Episode:013 観察・分析モード 表
お待たせしました。第13話、更新です。
今話は夕季の戦闘の前編です。
では本編をどうぞ。
『『『『『え・・・・・・・・・・・・?』』』』』
モニター用の魔法陣を見つめていた生徒たち(刃冶、愛紗美および一部を除く)は、夕季の変化に呆気にとられていた。
もちろん見た目の変化というのは、珍しくない。なぜなら魔法を使用すれば誰でもできるからだ。
しかし、夕季は魔法が使えない。しかも使い魔も傍にいない。その夕季が、見た目を変化させたのだ。驚くのも無理もない。
『たく・・・・・・、なにを考えてるのかしら? Originalは。眼高手低、志大才疎、実力を伴わない小者のために、わざわざ私になる必要はないでしょ。どう考えてもOver killよ?』
さらに言うと、いつものです・ます調ではないことや、どこかいつもと違う雰囲気にも戸惑っていたのである。
そんな中、草むらで眠っていた刃冶に愛紗美が近づいてきた。
「ヤイバ~」
「・・・・・・なんだ? 従姉さん」
話しかけてきた愛紗美を無視しようかと思った刃冶だったが、あとあと面倒になると踏んで返事をした。ちなみに、体勢は眠ったままである。
「アレって“観察・分析モード”よね?」
「“狂戦士モード”ではないのは確かだな。残念だったな、従姉さん」
「そうなの。また戦えるって思ってたのに~。って、そういう意味で訊いたんじゃないんだけど、もう。どうしてユキちゃんがそのモードになったのかということを訊いてるの」
「知らん。夕季に訊いてくれ」
「今は訊けないでしょう? たく~」
口癖『知らん。夕季に訊いてくれ』が発動し、再び眠りはじめた刃冶に呆れつつ、愛紗美は腰を下ろして魔法陣に映る黒色団子ヘアーの夕季を見つめる。
(う~ん。あの男の子には荷が重すぎるかな。あのユキちゃんと戦うのは。私、何度も戦ったことがあるけれど、一度も勝ったことがないのよねぇ。まぁ、負けたこともないけれど。それに“狂戦士モード”にならなかっただけまだマシだし、ここは見守りますか)
そう呟いた愛紗美は、10年前の“狂戦士モード”になった夕季との戦闘を思い出し、気持ちが踊り出そうとしている自分に苦笑した。
『無制限一本勝負! 始め!』
『私に実力が伴っていることを証明してあげよう! 凍てつく風よ! 全てを凍らせよ!』
怒り心頭に発したフィークは、教師の戦闘開始の合図と同時に凍氷嵐の呪文を唱えた。
冷気を帯びた風が、夕季を襲い始める。そして徐々に凍りはじめる夕季の身体。しかし、夕季は口の端を吊り上げるだけで、動こうとしない。
一部を除く全員が、動けなかったと思う中、夕季がわざと凍るのを待っていることに気付いたウィルネが葛葉を抱えたまま、黙って見つめているグランに声をかけた
「あのグラン先生・・・・・・」
「・・・・・・ウィルネは分かったようだな。夕季がわざと凍氷嵐を受けていると」
グランはウィルネを一瞥した後、魔法陣に視線を戻しながら返事をした。ウィルネもまた魔法陣に視線を戻して頷く。
「でも何故・・・・・・?」
「まぁ、分からないのも無理もない。お前なら魔法を防ぐか、よけるかだろ?」
「え、ええ」
「普段の夕季もそうだ。そのスタイルは魔法を防ぎ、すばやく相手の懐に飛び込んで武術による物理攻撃を加えるというもの。だが、あれは夕季であって夕季ではない」
「え?」
ウィルネはグランの言葉に首をかしげて、グランを見つめる。夕季であって夕季ではないというのはどういうことかと。
しかし、グランはその疑問には答えずに、魔法陣を見つめたままだった。ウィルネは仕方がなく魔法陣に視線を戻した。
そこには完全に氷漬けになった夕季がいた。その表情はいまだに口の端を吊り上げていた。
『くくくく。ははははは! 口ほどにもない! さぁ、先生。終わりの合図を』
フィークは夕季の姿に完全に勝利を確信していた。いや、一部を除く全員がそう思っていた。しかし、審判の教師は何も言わずにただ立っているだけだった。
『先生、何をして(ピキ、ピキ。ピキピキ!)な!?』
『『『『『!!』』』』』
動かない教師に疑問の表情をしながら訊ねようとしたところ、氷にヒビが入り始めたためフィークは驚いて目を見開く。フィークだけではなく、一部を除く全員が驚いていた。
ウィルネもまた驚き、そばにいるグランに質問もできず、ただ氷が割れていくのを見守ることしかできないでいた。
『魔法名“凍氷嵐”。冷気を帯びた風によって、相手を氷漬けにする風系の攻撃魔法。氷漬けにされた者は身動きが取れなくなるため、魔法が使えない。威力は上の上』
