第9話
ユリウスside
まさか自分が、こんな気持ちになるなんて思っていなかった。
アルメリア王国のコーネリア公爵家の嫡男として生まれた僕は、比較的自由な考えの両親と同じように育った。
代々外交官として働いているコーネリア家。
僕もそうなるのだと、自由である今のうちにしたいことをしておこうと思っていた。
そんな気持ちで入学した魔法学園。
やりたいことはあるのに捗らない。
何がダメなのか分からずに挫折しかけていた。
そんな時にふと見つけた魔法理論の論文。
『魔法にできないことは無い。ただ、やり方を知らないだけだ。』
『世界中にはまだ見た事の無い魔法があり、無駄だと言われるものが多数存在する。しかし、その無駄こそが人生に彩りを与えると思っている。』
──僕と同じ考えだ。
できないことは無い。
ただ、研究するよりも自分の手でしてしまった方が早く確実。だからこそ、魔法陣は進化しない。
危うい進化は望んでいない。
ただ、ワクワクするような、子供の夢のような魔法が増えて欲しい。
しかし、そんなことを大真面目に研究するような暇な人物は少ない。
──エリシア。
彼女なら、僕の話を聞いてくれるのでは。
そう感じた僕は、今年入学しているであろう少女を探した。
銀の髪をおろし、紫の瞳で僕を見つめた彼女は、笑わない女の子だった。
けれども、戸惑いながら彼女は僕に意見をくれた。バタバタと忙しない僕を眺めるエリシアは、見守っているようで2つ下の彼女の方が大人に見えた。
そんな無口な彼女は、2年もすると僕への警戒も大分和らいだように見える。
相変わらず笑うことは無いが、軽口を叩いてくれるようになった。その変化が少し嬉しい。
そんなある日。
魔法でぬいぐるみが操れないかと研究をしていた時だった。
ぬいぐるみが転んだ瞬間、彼女の口から小さな笑い声がこぼれた。
「……ふっ。ふふ。」
思わず手が止まる。
……今のが、エリシア?
あの彼女が、声を出して笑うなんて。
紫の綺麗な瞳が細められ、僕を真っ直ぐに見ている。銀の髪が陽の光を浴びてキラキラと舞っていた。
胸の奥が急に熱を帯びた。心臓が速く打ち始めて、視線を外せない。
笑顔は柔らかくて、普段の冷静な表情とはまるで別人のようで……いや、これも彼女なんだ。
「……え、可愛い。」
小さく零した言葉に、我ながら驚く。口に出すつもりじゃなかったのに。
慌てて誤魔化したが、鋭いエリシアの事だ。様子がおかしいことには気づいているかもしれない。
社交辞令以外に可愛いなんて、口にすることはまず無い。けれど、他に言葉が見つからない。
ただ、その笑顔を前にしてしまったら、どうしようもなかった。
──ああ、これはもう言い訳できない。
僕は今、彼女に恋をしたんだ。
気づいた瞬間、胸がざわついて落ち着かなくなる。
こんな感情、初めてだ。視線をそらさなきゃと思うのに、まぶしくて、見ていたくて仕方がない。
……困ったな。
こんな風に誰かを求めるなんて、思ってもみなかった。
****
日が暮れるのが大分遅くなった。
窓の外を見て、そろそろオレンジに染まるなと、席を立ってカーテンを閉めた。
僕のことを不思議そうに見るエリシアは、「どうしたの?」と聞いてくる。
「ん?そろそろ西日が強くなるだろ?眩しいと思って。」
そう言って笑うが、本音は別にある。
エリシアは夕日が嫌いらしい。
言われた訳ではない。
しかし、時折夕日を眺めて、とても憎らしげな冷たい表情をしている。ほんの些細な違いだが、この2年間一緒にいた僕は分かる。
僕は苦しげな彼女の表情が見たくない。笑っていて欲しいんだ。
惚れた欲目だろうな。
彼女の微笑みが一番綺麗だなんて。
嫌いな理由は知らないけれども、それでもいいかな。
エリシアは過去のことを話したがらない。
きっと何かあるのだとは思っているけど、それは嫌な思い出だろう。
僕のエゴでエリシアの表情が曇るなら、ずっと話さないでいい。苦手なことは、言われる前に僕が察したらいい。そう思ってる。
「そう、ね。」
安堵したように呟くエリシアに、柔らかく微笑んだ。
最近、ようやく表情が柔らかくなった。
そんな彼女がまた苦しみに染まってしまうなら、僕はその原因を躊躇いなく排除してしまうだろう。
せっかくの彼女の笑顔を奪わせたりしない。
そう固く決意して、彼女の隣に腰を下ろした。