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イツカノヒビ  作者: 下倉寿明
第一章 始まりの日々
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第一話 冬の日、王女殿下の憂鬱

2025年12月3日投稿

書き始めにとても難儀しました。

プロローグから2ヶ月近く経ちましたが、第一話投稿です。

慣れてきたらアクションの描写にも挑戦する予定ですが、基本的には会話メインで進んでいきます。


 僅かに煤けた空色の快晴。


 薄く、掠れた雲の隣で小さな太陽が儚く輝く。


 岩壁の切り立つ岩山と平野の境。


 大人が十人は並んで歩けるほどの街道には、常ならぬ剣戟の音が響いていた。


 小汚い格好の男たちが武器を手に数台の馬車を取り囲んでいる。


 粗末な装備に饐えた臭いを漂わせ、拙い技術で武器を振り回す。


 そんな有様でも、数の暴力の前に護衛たちは少しずつ押し込まれていく。


「くそがァっ!きりがねェ!」


「こんな場所に盗賊団がいるなんて情報、どこにもありませんでしたよ!?」


「つべこべ言わずに賊を切れ!兎に角数を減らすんだよォ!」


「おっりゃぁぁあああ!!!ふっとべぇ!」


「馬鹿がァ!消耗戦だぞ、大技は控えろ!」


「はぁ、はぁ、んなこと言っても、オレ、こんくらいしかできねぇよ!」


「落ち着いてください!君の魔法はいざという時に必要です。できるだけ温存を!」


 肩で息をしている少年が、防衛陣の中に引き戻される。


「なんでだよっ!!オレだってまだ戦える!!」


(あたま)ァ冷やせ、小僧!お嬢を守れんのは手前(てめえ)ェだけだろ!!大人しくしてろや!」


「でもっ!!!オレは──」


「──ごちゃごちゃ五月蝿えェ!!お嬢だけじゃねえ!嬢ちゃんもだ!逃せんのは手前ェだけなんだよ!」


「っ!!!」


 今度こそ、少年は言葉を詰まらせる。


 まだ成長期の頼りない拳を握りしめ、悔しそうに俯いた。


 3台の馬車を、15人の護衛と険しい岩壁が覆い囲む。


 背面を自然の要塞に任せた上で、護衛の数も十分なはずだった。


 しかし、それを取り囲む賊も70人は下らない。


 少しずつ、少しずつ護衛たちは疲労を募らせていく。


 少なくない数が地に伏せているのに、賊の勢いは衰えることを知らない。


 目を血走らせ、口の端から泡を飛ばす様子はあまりにも異様だった。


「くそっ!!!」


 無力感に苛まれる。


 余剰の人員なんているはずもない。


 まさか100人規模の盗賊団に襲われるとは、誰も想定していなかった。


 ふざけるな、と悪態が口をつく。


 護衛対象たちが隠れている馬車に目を向ける。


 頭の良い彼女たちは、何か打開策を思いついただろうか。


 戦線は限界ギリギリで、すぐにでも盗賊たちに押し入られそうだ。


 接敵から半刻近く経つ。


 他の商隊でも旅人でも、通りかかってもおかしくないはずだ。


 少年が道の先に目を向けた、まさにその時。


 岩山を回り込むように湾曲する街道の奥から、馬車らしき一団が見えてきた。


「っ!!!!?」


 まだまだほど遠い、小さな影。


 それでも、希望の光には違いない。


 変化を渇望していた少年は、慌てて馬車の扉を叩いた。




===============================================================================================================


