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あ、美青年。
美青年が私の目の前にいる。微笑みかけられたりでもしたら、女なら誰でも頬染めて恋に落ちるような、そんな色香を漂わせる美青年。
だけど彼は決して私に優しい微笑みをかけて大事に扱ってくれはしないのだ。
その証拠に、床に這いつくばった私を見下ろしているその相貌は猛禽類のようにぎらぎら鋭く光っている。
それがやたら怖い。
「うわー、醜いねー」
さも楽しげに告げられても、感じるのは寒気ばかり。もう春なのに指先が氷のように冷たい。
ただただ感じるのは恐怖。
この男から感じる狂気にあてられて震えが止まらない。
そんなに怖いならさっさとこの場から逃げ出せばいいのだろうが、蛇に睨まれた蛙よろしく身体がいうことをきかない。
「誰のせいでこうなったと…」
これは虚勢。
恐かろうがなんだろうが、私にだって意地くらいはある。言ったすぐそばから(これって奴の神経逆撫でしてるだけじゃ…)と気付いて、後悔したけれど。
やはりその態度がお気に召さなかったようで、奴はますます邪悪な顔をした。悪魔か般若に、私には見える。
そして、彼は今度はわざわざ長身を低く屈ませて、私の方へそのお綺麗な顔面を寄せてきた。
「なに、俺のせいだって言いたいの?とんだ言いがかりだよ、そんなの」
嘲笑われた。
声だけやけに甘ったるく、奴は実に楽しそうだった。
「お前がグズで、間抜けで、馬鹿だから、こんな目に遭うんだよ。自覚も出来ないて、可哀そうに」
訳の分からない事をいっている。私は確かに地味で鈍臭い馬鹿かもしれないが、こうなったのは誰のせいかくらいは分かっているつもりだ。
「まぁ、助けてあげないこともないけど…どうする?」
「…いい」
断った理由は、余計悲惨なことになりそうだったのと、余計な借りをつくりたくなかったからだ。
戯れに頬に添えられた指を反射的に避けた。そしたら、すぐに顎を掴まれた。
「お前、見てると本当に苛つく」
片手とは見えないほどすごい力が顎と頬に駆けられる。
自分では見えないが、今の私の顔はかなり面白いことになっているのだろう。
でも痛いものは、痛い。そのまま顔を押しつぶされそうな恐怖に、私は喘いだ。
「ごめっ…痛…ごめんなさいっ」
だけど、力は一向に緩まらない。それどころか強まってる気さえする。
「殺してやろうか、裏切り者」
低く呻くように吐かれた言葉。
「嫌いだ、この世の誰より嫌いだ。嫌いなんだよ」
そこまで嫌われることを私がしたとは思えないけど、奴がそういうのならばそうなんだろう。奴は私が嫌いだ。
「最低な女、人間のクズ」
突然、さっきまで怒っていたのに。
尖った犬歯を見せて、美しい悪魔が嗤った。
「お前みたいな女、壊れてしまえばいいよ」
ふいに手を離して、脱力する私に唇を落とした。
頭がおかしくなるくらい甘ったるいキスを。