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嫌い 嫌い 嫌い

 彼が私に構うようになって、何カ月過ぎたことだろう。

 私は彼のことが嫌いで、私はそれを公言しているのに、何を言っても彼は私に構ってくる。

 私は彼のことが嫌い。

 彼の振舞いや、物の言い方、人にかける言葉、全てが嫌い。

「どうして私に構ってくるの?」

 と私は彼に問いかけたことがある。

「好きだから」

 と彼は答える。さも当然のように。

 私は人にとても嫌われていて、私のことを好きだと言ってくれる人は彼だけだった。

 だから、最初、からかわれているのか悪質な冗談なのかと思ったが、どうやら彼は本気らしい。

 私がどこか行こうとすると、「どこに行くの?俺も一緒についていく」と勝手に着いてくる。私は一人で静かに買い物に行きたかっただけなのに。

 私が何か食べると、「何を食べてるの?俺も何か食べる。一緒に食べよう」と言って一緒に食事をする。私は一人で落ち着いて食事がしたかっただけなのに。

 私が本を読むと、「一体、何の本を読んでるの?俺もその本読もうかな」と言って同じ本を読む。私は私だけの世界に浸りたかっただけなのに。

 何をするにも彼が付きまとう。

 彼が付きまとうことは私にとって苦痛だった。目ざわりで仕方がない存在で、私の感じるストレスの一番の原因は彼だった。

 彼にそのことを何度も説明した。

「迷惑だから、私に構わないで。あなた、すごくうざい」

 出来る限りきつい口調で。

 金輪際、関わってこないように。

 そして、彼を傷つけるように。

「そっか。だけど、俺は俺のやりたいようにしているだけだから」

 そう言って彼は笑う。

 私の言うことなんて耳を傾けもしない。彼は私のことを「好き」だというが、本当は私のことが「好き」なのではなくて、自分のやりたいことをやっているだけなのだ。

 彼は知らない。

 私が彼の発するほんの少しの言葉で大きく傷つくのを。

 彼は何も知らない。

 私が彼のすることにいちいち気を遣って神経をすり減らしていることも。

 私は極力、彼を無視することに決めた。


 季節が流れ、春になり、夏になり、秋になり、冬になった。巡る季節の中で、彼はだんだんと私と距離を取るようになった。無視することが堪えたらしい。それはあのしつこかった彼が離れるほど徹底的な無視だった。

 

 今、私の隣に彼はいない。

 長い時間を彼と一緒に過ごしてしまった。

 彼と一緒に行った場所も食事も本も全て覚えている。

 本は捨てた。食事はもうその食事を食べないようにした。彼と一緒に行った場所はなるべく近寄らないようにした。

 嫌いな彼との接点を少しでも消してしまいたくて。


 私は誰からも嫌われている。

 唯一、彼だけが違った。

 もう私の傍に彼はいない。

 私はそう思うとすごく楽になった。もう彼に気を遣う必要はない。私と一緒にいることで、彼が他の人間に嫌われるような心配はないのだ。

 彼のことを「あんたなんて嫌い」と言い続ける必要もない。

 だって、もう彼は私の傍にいないのだから。


 ああ、本当に良かった。


 ぽとり、と涙が一筋零れ出た。

 もう泣くことを我慢する必要もない。私のそばには誰もいない。

 そう思ったら、涙はとめどなく溢れ出て、私は大声で泣いていた。

 油断してしまったのだ。

 彼は、私の傍にいないと思っていたから。

「なんで泣いてるの?」

 と、今まで離れていたことが嘘のように、話しかけることが普通なように彼が訊いてきた。

 まずいところを見られてしまった。

「あなたなんて嫌い、大嫌い」

「知っているよ」

「声も顔もぶっきらぼうなところも、いつも好き勝手するところも、私の気持ちを考えないところも大嫌い」

「知っているよ」

「私のことが好きなことが嫌い」

「知っているよ」

「嫌い、って言ってるのに近寄ってくる無神経さが嫌い」

「知っているよ」

「私に優しくすることが嫌い」

「知っているよ」

「だけど、どうしようもなく、あなたが好き」

「それは、知らなかった」


私は周りの目を気にすることなく彼を抱きしめた。

彼が強く抱きしめ返してくる。

さっき彼に好きだと言ってしまったけれど、やっぱり私は彼が嫌いだ。

もう私は彼が傍にいないと生きていけないのだから。

嫌い、嫌い、嫌い、だけど、どうしようもなくあなたが好き


この言葉の素晴らしさを伝えたくて書いてみました。

時代や舞台背景を考えましたが、それを細かく描写すると単なる蛇足や無駄になりそうで、そういったものを省いて、「私」の気持ちだけを羅列することにしました。

長文よりも短文のスピーチのほうが難しいとは某大統領がおっしゃっていたことですが、まさにその通りかもしれません。


いつか丁寧に丁寧に、この長編を書いてみたいものです。

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