。親子連れや学生のような人達が目立っている。
楽しげな人達と反対に私の気分は重い。
全く気分が乗らないのになんで来ちゃったんだろ。
来なかったら来ないで春樹に詰られそうだしとかウダウダ考えていたら約束の時間が迫っていて慌てて来てしまった。今からでも帰ろうかなと次のバスの時間を見ていると急に腕をとられた。
すごく嫌な予感がする。そういう予感は大抵当たるから嫌になる。
「島崎、ここにいたんだ」
胡散臭い爽やかボイスが上から降ってくる。
見上げると、目が眩むほどのイケメンが微笑みかけていた。
淡い青の七分袖シャツというシンプル目な私服なのになぜか立ってるだけで雑誌から抜け出たようなこの存在感はなんなんだろう。
「ごめんね、俺この子と待ち合わせしてたんだ」
「えぇ~」
さすが新垣春樹というべきか。
春樹の周りには同年代そうな垢ぬけた感じの女の子が四人。
別段驚きはしなかった。春樹と学校以外で会うことはこういうことが多かれ少なかれあると思っていたから。学校であんな様子で、外でモテていないはずがない。
四人が四人、なんでこんな女が。と言いたげな視線をこちらに向けている。それが石川さん達を連想させてビクビクしてしまう。
非常に居心地が悪く、私は曖昧に笑って目を逸らした。ああ、胃が痛い。
「ねぇ、どうしてもあたし達がいたらダメ?キミと遊びたいんだけど」
サラサラ黒髪ロングの子が春樹の腕にあからさまに胸を押し付けている。
季節的に気温が高くなり、今日は曇り空だが湿度が高くて蒸し暑い。女の子の露出はどんどん高くなっていくばかりだ。むにゅりと簡単に形をかえているそれに恥ずかしい気持ちになった。いや、私がむっつりだとかそういうのではなくて。
「この子一人とよりみんなでいたほうがきっと楽しいよ」
もう一人の子も上目遣いで春樹を見上げた。
ちらっと一瞬こちらに向けられた、その勝ち誇ったような目。
あんたには不釣り合いの男なのよ、と言われた気分になった。いや、実際そういう風に言われたも同じなんだろうこの状況は。
強い既視感に苛まれて、逃げたくなる。
どうぞご勝手に、と春樹を見捨てて逃げて帰って寝たい。
私が春樹に釣り合うほどの見栄えする人間じゃないのなんて今更。
それをわざわざ言われたり目の当たりにされたり、なんで春樹のせいでこんな惨めな気持ちにされなければならないんだ。
早く来い篠原、と思う。
いらないときにはホイホイ出てくるのに、どうして肝心な時にいないんだ。
さもなくば私は帰るぞ。必要ならタクシーでもなんでも使ってでも。
「無理かな。いい加減にしないと彼女怒っちゃうから」
ふいに肩に手が乗る質量感。
…逃げられるわけ、なかった。
「じゃあ、悪いけど俺たち行くから」
爽やかな声とは裏腹に春樹は力任せに私を引っ張る。
足がもつれて引きずられるようになっている私なんてお構いなしに春樹は自分ペースで歩いていく。
ゲート付近まで来たとき、やっと私は解放された。
彼女達の姿はもう見えない。周りを伺うと相変わらず春樹は色んな人達に注目されてるようだったけど。
「なんでお前何も言わなかった?」
低い声で言われて、彼の機嫌が最悪なのが分かった。
春樹が言っているのはさっきのことを言ってるんだろう。
何て言えと?
彼は私とデートなんで帰って下さいって、そう言えばよかったんだろうか。
別にこんなのデートじゃないし、本当の彼氏でもない。
そんな嘘なんかつきたくないし、そもそも彼女達のような人は私が何言っても聞かないだろう。これ以上女性から嫉妬を買うのも自分の容姿を詰られるのも嫌だ。
「なんか言ったらどうなの」
「…ごめんなさい」
私は悪くない、心ではそう思っているのに謝る。無駄に春樹の機嫌を損ねないようにそうしたのに、なぜか返ってきた反応は舌打ちだった。
「忘れたのか、お前の役割は女避けだろ」
嫌だ、といっても私にはどうにもならないんだろう。
がっくりと肩を落としそうになるのを堪えてハイと返事をした。ハイハイ、私は新垣春樹様の女避けであります。春樹様のお力になれるよう頑張りますってか、はぁ…。
それにしても篠原が遅い。自分が5分前には来るとかいって自分はまだ来ていない。
気になっていると肩にかけていたミニバックの中にある携帯電話を取り出した。
携帯を見るとメールが一件が入っていた。
差出人は篠原純。
開いてみるとそこにはこう書かれていた。
『ごめんね~、今日用事ができて行けなくなっちゃった。でも新垣君がきっと来るから寂しくないよね。二人とも僕の分も楽しんできてね~』
しかも、行けなくなっちゃったという文章のあとにハートマークが付いていた。
いままで人からもらったメールで一番イラッとするメールだった。
確実じゃないか、こんなの。
ああ、ほんと馬鹿。油断していた、篠原を甘く見ていた。
どうやら私は、はめられたらしい。




