2.9
※視点変わります。
篠原純視点
新垣春樹という同級生は入学当初から非常に目立つ存在だった。
まず顔が恐ろしく綺麗。女子という女子が彼に注目していて、手足も長く街中でまちがいなくスカウトされるような容姿。同じクラスで話したことがあるが性格も真面目で温厚。成績は優秀、学校のテストで彼が満点以外を取っているのを見たことがない。突出して秀でた人には何かしらの欠点があってもよさそうなのに、信じられないことだが彼には欠点らしい欠点は一つもなかった。
新聞部という立場を利用して何回か際どい質問をしても笑顔で受け流されるだけだし、クラスで話す時もわざと怒らせるようなことを言ったりしたのについに態度が変わらなかった新垣君に僕が下した判断。
まるで漫画にでも出てきそうな男。密かに彼は宇宙人なんじゃないかと少し疑っていた。
しかし、ちゃんと彼には真っ赤な血潮が流れてることを知る。
ゆっくりと歩みを進める。
しかし遅すぎず、足音もできるだけさせないように。
息も殺す、気配も殺す。
こういう追跡的なことは結構得意だったりする。っていうか割と好き?
まったく意味のない行動だけれど無意味な事ほど燃えてしまうものだ。
「やっほー、島崎ちゃん」
ごく近くまで来たときに両肩に自分の手を置いて声をかける。
すると彼女の両肩がびくっと震えた。予想通りの反応につい笑ってしまう。
振り返ったのはセミロングの髪のどこか気弱そうな顔の女の子。
彼女は島崎真琴という。あの新垣君の彼女である。
島崎ちゃんは大きなゴミ箱を抱えていた。
「掃除当番だったの?どこ掃除?」
「東階段」
島崎ちゃんは言葉少なに答える。
女子にしてはちょっと声が低くて聞きやすい。
「あー、めんどいね。しかもゴミ捨て場から遠いしね」
「うん、ていうかゴミ捨て場ってなんであんなに遠くにあるんだろう」
暗そうに見えて意外とノリがいい。話していて良い反応をする。
ぼぅっとしてるように見えて色々考えているようだ。
けど顔に出てるよそれ、と時々思うけど見ていて面白いし少し癒されるので何も言っていない。
「大変でしょ、僕暇だし持って行ってあげるよ」
「いい。掃除当番は私だし」
少し頑固。
甘えない、僕に気を許していないのかそれとも甘えられない人なのかまだ判断はできない。
「そう?じゃあお喋りしながら一緒に行こう」
そういうと島崎ちゃんの眉毛が下がった。
すごくザコキャラっぽい顔だな、と吹き出しそうになったけど女性の顔を見て笑うのは失礼だから何とか耐えた。
「何か不都合でも?」
「あ、いや…えーと、なんていうか」
言葉なんて選ばなくていいのに、島崎ちゃんはよくこうやってしどろもどろになる。
「……新垣君に、あんまり他の男子に近づくな的なこと言われてて…。昼はまぁいいとしてこんな静かな所で二人っきりでいたらまずいかなと思って」
「はいはい、ご馳走様―」
確かに人通りはない。
教室はこのあたりはないし薄暗い。廊下はがらんどう、音はたまに外からグラウンドにいる運動部の声がするだけだ。
「いや、別にそういうのじゃないし」
「えー、嫉妬ってやつでしょ。やだー、新垣君ったら束縛強い~」
「違う。新垣君がそう言ったのは彼女がいなくなればまた女子に囲まれて面倒だからだって」
一瞬、目の奥に見えた強い光、。
ちょっと好奇心が刺激されて口を開く。
「島崎ちゃんってさー、どうしてそんなに新垣君に好かれてるのを否定してるの?」
なるべくプレッシャーを与えないように軽い口調を心掛ける。
島崎ちゃんは別に鈍い訳ではないのだと思う。
なぜか新垣君に対しては好意を持たれてる事を否定する。
「普通そう言われたら、束縛されるほど好かれてると思うけど」
「だって、好かれる理由がない」
引きつった顔で島崎ちゃんは答えた。
「そう?そうかなぁ」
島崎ちゃんと新垣君は好きあって付き合ってるわけではないらしい、曰く新垣君が女避けのために頼んだそうな。
ま、それだけじゃないとはもう確信しているのだけど。
今日は少しアタリを付けて掘り下げてみるか。
「そういえば新垣君って中学、××県なんだって?」
「は?」
島崎ちゃんの足が止まる。
細い目がやや大きく見開かれている。
その瞳にはにやにやと意地の悪そうな笑顔を浮かべる眼鏡野郎が映り込んでいる。
「けっこう遠いよね。にしても何でウチの高校なんだろう。そりゃそこそこ進学校だけどわざわざ入学しにくるほど魅力もない。地元でもこっちでも他にたくさんいい学校なんてあっただろうに」
これはずっとおかしいと思っていたことだ。両親の仕事の関係でこの県に来たとしても、偏差値でも部活動成績でもさらに優れている高校があったのに新垣君はここを選んだ。
島崎ちゃんがいたから?そう思うのだ、最近の二人を見ていると。
「というか島崎ちゃんって中学どこ?」
「……緑中」
「あ、ここから近いね。じゃあ小学は?」
「……」
喋らない。徐々に僕から後ずさっている。
ねぇ、知ってる?
それってもう答え言ってるようなものだよ。
「…い、言いたくない!」
沈黙が大分続いた頃、とうとう島崎ちゃんはゴミ箱を抱えたまま逃げ出した。
足音が廊下に響いていく。
敢えて追いかけない。
「転ばないようにねー」
多分聞こえていないけど、小さくなった影に声をかけた。
■■■■
島崎ちゃんを初めて見た時、なんでこの子が新垣君の彼女になれたのか正直わからなかった。だって言っちゃ悪いが特に可愛くも美人でもないし、調べても何もかも人並みな人物だったから。
でも、あの宇宙人を人間にしたのは間違いなくあの子だ。
それに今となっては、その理由もかすかに分からなくもないような気がしている。
部室を開けると部長がデスクでPCに原稿を打ち込んでいた。
「なににやけてんの?良いネタでも拾った?」
赤眼鏡の奥の目が一瞬僕を見てまたディスプレイに戻った。
「えー、別ににやけてませんよ。それより何で電気つけないんですか、目が悪くなっちゃいますよ」
良いながらスイッチを押して電気をつけた。
どうも、と部長はキーボードを叩きながら礼を言った。
「ね、部長」
「何」
「恋ってしたことあります?」
「下らないこと聞くんじゃないよ」
相変わらずクールな人だ。実は処女と踏んでいる。
僕は軽く息を吐いて自分の席に腰を下ろす。
全く、どいつもこいつも面倒臭い。
どうして上手く立ち回ることができないのかと思う。
全ての真実を暴いた日がきても、二人の事を記事にする気はもはやない。できないことはないし書けば大いに反響がありそうだが、記事にしてなにもかもダメにするほど外道でもない。この話はあまりにも根が深そうだ。
これもあれだ。
まったく無意味な事ほど燃えてしまうっていうってやつ。よくあるでしょ、そういうこと。
言ってみれば興味。しかも、僕にしては驚くほど純粋な興味。




