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3.1


雨の音が止まない。それどこかどんどん激しくなってくるような気がする。

公園の土管の遊具の中にその日私達はいた。

まだ昼間なのに暗くって土管の中から出れなくて一人ではないとはいえ尚更心細くなる。

少し前外で遊んだ時は少し曇っていただけなのに。

寒くて体を丸めた。


「うちに帰れるかな」


「さぁ、もう帰れないんじゃない?」


隣の春樹が意地悪なことを言う。

春樹に何か言い返そうとしたその時、一瞬視界の一部が白くなった。


「なんだろ、今の」


「雷じゃない?」


「かみなり…」


凄まじい轟音が耳に入る。


「ほら、やっぱり雷だ。結構近くに落ちたみたい」


なんで春樹はこんなに冷静なんだろうか。自分の方は怖くて怖くて縮こまっているのに。


「まさか怖いの?」


そんな私に気付いたのか春樹が明らかに面白がっている声で聞いてきた。

悔しいので何も答えない。


「だっさ。あんなのただ光ってうるさいだけじゃん。危ない場所にいなきゃなんてことない」


「だ、だってカミナリ様が…」


絵本で子供の臍を食べるカミナリ様の話を母に読んでもらってから、その話が怖すぎて雨の日は腹回りを厳重に着込んで寝るのが習慣になってしまっていた。


「あ、カミナリ様だ」


春樹の言葉に思わず飛びずさって土管の天井に頭をぶつけた。

大爆笑する春樹に私は怒鳴った。


「バカっ!バカ春樹!なんでそーゆうことすんのっ」


怒りのままに叫ぶとボロリと涙が零れた。

一度泣き始めると引っ込みがきかなくなって嗚咽が漏れる。

嗚咽交じりでも私は春樹に怒鳴った。


「春樹なんてカミナリ様におへそ取られちゃえばいいんだ!」


「カミナリ様なんていないよ」


「いるもん!」


私がそう叫んだ瞬間また頭上から轟音が聞こえた。


「ひっ…」


とっさに私は春樹に引っ付いた。体の震えが止まらない。どうしよう、カミナリ様が私たちをみつけたら。本気でそんな心配をしていた当時の私は、純真だったのか何なのか。

春樹のことだから引っ付いた私を鬱陶しいとすぐに引っ剥がすと思っていた。

なのに、春樹はいつまで経ってもそれをしなかった。


「大丈夫」


そう一言声をかけられる。

驚いて何も言わないでいると手が握られた。


「カミナリ様なんていないし、雨だってすぐ止むから」


春樹がそういうと本当にそうなるみたいで、不思議と怖いという気持ちは無くなっていた。

くっ付いた手と体が暖かかった。

奇妙なほどに安心する温もりだった。




■■■■




その日の昼休み、私達はいつもと同じく屋上にいた。


「新垣!これ月刊陸上競技の最新刊!ちょっと見てみない?」


開口一番春樹にそう言って飛びかかる井澤さんは元気だと思う。

そのままいくとぶつかりそうになるが、春樹は直前にサッと避ける。


「見ない。っていうか何で一々こっち来るの。うざいんだけど」


こんな光景も見慣れてしまった。

井澤さんの仲良くなりかたはなんというか激しい。

まずはタックルが基本だ。あの春樹にそんなことをできる勇気が素晴らしい。

ことごとく避けられて不発に終わってるが。

それでもめげない井澤さんは流石だ。

ありがたいことに最近の春樹は井澤さんをあしらう事が多くこっちに振りが回ってこない。

井澤さんが来るようになってから私にとって平和な日々が続いている。

このままこの日々が続けばいいのに。と、思っていると春樹と目が合って鋭い目で睨まれた。なんでだ、やっぱり奴は人の心を読む特殊能力があるのか。


「あ、あー、なんか暑くない?」


慌てて隣の篠原に話しかける。


「そりゃもう七月だもの、暑いさ」


もう制服も夏服に変わっている。

ブレザーを着ず、男女ともにYシャツが半袖になっている。篠原は学校指定のポロシャツを着ていた。


「よくこんな暑いのに屋上なんて太陽光サンサンな所にいるなんて君たちも酔狂だねぇ。お兄さんは日陰にいきます」


篠原は暑いのが苦手らしい。

汗をハンカチで拭きながら吸い込まれるようにタンク下の日蔭スペースに歩いていく。


「あ、私も」


どうせなら少しでも快適な場所でお昼をとりたい。


「ああ、そうだ島崎ちゃん」


紙パックのイチゴ牛乳を取り出しながら篠原が声をかけてきた。



「今度の日曜さ、涼しい所行かない?」



「え?」


首を傾げた私に篠原は長方形状の紙を取り出す。

そこには入場割引券という文字が並んでいた。

そこに書いてあった名前はここから少し遠いが、結構大きな県唯一の水族館だ。小学生や中学のとき私も何回か言ったことがある。最近リニューアルされたと聞いている。


「知り合いからもらったんだけど、一人で行くには寂しいからねぇ」


「ああ、暇だし別に…」


行ってもいいかな、といいかけたその時。


「お前らコソコソと何やってんの」


いきなり声が降ってきたかと思うと、腰を拘束され引きずり出された。

誰がやったなんかもはや言わなくても分かるだろう。


「何って、なんにも」


「休みに一緒に水族館に行こうねって話してたんだよね、ね?」


ごまかそうとした私をしり目に篠原があっさり春樹にそのことを教えてしまった。裏切り者、と篠原を睨んでも彼は涼しい顔で明後日の方向をみていた。

篠原に文句の一つでも言おうと思った瞬間、すぐ腹が強い力で絞められた。


「へぇ、それは楽しそうだね」


全く楽しそうに聞こえない棒読みの声で春樹が答えた。

凄まじい威圧感が背後からして怖くて振り返れない。


「じゃあ、新垣君も来る?券は余分にあるし」


篠原が意外な提案をする。

が、無駄なことだろうと私は確信する。

なんで俺がそんな下らないものに行かなきゃいけないの、とか言いそう。っていうか確実に言うから。


「行く」


ほら、やっぱり…って今なんて言った?


「…今、行くって言いました?」


恐る恐る後ろの春樹を横目で見ながら尋ねると、眉間に縦線二本はいった顔で睨まれた。


「行っちゃダメなの?島崎に指図される理由なんてないはずだけど」


いや、そうだけど。でも、何が悲しくて胃をキリキリさせながら春樹と水族館に行かなければならないのか。

春樹が行くんなら私は行かないでおこう、そう篠原に言おうとしたら。


「よし、じゃあ日曜に水族館集合で。時間は11時くらいでいいかな?くれぐれも5分前集合するように」


篠原のもう決定した予定だというような発言に、降りるに降りられなくなってしまった。

がっくりと肩を落とす。

日曜日、春樹と顔を合わさなきゃならないのか。まぁ、篠原もいるんだし比較的穏便には済みそうだけど。

ふと横を見ると、井澤さんも私と同じように肩を下ろしていた。


「日曜…水族館……」


部活があって行けないらしい。


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