2.5
「なんであの篠原君まで、あの女に構うのよ」
「また無理やり言い寄ったんじゃないの」
「篠原君可哀そう~。もうウチらであいつ何とかしたほうがいいんじゃない?」
そんな女子達の声が聞こえたが、聞こえないふり。
私今寝てますけど何か?と言う体で机にうつ伏せになる。
篠原が意外と女子に人気だったのは少し驚いた。
実際会うまで篠原の名前を聞いたことがなかったからだ。
でも考えてみればおかしくないことかもしれないとも思う。
結構顔が良くて線が細くてなよっとした印象はあるが代わりに上背があるし物腰柔らかで、優しげに見えるし。
何やら不穏な事を言っているがきっと実力行使に出てこない。そこまでやるリスクが分かってるいし覚悟までもないのだろう。
一方、怖いのは石川さん達だ。
彼女達は後先など全く考えないで向かってくる。
最近はあまり一人にならない場所を通るようにしたり靴箱に鍵をかけたりして回避しているが。
それにしても最近妙に静かなのが怖かったりする。
「やっぴー、島崎ちゃん」
気の抜けるような挨拶でいつのまにか篠原が私の前に立っていた。
もう胡散臭いとしか思えない顔でニコニコ笑いながら。
「何の用…」
「もうお昼なんですけど。僕、新垣君の代わりに島崎ちゃん呼びに来たんですけど」
ふざけた口調で篠原が喋る。
思わずイラッとするのはきっと私だけじゃないはず。
「わざわざ呼びに来なくても良いから…」
須藤達の視線が痛い。
自分の評価なんてきっと知ってるはずなのに何でそんな軽率な事をするのだ、こいつは。
わざとか?わざとなのか?
私はまだ何かふざけたことを言い続けている篠原を無視して私は立ち上がって教室を出た。
「あれ島崎ちゃん、今日なんか怒ってる?」
「べーつーにー」
廊下に出て篠原が私の顔に
私はむっつり答えてそっぽを向く。
何だかんだで篠原は人の警戒を解くのが上手いと思う。
出会ってから約一週間。そんなに時間は経ってないはずなのに、私はすっかり篠原に慣れていた。
「やっぱり僕が二人っきりの時間に闖入しちゃってるのが不満?そっかー、やっぱりそうなんだー。ごめんね空気読めなくて」
「…なんでそうなるのよ」
しかし正直、昼に篠原がいない方が助かる事が無いわけではない。
篠原が居れば春樹に虐められることもないのだが、その代わり春樹の膝の上に拘束されるハメになる。
あれは恥ずかしいし、春樹の匂いとか体温とか息の音とか聞こえてこの上なく恥ずかしい。私からすれば、そんなことをするくらいならひどい暴言を言われたり殴られた方がまだマシなレベルだ。
ただ、私ももう来るなと篠原に言ってしまえるほど非道ではなかった。
良い事思いついた、と篠原が不意に声を上げた。
「昼休み以外にも二人っきりの時間を増やせばいいんじゃない?一緒に帰るとか」
前言撤回、篠原にはもう来るなと言い捨てるべきだ。
「よく考えたら恋人同士なのに昼休みしか会わないって逆に不健全だと思うんだよね~。よしよし、シャイな島崎ちゃんのために僕から新垣君に言っておいてあげよう」
「いや、だから新垣君と私はそんなんじゃないんだって」
妙に乗り気な篠原の肩を抑えて諌める。
篠原は私を見下ろしきょとんとした顔をした。
「そんなんじゃないって何?」
「何って…何度も言ってるけど私達は別に好きあってるわけじゃないんだって」
そう答えると篠原は可笑しそうに笑い出した。
「ちょ…何よ」
そんなに笑われなければならないほど可笑しなことをいっただろうか。
「あー、ごめんごめん。あまりにテンプレ通りだからさ」
「てんぷれ?」
「いや、こっちの話。…あと、新垣君は少なくても憎からず思ってるんじゃないかな」
ぼそっと告げられた言葉に反射的に眉間に皺が寄ってしまう。
憎からず思っている?いやいや、確実に憎いとしか思ってないだろう。
「あと、島崎ちゃんも新垣君が気になるんでしょう」
「は?」
言われた言葉の意味が分からなかった。
にやにやと篠原の焦げ茶色の目が私を見下ろしている。
私がどう答えてみせるのか面白そうに待っている。
「そんなわけないじゃん…」
茫然となってしまってそんな言葉でしか言い返せなかった。
目を細めた篠原に悔しいという感情が湧く。どうやら篠原の満足する答えを言ってしまったらしいと分かったから。
「あ、噂をすれば新垣君」
篠原がふいに指をさした廊下の先には確かに春樹らしき人影があった。
一人ではなかったけれど。
今日春樹が来なかったのはそういう事かと理解する。私と付き合うようになって減ったとはいうものの春樹はまだ女子から告白されているらしかった。
「おーい、新垣君。島崎ちゃんがねー」
「ちょっと、ちょっと待って何を言う気」
篠原の背中を掴んで必死に駆けだす篠原を止めようとするが意外と力が強くて適わない。
あっと言う間に春樹の所まで引きずられてしまった。なんで…篠原にさえ私は叶わないのか。
そしてばっちり春樹と目が合ってしまった。
春樹は虫けらを見るような目で私を睨むと溜息を吐いて相手の女の子の方に向き直った。
「俺が君の話を受ける気は無い、どうあっても。だからこれで終わりということで」
妙にその子に対しては冷たい言い方をしていた。しかし、首を傾げたのもつかの間。
相手の子に言い終わるが否や春樹は篠原の襟首を掴んでいた私の手を引きはがしそのまま無理やり掴んで歩いていく。
春樹の長い脚に合わせるのはひどく大変で息を切らして離してくれるように頼んでも春樹がその手を離すことはなかった。
そもそも春樹が私の意見を受け入れるとは思ってはなかったけど。




