第6話
この暮らしにも、好奇心の滲んだ視線にもだんだんと慣れて、全てが習慣化してきた頃。
日差しが強くなり初め、木々が青々としている。
心地よい陽の光を浴び風を感じながら、歩廊を歩いていた私の目の前に、誰かが立ち塞がった。
「ねぇ。君、今暇?」
現在13歳である私より、ひとまわり大きな彼は15歳くらいだろうか。
金のサラサラとした髪を耳にかけ、優しげな青い瞳を細めた人物は、私に向かって声をかける。
なんだ、この軽薄そうな人物は。
「いえ、暇ではありません。」
実際は暇ではあった。
勉強も、趣味も、することがない。
あんなに大事だった研究も、もうする気になれない私は、ただダラダラと日々を過ごすだけ。
けれども、女好きするような笑顔をうかべる彼と、話すことなど自分はない。
そう、拒絶したつもりだった。
それなのに彼は、ニコッと私に微笑んでから、ある論文の写しを広げて見せた。
「これ、君が書いたんだよね?」
目に映ったそれは、確かに入学前に自分が書いた論文だった。
前世で書いていたものを、そのままそっくり書き写しただけだが。
訊ねる口調ではあるが、彼は確信しているようだった。
一歩も引く気がないと悟った私は、渋々彼の問いかけに頷いた。
「ああ、やっぱり。僕、ユリウス。よろしくね。」
そう言って、握手を求めるように差し出された手を、私は黙ってじっと見つめた。ちらりと、彼の顔を見上げると、私の反応を待っているようだった。
その様子が、なんだか昔会った研究者たちと重なってしまう。
単純に、私の能力に興味があるという態度の彼に、おずおずと手を差し出すと、ぎゅっと勢いよく握られ思わず肩が跳ねた。
「あっ、ごめんごめん!驚かすつもりはなかったんだ。」
しゅん、と項垂れるように眉を下げて謝る彼に、拍子抜けしてしまった。
そして自分の勘違いが少し恥ずかしくなった。
それを誤魔化すように少し俯いて「いえ……」と返すと、ユリウスは分かっているのか、にぱっと無邪気に笑った。
「……君の髪、綺麗だね。うんうん、可愛い。」
前言撤回だ。やっぱり、軽い。
彼の言葉をスルーして、じとっと見ると、誤魔化すようにへらっと微笑んだ。
「まぁ、それは置いておいて。僕ね、君の論文を読んで話してみたいと思ったんだ。面白い着眼点だよね。僕も色々考えたりするんだけど、流石にそんなこと思いつかなかったなぁ、って思って。気付いたら君を探していてね。」
捲し立てるように話し続けるユリウスに、息が切れないのかと少し不思議に思う。
どうやら彼は、私の考えが新鮮で面白いと感じたらしい。
「いきなり話しかけたら失礼かなって思ったんだけど、陰でコソコソ調べる方が失礼かと思って。つい、話しかけちゃった。」
やってしまった、というように彼は少し照れたような仕草をする。
軟派そうな見た目に合わず、随分と素直で感情が顔に出る性格らしい。
好奇心に揺れるキラキラとした瞳が、なんだか昔の自分を思い出して、チクリと胸が傷んだ気がした。
「もし良かったらなんだけど、僕の研究に協力して欲しいんだ。」
「……え?」
予想外の申し出に困惑してしまう。
「ダメかな?君と意見を交換しながらだと、なにか閃きそうで。」
彼は随分と研究者気質のようだ。
私も仲間だった人たちと話し合いに意見交換にと、会議を重ねていた。
そう思うと、断りの言葉が喉の奥につっかえたように出てこなかった。
ダメかな、というように私を覗き込む彼に静かに頷くと、花が咲くように笑う。
「ほんとっ!?ありがとう!」
彼はそう言うと、早速というようにその場で資料を広げだした。ユリウスは周りの目を気にしないのだろう。
廊下の真ん中で、床に紙を散らかす彼を訝しげに見る人々に、私の方が慌てる番だった。
「あ、あの!ここじゃない方が、いいかと……。」
ぎょっとした私は、とりあえず場所を移動したいことを話した。私の困惑する様子に彼は恥ずかしそうに片付け始める。
「あぁ、ごめんごめん。つい。」
そう言って頬を掻きながら答えるユリウスに、警戒するのはなんだか馬鹿馬鹿しく思えた。
そうして始まったユリウスとの関係は、案外穏やかなもので、心が凪いでいくようだった。