「ぜェ、はァ、お前ェらァ、まさかくたばってねェだろうなァ…」


「はぁ、はぁ、はは、リーダーこそ、息、あがってるんじゃないですか…?」


「あァ!?馬鹿言ってんじゃねェぞ、ごらァ!!」


 強気の割に、壮年の男の顔色は悪い。


 彼だけではない。


 15人の護衛全員が、今や息も絶え絶えな満身創痍の有様だった。


「………そろそろ、潮時なのかもなァ………」


 汗と血が目に染み、もはや視界はぼんやりとしか見えていない。


 衰えを知らず、致命傷を与えない限り立ち上がってくる盗賊たち。


 尋常な様子でないことには、すぐに気がついていた。


 ただの寄せ集めであれば、100人だろうが200人だろうが寄せ付けない自信があった。


 勝算があったから迎撃したのだ。


 少なくとも全員で生き残ることくらいはできると思っていた。


 しかし。


 疲れも痛みも、死の恐怖すら知らない相手に、数で圧倒的に負けている。


 劣勢の中で急所を正確に狙うことは難しい上、相手は粗末とはいえ要所を守る装備も着込んでいる。


 ほとんど有効打を与えられない絶望的な状況で、馬車を背に何とか凌いできた。


 それでも、もう限界だ。


 もう間も無く、体力が尽きる。


 だから、その前に。


「頼んだぞ、小僧ォ…」


 まだ未熟ながら高い素養を持った少年。


 青臭い気質を隠しもしない、気持ちのいいクソガキ。


 護衛の仕事を引き継ぐには不安が残るが──


「──お頭!避けてくれぇ!!」


 いい声、出すじゃねェか。


 反射的に道を開ける。


 瞬間、目の前の地面が赤く爆ぜた。


 爆風は前方へ。


 盗賊どもを吹き飛ばし、一条の道が顕れる。


 この窮状を打破する、希望の道だ。


 さァ、行っちまえ!


 お嬢たちを、頼んだ………


(………。あァ?馬車が行かねェ?どうなって──)


 ──開けた道の先から、馬車が突っ込んできた(・・・・・・・)


 防衛陣の只中で急停止し、騎士服を纏った男たちが続々と溢れ出す。


「え………?はァ!?何が、どうなって………?」


「もう大丈夫よ!後はあたしに任せてちょうだい!!」


 御者台の影から現れた女の子が、高らかに宣言した。


 堂々たる佇まいと、最高級の衣服。


 並外れた気品を漂わせる黄金の髪と真紅の瞳。


「騎士たちよ、けちらしなさい!」


「「「「「応ッッッ!!!」」」」」


 一部の隙もなく統率の取れた様子。


 壮年の騎士たちが迷いなく従う様子に、確信する。


 自分たちは、助かったのだと。




===============================================================================================================