『なっ、なな・・・・・・っ』
『魔力効率40%。全然、なっていないわ。もう少し魔力を練らないと、完全には氷漬けにはできないわよ。だから、こうやって割ることもできてしまう』
夕季は淡々と言葉を発しながら氷を割っていくのを、フィークは指差して言葉にならないほど驚いていた。それは当たり前といえば当たり前である。今までこの魔法を破られたことがないのだから。
「・・・・・・ウィルネ。お前の兄は今まで魔法を破られたことなどないようだな」
「は、はい・・・・・・」
グランはフィークの様子を見て、ウィルネに訊ねた。ウィルネは、その問いに生返事しかできないでいたが、グランは意に介した様子もなく、皆に聞こえるような声で言葉を続けた。
「お前達が夕季をどう思っているか知らんが、夕季が魔法を破ったのは、決して超能力という未知の能力を使ったわけではない。魔法の弱点をついたのだ。魔力効率が高ければ高いほど魔法は威力を増すのは確かだ。しかし、少なからず魔法というものは弱点がある。フィーク・アースが放った凍氷嵐もまた、弱点がある。ちなみにその弱点は教えないぞ。自分で見つけなければ意味がないからな」
「先生!」
グランがそう忠告した時、ある女生徒が手を上げて怒鳴った。グランは視線を向けて『組と名前は?』と訊ねた。すると、女生徒は少し眉をひそめながら立ち上がった。
「14組のプルート・ウンディーネです。その話をするということは、夜刀神夕季は魔法の弱点をしっているということですね?」
「ああ、すべての魔法の弱点を熟知している」
「ということは、昨日のトーナメントで夕季は私の放った火焔天球も、破ることができたわけですね。となると私は夕季に勝たせてもらったわけですか? これは私に対する侮辱です。絶対許すわけにはいかない」
女生徒、プルート・ウンディーネは、昨日のトーナメントでの夕季が火焔天球を喰らって気絶したことを思い出し、さらに一層眉をひそめた。
しかし、その問いにグランではなく生徒の背後、草むらの方から返答があった。
「夕季はわざと負けたわけではないぞ」
我に返った全員が振り向くと、草むらに眠っていた刃冶が起き上がり、面倒そうな表情でプルートを見つめていた。プルートは眉をひそめながらどういうことかと訊ねようとしたが、それを制した刃冶が言葉を続けた。
「これは夕季が言っていたことだが、魔法の弱点というものは、魔法を行使する者によって異なり、魔力効率が高ければ高いほど、少なくなってくるものらしい」
「・・・・・・それがどうしたというんだ?」
「確かに昨日、あんたが放った火焔天球という魔法にも弱点はある。しかし、あんたの火焔天球は魔力効率は80%だったと夕季が言っている。でだ、それだけ魔力が十分に練られていた魔法に、弱点がいくつあると思っている? 夕季がそれをつける時間があったと思うか? それでも夕季がわざと負けたと思うか?」
「く・・・・・・っ!?」
『『『『『?』』』』』
刃冶は淡々とプルートに問いかける。
その表情は面倒くさそうだったが、その目には夕季を侮辱するようなことは決して許さないという意思が感じられた。
プルートはその目の迫力に後ずさってしまったが、それはプルートにだけ向けられいたためか、プルートが何故後ずさったのか一部を除いた全員が首をかしげた。
「どうだ? これで夕季がわざと負けたのではないと分かってくれたか?」
「(スー、ハー)分かった。悪かったな」
刃冶の威圧感がなくなったと感じたプルートは、深呼吸をすると返事をして謝る。そしてグランにも謝ると、魔法陣の方を見つめた。
プルートが魔法陣に視線を戻したので、首をかしげながらも全員が魔法陣に視線を戻した。
「ヤイバはやっぱりユキちゃんのお兄さんだねぇ」
「うるせ。眠いから寝る」
愛紗美が笑顔で声をかけるが、刃冶は眠たそうな表情になって眠り始めた。愛紗美は微笑むと、魔法陣に視線を戻した。
そこには魔法を放ちまくるフィークと、それを真正面から受けて無傷で破りながらフィークに近づく夕季が写っていた。
<楽しんでるわね、ユキちゃん。まぁ、久しぶりだものね。そのモードになったの。すぐに終わっちゃったらアレだもの、仕方ないか>
愛紗美は苦笑しつつ呟く。また、夕季が初めて“観察・分析モード”になった日や今まで何十回も行ってきた戦闘のことを思い出していた。
そして、また戦いたいなぁと考えながら夕季の戦闘を見守るのだった。




