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2.2


「靴隠されたんだってね、島崎」


昼休みの屋上にて、春樹がそんなことを言った。


私は現在上靴ではなくスリッパを履いていて春樹の言ったことは事実だった。

朝学校に行ったら自分の上靴が消えていた。最初からなかったみたいに。

大方、石川さん達だろう。


小学生のいじめかよ、とまず呆れた。

それから、嫌がらせに慣れてしまっている自分に気付いて苦笑してしまった。

小学生の頃。それこそ春樹と常に一緒に行動していた頃、まだ可愛らしい程度のそういうのがあった。仲間はずれやこういった持ち物を隠されたりされた。あんまり認めたくないけど、私はそのせいでいじめや嫌がらせに対しての耐性ができているのかもしれなかった。

とりあえず上靴がないと色々不便なので、教室やトイレやゴミ箱など捨てられていそうなところを探してみたが見つからず。スリッパを借りて今現在に至る。

学校のスリッパとはなんでこう歩きにくいものなんだろう。歩くたびペタペタ煩いし、階段なんかは滑って転びそうになる。


「なんでみすみす取られるわけ。鈍臭いね」


クククと楽しげに春樹が笑う。

私は頭に血がのぼりそうになるのを、息を静かに吐いてこらえた。

こんな男には感情を向けるのさえ癪だ。私の見解が外れてなければ、春樹は私が怒ったり悲しんでいるのを見て喜んでいる節がある。

春樹は「ああ、そうだ」とわざとらしい声を上げた。その美貌に意地悪さが滲んでいて非常に嫌な予感がした。


「この汚いのなんだと思う?拾ったんだけど」


春樹が持っていたのは何の変哲もない運動靴――――私の上靴だった。

なぜ春樹が持っているのか意味が分からなかった。

まさか私の靴を持って行ったのは最初から春樹だったのか、なんて気もする。

この男なら十分やりかねないと思う。


「変な勘違いは止めろよ、これは俺が焼却炉に入っていたのを拾ったんだから」


春樹よ、焼却炉なんてどうして行ったんだ…。

焼却炉は校庭の隅にあって普通にしていたら絶対に立ち寄る場所ではない。

全部見て知っておきながら何もしなかった説が有効だ。


「返して…下さい」


手を伸ばしたが、あっさり躱された。

上靴は私の頭上あたりにあって、昏い笑みを浮かべた春樹の顔も目に入った。


「あのまま俺が拾ってなかったら黒焦げになったかもしれないんだよ、お礼の一つも言わない気?」


「…ありが」


「土下座」


「え?」


「土下座しなよ、今ここで。ありがとうございました、お手を煩わせてすみませんでしたって」


一瞬思考が宇宙空間に投げ出された。

土下座、しろと?

彼氏として土下座を彼女に要求するって、どこの星の慣習だ。

それに私がそれをしなければならない理由はそんなに強いものなんだろうか。むちゃくちゃだと思うのは私だけ?

でも靴は欲しい。あれを取られたら自分の少ない小遣いから上靴を買わなければならないのだ。私がいくら言葉を尽くして説得したって春樹は私のいう事など聞くわけがない。

ここは幸い他に人が入ってこない、他の誰かに目撃される心配はない。ただ春樹に土下座さえすればいい、それだけ。それだけで上靴は戻ってくる。

なけなしのプライドを犠牲にして私は膝を折った。

そしてそのまま手を前に付こうとした瞬間。


「あ、手が滑った」


わざとらしい言い方で春樹がそう零す。にやりとその口角が吊り上っているのを見た。

私の目の前で靴が空中に投げ出された。春樹の後ろ、私の前方へ。

両方の靴ともにあっけなく柵を乗り越え落下した。

私としたことが、奴の頭がおかしいのを忘れていた。


「落ちちゃったね、島崎が早く受け取らないから」


春樹はじりじりと距離を詰めてくる、相変わらずその目から狂気が見え隠れしている。

春樹の右手が私の首を絞めるように掴み、もう片方が顎を掴んだ。


でた、春樹の謎の行動。


奴の腕から逃れようともがくが、もがけばもがくほど春樹の指が私の喉食い込み動きを封じられる。呼吸がままならなくてまともに喋れないし頭が働かない。

私の顔は上に向かせられ、額同士がピタリとくっつく。

長い睫毛が肌に擦れて痒い。

奴の匂いや体温をごく近くに感じて顔に熱が集まってくる自分が憎かった。

ああ、またキスされる。

覚悟して目を力いっぱい閉じたのに、なぜか春樹の唇が降りてこない。


「覗き見とは趣味が悪いんじゃない?」


春樹が不意に低い声を発した。

私はその言葉にぎょっとして目を開けた。春樹の手はあっさり外れていた。

ドアが開いて男子生徒が一人入ってきた。



「あはは。これでも気配消すのうまいんだけどな」



眼鏡で茶色い頭。

そう、それは今朝会った新聞部の篠原だった。

篠原は飄々といった感じでほほ笑んだ。


「さすが我が校きっての秀才、新垣春樹君」


私の頭は混乱していた。

見られていた、まさか今のを?

篠原は私と目があうと軽く会釈した。


「い、いつから見てたの…」


震える声で聞くと、篠原は「最初からかな」と平然と答えた。

目の前が暗くなりかけた。

無様に土下座しかけた所とかキスしそうになっている所を見られて平然とできる神経を私は持ち合わせていない。

そんな私に目もくれず、春樹は、篠原、と彼の名前を口にした。

どうやら顔見知りらしい。


「見てわかる通り今取り込み中なんだけど。消えてくれない?」


容赦のない冷たい声。

私以外に春樹がこんな態度を見せる人物を初めてみたかもしれない。

誰もが震えあがってしまいそうな顔なのにあろうことか目の前の男子は首を傾げただけだった。


「僕の記憶ではここは君たち二人のプライベートルームじゃなくてただの学校の敷地のはずだけど。よって僕が立ち去らなきゃいけない理由はない、そうだよね」


大物だ…。

あの春樹にここまで言える人間なんて。

私はいつ春樹がキレるのかハラハラしながらも、そんな感想を持った。


「それにここ立ち入り禁止だったはずなんだけど。どうやって開けたのかすごく気になる」


さらりと脅されているんだろうか、これは。

かといえば「まぁ、そんなのどうでもいいんだけどね」と両手を軽く開けていた。


「そうそう、それよりお二人さん。お近づきの印にすこーしだけインタビューに答えてくれなぁい?そんな難しい事は聞かないからさー。ただ、お二人さんのなれ初めとか惚気話をしてくれればいいだけだから」


間延びした喋り方に、実は空気が読めないだけなのか?とも少し思った。

そんな依頼に春樹が応じる訳もなく。


「行くぞ」


完全スルーして、私の腕を引っ張り春樹は出口に向かっていた。

引きずられながらも私はちらりと振り返った。

茶髪の男はひらひらと笑顔で私達に向かって手を振っていた。


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