第8話
緑が色付き憂鬱になる季節も、最近は悪くないと思うようになった。窓の外に見える虫たちは、騒々しく動き回る。
アルメリア王国に来てから3回目の夏が来た。
休日である今日はユリウスに誘われ、学園の作業部屋を借りて、のんびりと話し合いをしていた。
鳥のさえずりを聞きながら自分の考えを話す。ふと、視線を感じて顔を上げると、またか、と思った。
最近、ユリウスの態度に疑問を覚えることがある。
「ねえ、ユリウス?」
手元のノートを覗き込みながら、必要な魔力量について理論値の話をしていた。それなのに彼はノートではなく、私の顔をじっと見たまま何か考え事をしている。
「聞いてる?」
「え、あ、ああ。」
明らかに聞いていなかった反応だ。
彼は、最近こうして私の顔や後姿を見ながら、ぼうっとすることが多い。
なんだと聞いてもはぐらかされ、よく分からないのだ。
じわじわと頬が赤みを帯びる彼に不思議に思う。
「どうしたの?風邪でもひいたの?」
熱があるのかと彼の額に手を伸ばすと、バッと距離を取るように体を逸らす。
「あ、ご、ごめん!」
そう言ってユリウスは立ち上がると、「気分転換してくる」と部屋を出ていった。
「変なの。」
彼の変な言動は今に始まったことではないが、よく分からない行動に首を傾げてしまう。これでも出会った頃よりは、行動が落ち着いていたのに、と少し呆れて笑ってしまった。
しばらく、ノートに思いついたことを書き込んでいると、ユリウスは出ていった時と違い、ニコニコとした笑顔で戻ってきた。
相変わらず切り替えが早い人だ。
「エリシア、食事にしよう。」
休日は、こうしてこの場で買ってきた物を二人で食べることが多い。
また、何か珍しいものでも見つけたのか、上機嫌な彼は紙袋を掲げている。
「買ってきてくれたのね。ありがとう。」
好き嫌いがないとはいえ、彼が選んでくる物は独特な物が多い。けれど、口に合わなくとも、彼と感想を言いながら食べる時間が、私は嫌いではない。
随分と彼に心を許していると、自分でも思う。
「……貴方となら、いい友人になれると思うわ。」
小さく私が呟くと、ユリウスは一瞬悲し気な顔をして、ニコッと笑った。
「何言ってるの?僕は君ととっくに友人だと思ってたけど。」
ユリウスの反応に少し不思議に思ったが、彼の言葉に嬉しくなった私は、少し恥ずかしくなって俯いた。
「そう。」
短く返事をした私へ、彼は可笑しそうに笑う。
「ふふ、照れてるの?珍しいね。」
覗き込んでくる彼に文句を言おうとして、顔を上げて言葉に詰まった。
ユリウスが妙に真剣な顔をしていたから。
「可愛い。」
「え。」
急な褒め言葉に顔が熱くなった。
貴族である彼が、女性を褒めることは当たり前であるはずなのに、その表情が本気だと伝えてくるようでつい意識してしまう。
固まってしまった私をよそに既に食事を始め、ふふ、と上機嫌に笑いをこぼしたユリウスには、他意などないとわかっている。
それでも鼓動が早くなってしまうのは私の考えすぎか、それとも私がそう思いたいのだろうか。
誤魔化すように窓の外に顔を向けた私は、うるさく鳴る心臓を落ち着けるために深く息を吐いた。
「エリシア?食べないの?」
いつも通りのユリウスに、恨みがましくじっと見てしまうが、そんなこと彼は気にしない。
彼ほどの綺麗な顔に真剣に言われたら、誰だって私のようになると思う。少しは自覚して欲しい。
黙って、もそもそと食べ始めたサンドイッチのようなものは、甘さのあるソースが野菜や肉と合っていて美味しい。
スパイスが少し強い気もするが、悪くないと思った。
黙々と食べ始めた私に、ユリウスはふふ、と笑い出す。
なんなのだろうと少し不満げに見やると、ユリウスの手が伸びてくる。
「ついてるよ。エリシアも子供だね。」
私の口元を拭って、なぜだか嬉しそうにするユリウスに息が詰まった。彼の手の温かさが、まだ残っている気がして慌てて頬を押える。
「うるさい。」
ふい、とそっぽを向いて小さく呟くと、楽しげな笑い声が隣から聞こえる。
彼を見ることが出来なくなった私は、そのまま零さないように気をつけながら、手に持っているサンドイッチを小さく齧った。