「ああ……よかった……」


 守られていた馬車の中。


 商人には似つかわしくない高級車は、大商人たる父親の娘に対する愛の重さなのだろう。


 1時間もの間共に悩み続け、状況を切り開いてくれた友人を、少女は労うように抱きしめた。


「ありがとう。あなたのお陰よ。本当にありがとう………!」


「もったいないお言葉です………お嬢さま………」


 極度の疲労と緊張の緩和からか、友人は眠たげに目を閉じた。


「後のことはわたしがなんとかするわ。ここで休んでいてね」


 座席に友人を寝かせ、少女は固く閉ざされていた馬車の扉を開ける。


 血生臭い風が吹き込む前に、後ろ手に扉を閉めた。


 すぐそばに見慣れない最上級の馬車が一つ。


 そこを中心に、騎士たちが圧倒的な強さで賊を切り捨てていく。


 疲れ切った様子の護衛たちは、防衛陣の中で座り込んでいる。


 メイドのような格好をした女の子が彼らに水や布を配っていく。


 そして。


 超然と大地を踏み締め、戦いを見つめる女の子。


 全身にエネルギーが満ち満ちているかのような圧倒的な存在感に、思わず声が詰まった。


「ぁ………」


「あら?あなたがこの商たいの主かしら?」


「っ、は、はいっ!わたし、エレノアと申します。この度はお力添えをいただき──」


「──かしこまらなくても大丈夫よ。あたしはアデル。これからよろしくね、エレノア!」


「こちらこそよろしくお願いいたします、アデル殿下」


 絶望的な状況に颯爽と現れた救世主。


 美しい金髪を頭の両脇にまとめ、紅の吊り目は猫のよう。


 自然と膝をつかせるような気品は生来のものだろう。


 快活でありながら高貴なオーラを放つ女の子──アデルは、不満げに口を尖らせた。


「もー、そういうのいらないのに…。まあ、いいわ。間に合ってよかったわ」


「本当に、ありがとうございました。殿下が駆けつけてくださらなければ、今頃どうなっていたことか」


 緊張した様子の少女は再び、深々と頭を下げた。


「殿下から受けたこのご恩、必ずや報いてみせます」


「わ、分かったから!気持ちだけで大丈夫よ、ホントに!」


 大袈裟なまでに畏まる少女に、アデルはあたふたと応じる。


「あなたたちの商会には、お父さまもお母さまもかりがあるのよ。………あたしだって、個人的に思い入れがあるもの」


「…ん。私、も」


 いつの間にか、メイド姿の女の子が話に混ざっていた。


「ハルカ。水と包たいは配りおわったの?」


「…かんぺき」


「え、ええと、アデル殿下。こちらの方は…?」


「ごめんなさい、先にしょうかいするべきだったわね。この子はハルカよ。あたしの友だちで、とってもすごいのよ!」


「…ハルカ。アデルの友だち。よろしく」


 黒髪を肩上で切り揃え、仕立ての良いメイド服に身を包む。


 紫色のジト目からは確かな意志が感じられる。


 明らかに只者ではない雰囲気に、少女は思わず気圧される。


「は、はい。わたしはエレノアです。よろしくお願いいたします、ハルカ様」


 メイド姿の女の子──ハルカは殆ど表情を動かさない。


「…様は、要らない。ハルカでいい」


「そ、そういう訳には…」


 淡々と告げられる不満に、少女は戸惑う。


「ハルカ。エレノアが困ってるじゃない。呼び捨てはおいおいにすべきよ」


「いえ、困っているという訳では…」


「…アデルこそ。困らせてる」


「あの、わたし、本当に困ってはいませ──」


「──ハルカこそ、気をつかわせてるじゃない!ぶあいそう、だから、エレノアもきん張しちゃうのよ!!」


「だから、本当にわたしは困ってなんて──」


「──絶対アデルのせい。王女さまなんて、近寄りがたい」


「あーーー!それは言っちゃダメなやつよ!」


「…アデルが先に言った。私は悪くない」


「なによ!ハルカがぶあいそう、なのは、事実じゃない!!」


「…それなら。アデルが王女さまなのも、事実」


「だから!それとこれとは話が別よ!!」


「…全然別じゃ、ない」


「どこが別じゃないのよ!!」


「…少しは自分で──」


「──お二人とも、いい加減になさってくださいっ!!!」


 突然目の前で口喧嘩がはじまって。


 しかも相手は目上で、助けてもらったばかり。


 あまりにも気まずい状況なのに、諍いの中身は下らない内容で。


 少し離れた場所にいる護衛たちがちらちらと視線を送るほどヒートアップしている。


 置いてけぼりをくらっていた少女は、先ほど来感じていた緊張を忘れ、気がつけば大声をだしていた。


「「…………」」


「はっ、も、申し訳ありません!わ、わたし、お二人に対してなんて失礼を…っ」


「ふふ、大丈夫よ。止めてくれてありがとう、エレノア。あと、二人だけで盛り上がっちゃってごめんなさい」


「…ん。反省」


「い、いえ、わたしの方こそ大変な失礼を働いてしまい──」


「──やっぱり、ハルカのせいで気をつかってるんじゃ……?」


「…それを言うなら。アデルのせい」


「なによ!またけんか売ってるの?」


「…私は。買っただけ」


「………お二人とも?」


「「ごめんなさい」」


 しゅんとした二人の様子に、少女は自分の方が年上であることに思い至った。


「はぁ。わたしの方こそ、気を遣わせてしまっているのですね」


「そ、そんなことないわ。けい語とかでんか呼びとか、きょりを感じてさびしいなんて、全然思ってないわ!」


「…エレノア。アデルはこんな感じ。肩肘、張りすぎなくてもいい」


「………。分かりました。敬語をやめるのは畏れ多いですが、アデル様、ハルカ様。呼び方は少し変えさせていただきます」


「ありがとう、あたしのわがままに付き合ってくれて」


「本当に呼び方を変えるだけですからね。アデル様は敬われてしかるべき人なんですから」


「そうは言っても、さびしいものはさびしいんだもの。アデル、って呼んでくれるの、お父さまとお母さま、お兄さまにハルカ、…くらいなのよ?」


