第7話
「ねぇ、やっぱりこれ、無駄だと思うわよ。」
「何言ってるんだ!そんなの分かってるよ。これはロマンだよ!」
私の指摘にも楽しそうに力説する彼は、魔法で人形やぬいぐるみといった物を、生き物のように動かしたいらしい。
ユリウスと出会ってから、そういった魔法が作りたいのだと聞かされ、理論的な話や試験を行ってきた。
初めは危険な魔法ではないかと思い、話を聞いていただけだったが、彼は単純に「かっこいい」「憧れる」と説いてきた。
最近では少年のような彼に絆され、少し不便な魔法とすれば悪用されることは無いかと、私も修正案を出すようになった。
聞けば聞くほど子供っぽい彼の理想に、2年経っても変わらないのだなと思う。
彼は興奮を抑えるように紅茶を一口含んだ。
その仕草は妙に綺麗で、彼の外見に似合っている。やはり、彼は貴族なのだろう。
溌剌とした笑顔や言動からは見えなかった優雅さが、ふとした仕草や所作から感じ取れる。
そうしていればすぐに婚約者などできるだろう。
この国では、学生の間に婚約者を決めることが当たり前らしく、以前彼に尋ねたことがある。
「私とこうして過ごしているけど、恋人とか大丈夫なの?」
私の質問に彼はきょとんとしていた。
「僕、恋人とか、いたことないけど。」
「あら、そうなのね。やっぱり性格なのかしら。」
思わず本音を漏らしてしまうと、彼は心外だと頬を膨らませていた。そんな仕草が子供っぽいのだ。
「……私勘違いされてないかしら。」
「なに?嫌なの?」
「そういう訳じゃないけど、貴方の将来に関わるでしょ?」
ユリウスとそう噂されるのが嫌だとか、そういう問題では無いのだ。ただ、私と噂になることで、彼に不利益が被るのではと思っただけ。
私がそう説明すると、彼は首を傾げた。
「それはエリシアにも言えるだろ?」
「…………どう、かしらね?」
私は未だに過去の傷を背負っている。
こうやって話すことが出来ているのも、彼が昔の私に似ているから。
誰かと婚姻したところで、私はその人物を信用しきることは今のところ難しい。
一生疑いながら生活をするくらいなら、平民となり一人で生きる方が楽ではないか、と思っていた。
曖昧な返事をする私を、彼はじっと見つめた。
「じゃあ、困ったら君が相手になってくれたらいい。」
「何を言っているか分からないわ。」
彼の言葉に呆れながらそう返すと、無邪気な笑顔が向けられる。
「だって、さっきの言い方だと、僕だと問題ないってことだろ?僕も君なら歓迎。こんなに有意義な話が出来る人、他にいない気がするんだ。」
いい考えだというように笑う彼は、本当にそう思っていそうだった。ムードもへったくれもない。
でも、なんだか彼との生活が想像できてしまった自分が悔しい。
本当に穏やかで、明るい気分で過ごせそうだと、一瞬過った考えを振り払う。
「……貴方なら困らないと思うわ。」
「そうかな?」
へらっと笑った彼にほんの少し、ちょこっとだけ、悲しいような虚しい気持ちになったのは気付かないふりをした。
「ねぇ!これでやってみようよ!」
私が考え事をしている間に、ノートに書き込んでいた手を止めて、ユリウスは元気よく立ち上がる。
鞄から可愛らしい動物のぬいぐるみを取り出すと、机の上において真剣な顔でノートと向き合った。
その横顔が凛々しく見えて、なんだか感心してしまう。
ほんの少し思案した彼はぬいぐるみに手を翳すと、陣を構築しながら魔力を流す。
彼の瞳のようにキラキラと輝く陣は美しく、彼の魔力操作の質が高いことが伺える。私はつい、ぼうっと彼を眺めていた。
「……おっ、どうかな?」
展開された魔法の様子を確かめるように、ぬいぐるみに視線を向けると、のそのそと立ち上がりゆっくりと歩いて転けている。
「……おい、コケろなんて指示してないぞ。」
感情がある訳ではないので、話しかけたところで意味が無いというのに。
立ち上がるだけでも時間がかかり、歩き始めた赤子のように拙い歩みだと感じる。
「あ、おい。どこに行くんだ。こっちだぞ。」
全く話を聞かないぬいぐるみに、ユリウスは一生懸命話しかけている。
「……ふっ。ふふ。」
私はなんだか面白くなって、思わず声を出して笑っていた。私の笑い声を初めて聞いたユリウスは、呆然と口を開けて私を見た。
それすらも面白くなって、私は久しぶりにこんなに笑ったと思った。
「……え、可愛い。」
「ふふ。ん?なに?」
ユリウスの呟きが聞こえなくて聞き返すと、ほんのり赤くなった顔で「なんでもない」と言われる。
私が笑ったことで恥ずかしくなったのだろうか?
「あら、顔が赤いわ。」
「……あ、ああ。大丈夫!ちょっと暑かったからかなぁ?!」
少し動揺しているような気もするが、確かに最近暑くなってきたところだ。首を傾げながら「ふーん、そう」と言って、冷たいお茶でも入れようと立ち上がる。
「ユリウスもいる?」
カップを準備しながら問いかけると、「お願いするよ」と言われ二人分の紅茶を準備し始めた。
さっきの出来事を思い出して笑っていた私は、後ろでユリウスがソワソワとしていたことに気付かなかった。