2.4
「なんで篠原がまたいるの」
あからさまな春樹の不機嫌な声に茶色い頭の眼鏡男子はへらっと笑う。
これで最近、黒春樹を目撃したとか順応早すぎだろうと思う。
「なんでってねぇ、だって僕島崎ちゃんとマブダチだから。友情を深めるには少しでも一緒にいないとねー」
「…そうなのか」
春樹が横目で私を睨んだ。
「あー、えっと。うーん…」
春樹の視線を受け止めきれずに目を泳がせた。
見えてない見えてない。春樹の眉間に皺が二本並んでるとか見えてない。
昼休み、いつものように屋上に行くとそこに当たり前のように篠原が付いてきた。
昨日の発言からあまり近づかないようにしていたのに。
はぁ、春樹はと溜息をついた。
「島崎の友達だろうが関係ない。邪魔だから出て行って。島崎も俺と二人っきりでいたいって言ってるし」
ね?と春樹が暗黒微笑を私に向ける。
その手は私の頭をむんずと掴んでいて頷かせようと縦方向の圧縮力がかかる。グググと耐えているとさらに強い力がかかってくる。
春樹は私の首を本気で押しつぶす気なのだろうか。
「えー、僕もいてもいいよね?」
うんうん、と圧力に負けそうになりながらガマガエルのような声を出して答えた。
篠原の狙いが何だろうがもうなんでもいい。
春樹の怒り具合といい、篠原がこの状態で帰ったら私にどう八つ当たりされるか恐い。
篠原(第三者)がいれば春樹は無体な真似をしないだろう。
「ほら、島崎ちゃんもそう言ってることだし」
篠原が心なしか勝ち誇ったような顔をした。
「ふざけんなよ…」
低い声が頭上から聞こえて怖くて顔をあげられない。
冷たい手がいつの間にか後ろ首を撫でているのも恐怖をさらに煽る。
「じゃあ、3人で仲良くお昼にしましょうか?僕朝ご飯抜いちゃったからお腹空きすぎて授業中音鳴っちゃったんだよね」
篠原はさりげなく春樹から私を引き抜いた。
「あれ、島崎ちゃんお弁当?もしかして島崎ちゃんお手製?」
「あ…いや、お母さんが作ったやつだけど」
春樹から視線を送られているだろうに、篠原は動揺もしない。私は後ろを向いているというのに身が震えるほどのオーラを感じているのに。
さっきから冷や汗が止まらない。私が怯えすぎなだけなんだろうか?
「へー、島崎ちゃんのお母さんの味食べてみたいな。ちょっと一口交換しない?購買の焼きそばパンと。これ一番人気ですぐ無くなるんだよ」
「しない」
私の代わりに背後から返事がされた。
そして強い力で引っ張られた。
ぼす、と収まったのは春樹の胸のなか。
細く見えるくせに意外と固い感触に心臓が跳ねあがる。とっさに赤くなってしまったであろう顔を篠原に見られないように俯いた。
「必要以上に馴れ合わないでくれる?仮にも人の彼女なんだけど」
痛いほど強い力で胸板に押し付けられて苦しい。
呻いてももがいても春樹は決して力を緩めないのはもうお約束だった。
「ああ、ごめんね~。そうか、そうだよね。新垣君の目の前でそれはないよね」
うっかりしてたわ、と言う声には明らかに面白がっている色があった。
確実にわざとだ。後ろから舌打ちが聞こえて春樹もそう思ったのだろうと気付く。
「ほらほら、イチャイチャするのもいいけど二人ともお昼早くたべちゃおう。時間なくなって、また食べ損ねちゃうよ」
茶化すような篠原の声に、もう一度春樹は舌打ちして私ごと春樹はその場に座った。
ごく自然に私のお尻が春樹の膝に乗ってしまって、慌ててお尻を浮かせた。
「なにやってんの」
春樹が私の腰を掴み浮いたお尻を下ろさせた。
「あの…、離してもらえます?」
「なんで今日そんなに反抗的なの」
低い怒りを孕んだ声が耳元でして思わず身震いした。
「いや、そうじゃなくて…重くないですか?しかも、私少し(冷や)汗かいてて湿気ってるし」
「重いよ、背中とか湿気ってて気持ち悪い。そんなの当たり前だろ」
そんなに言うくらいなら離してください、と言いかけようとしたところを春樹の言葉に遮られた。
「それなのに俺にこうさせてるのは、あんただろ。いい加減にわかってもいいんじゃない」
私が春樹にさせている?
この男が言っている意味が分からない。
私がいつ春樹に抱きしめてくれと言った?
膝の上に乗せてほしいと頼んだというのだ。いい加減にしてくれと言いたいのは此方だ。
ふと視線を上げると、目を細めている篠原の顔が視界に入った。
さっきみたいに助けてくれと篠原にアイコンタクトを送ったが、全く無視された。
鋭いこの男が気づいていない訳などないはずなのに。
春樹は昼休みの時間中全く拘束を解かず、私は違う意味で胸がいっぱいになり持ってきたお弁当の半分ほどしか食べられなかった。