「お気持ちは少しだけ分かりますが…なにも喧嘩の振りまでなさらなくても…」


「………?けんかの振りって、何のこと?」


「え?あの、先ほどハルカ様とアデル様が…」


「ああ!あれはふつうにけんかしてただけよ!ね、ハルカ」


「………」


「あれ、ハルカ、何してるの?」


「そう言えば、先ほど護衛たちから何かもらってきていましたよね」


「弓矢みたい。けっこう大きいけど、ちゃんと引けてるわね」


「空………というより、馬車越しに岩山を狙っているのでしょうか?」


「分からないわ!でも、ハルカは騎士団長の令嬢だから、武器の扱いはとっても上手いのよ」


 ひそひそと話し合っている間に矢が放たれる。


 上向きに放たれた矢は、ぐんぐんと空へと昇っていく。


「…ん。こっち」


「え、ハルカ様!?」


 いきなり手を取られ、少女は馬車の影から引っ張り出された。


「ちょっと、いきなりどうしたのよ!?」


「…ん。ここ」


 空を掴むような動作。


 困惑している少女の胸の前に腕を突き出す。


 尋ねるよりも先に、結果が現れる。


「これって、矢、よね。さっきハルカが撃ったやつ?」


「…違う。あいつ」


 指差した先は、岩山。


 よく見れば、岩場の影に弓らしきものを構えた人影が一つ。


「…これが。エレノアに、撃たれた」


 少女の胸の寸前。


 鈍く光る鏃からは怪しげな液体が滴っていた。


「そんなのが当たってたら大変じゃない!!直ぐにつかまえないと!」


「…だいじょぶ。もう撃った、から」


「撃ったって…もしかして、さっきの?」


「…ん。今。当たった」


 人影がよろめき、倒れる。


「…じゃ。捕まえてくる」


「え、ええ。行ってらっしゃい」


「あ、あの…!わたし、もしかして…」


 呆然としていた少女は、命を狙われていた事実に慄く。


「危ないところだったみたいね」


「ほ、本当に。わたしが、狙われて……?」


 今更ながら、身体が震えてくる。


「エレノア、大丈夫よ。あたしたちが着いてるから」


 震える手が、暖かい感触に包まれた。


「まあ、馬車の影から連れ出したのはハルカなんだけど」


「ええと、それはどういう…?」


「さっきまでは馬車がエレノアを守ってくれてたんじゃないかしら。それで、馬車の影から出たところを狙われたのよ」


「つまり、ハルカ様はわざとわたしを狙わせた、ということですか?」


「多分、そうなんじゃないかしら?」


「そう、ですか…」


「!ち、違うわよ!?ハルカはちょっと無口なだけで、エレノアにひどいことするような子じゃないわ!実際、守ってくれたでしょ!?」


「わ、分かっています。大丈夫です。………ただ、いくつか分からないことがあって…」


「そ、そうよね。………そう、なのよね。ハルカはとってもすごいから、あたしには分からないのよ」


「アデル様…?」


「ごめんなさい。なんでもないわ。たいていのことはハルカに任せておけば間違いないってことよ。ほら、戻ってきたわ」


「…ん。エレノア、これ」


「ええと、先ほどわたしに向けられた矢と、下手人ですね。………なぜ、わたしに?」


「…今回の襲撃。黒幕がいる」


「っ!誰かが仕組んでいたというのですか!?一体、何のために…!」


「…それを知るため。調べる」


「………ありがとう、ございます。ハルカ様。このご恩は必ず」


「…いい。私も、借りがある。から」


「ハルカ様も、お父様──会長に恩があるのですね」


「…それもある。あとは、………いや、なんでもない」


 相変わらずの無表情。


 それなのに、少女は違和感を覚えた。


「………?あの、もしかして、ハルカ様はわたしのことを以前からご存知だったのですか?」


「………。なんで?」


「い、いえ!何か根拠があったわけではないのですが………何故かそのように思えただけで…」


「…そう。エレノアは、私と。会ったことはない」


「そう、ですよね。変なことを聞いてしまって、すみません………」


「………」


「………」


「ちょ、ちょっと。なんで二人してだまりこんじゃうのよ。あたし、何があったのか全然分かんないわよ?」


「…あっちも、片付いた。行ってくる」


 雰囲気に耐えかねたのか、ハルカが立ち去っていく。


「ちょっと、ハルカ!………って、行っちゃったわね。ホント、いきなりどうしたのかしら」


「あ、あの、アデル様。ハルカ様は、一体どういうお方なのですか?」


「そうね………あたしも、よく分からないわ。ずっといっしょにいるけど、あんまり自分のこと話してくれないもの」


「確か、アデル様は今年で13才になるのですよね。もしかして、ハルカ様はもっと年上なのでしょうか?」


「え?ハルカはあたしと同い年よ。乳姉妹、っていうらしいわ、あたしたち」


「そう、なのですね。おかしな質問をしてしまって申し訳ありません」


「そう?よく分からないけど、分かったわ。………。あ、エレノア!あっちでごえいの人たちが呼んでるわよ」


「確かに、リーダーがこちらに手を振っていますね。アデル様、少し席を外してもよろしいでしょうか?」


「ええ、もちろんよ!あたしはここで待ってるわ」


「申し訳ありません。少しだけ失礼いたします」


 少女もアデルの下から去っていった。


 騎士たちの戦闘は既に終わっており、街道の補修が始まっている。


 商隊を助けるために置いてきた後続の一団も、そろそろ追いついてきそうだ。


 冷たい冬の空気の中、アデルは独り空を仰いだ。


「何もできてないじゃない、あたし」


 溌剌な彼女らしからぬ氷のような声音。


 自身への失望に満ち満ちた言葉は、誰にも聞かれることなく北風に攫われた。


2025年12月3日投稿

次回も年内に投稿できると思います(予定)(未定)。

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