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レナ・グレーシル 第5話

ユリウスside


目の前で蹲り、泣きながら許しを乞う女を見下ろす。まだ何もしていないというのに、必死で縋る様子は、醜い以外の感情など湧いてこない。


こんなのにエリシアが苦しめられていたのか、と思うと、腹立たしくて仕方ない。


せっかく慎重に手引きしたというのに、呆気ない。


この女のことはあの夜会の時に目をつけていた。

エリシアは気付いてなかったようだが、時折彼女へ向ける視線に、憎悪のような感情が見て取れたから。


「……僕まだ何もしてないけど?」


手に持ったナイフでぺちぺちと頬を叩くと、顔を上げた女は「ひっ」と小さく悲鳴をあげる。


「ねぇ?君が、エリシアに犯した罪を全て吐いてよ。」


「え?」


「正直に言えば、許してあげるかもよ?」


にこりと笑って言うと、ほんの少し期待するような表情をする。


許すとは言っていない。

そもそも、許す気などは一切ない。


それでも、そんな事まで頭が回らないのか、小さく呟き始めた。


「……エリシアには、ちょっとした出来心で、イタズラをしました。」


「へぇ?どんなこと?詳しく話してよ。」


僕が、エリシアを溺愛していることを理解しているのか、言いにくそうにしている。


「……ノートを汚すとか、ペンを壊すとか。」


エリシアが話してくれた内容と合致する。

思っていた通り、こいつも、彼女と同じく記憶もちなのだろう。


「……そう。他には?」


僕の言葉に少し言い淀んだ女は、ポロポロと泣きながら首を振る。その哀れな様子に、同情してしまう者もいるだろうが、僕には通じない。


「何泣いているんだ?それだけじゃないだろう?」


僕は無表情で、グイッとナイフを使って顔をあげさせる。


「……ね?そうだよね?君は、エリシアに冤罪で心に深い傷を負わせたね?」


ニコッと笑って無邪気に言うと、ガタガタと震え始める。ナイフに視線が落ちるので、刃物が怖いのだろうな。


震えて何も言えなくなったので、仕方なくナイフを投げ捨てた。その代わりに手袋をはめる。


「それで?答えは?」


パン、と頬を叩いて問いかければ、ハッとしたように僕を見上げる。


「……で、でも、それは……。」


大粒の涙を流しながら、震える声を出す女の言いたいことは分かった。


「うん、そうだね?今更、罪に問えないね。知ってるよ?」


僕がそう言うと、何に安堵したのか肩の力が抜けるのが分かった。


「何を勘違いしてるの?」


女の喉元を押さえ、壁に強く叩きつけた。苦しさに、口から吐き出されたものが床に飛び散る。


汚いなぁ。

後で掃除を頼まなければいけなくなってしまった。


唾液が広がった床から女へ視線を戻す。

ここで意識がなくなっても困ると、手の力を少し緩めて僕は続ける。


「……君さ、エリシアのここ。覚え、あるよね?」


トントンと、鎖骨下あたりを示せば、サッと顔色を変える。その反応にやはり、と思う。


僕はエリシアの傷なんか気にしない。

けれども彼女は違うのだ。時々、鏡を見ながら顔を顰めるのも知っている。


彼女の傷はまだ深く残っている。


ぐっ、と親指に力が入る。呻く女の声でハッとした僕は一度深呼吸をした。


「バレないと思った?上手くいくと。……なんで分かったか、知りたいよね?そうだよね?」


僕の問いかけに必死に肯定する。


「……不思議だったんだ。ただ、木から落ちただけであんなに深い傷ができるのか。エリシアは優しいからね。事故だと言っていた。けれどね、僕は違う。調べたよ。公爵家の権力を使えば、ある程度昔のことも大体わかる。……あの日、領民の一人が見かけたそうだよ。見慣れない“オレンジ色の瞳の子供”を。」


彼女は前世で負った傷だと思っている。

エリシアの考えを否定したくなかった。けれど、僕はどうしても気になった。


なぜ前世ではなかった事故が起きたのか。

エリシアのように、誰かが意図的に行動を変えたのか。


だから、秘密裏に調べたのだ。

子爵家である彼女が調べられなかったことも、僕なら可能だ。


そしてわかったのが、“オレンジ色の瞳の子供”。


へらへらと笑い、「君の目もオレンジだね」と問いかけると、たったそれだけで?と言いたげに僕を見る。

そうだろう。けれども、僕は確信していた。

一目見たときから。


だから、僕はエリシアの癖を教えてあげることにした。


「……知ってる?エリシアは、“オレンジ色”が嫌いなんだよ?どうしてか分からなかった。いつも、夕日を眺めては疎ましそうにしていた。……そして、あの夜会で理解した。エリシアが嫌っているのは“君の瞳”だ。君の目は今まで見た中で一番、夕日の色をしている。そして、記憶を持っていることで確信した。でなければ起こりえなかった“事故”だからね。」


首に添えていた手を頬にのばし、引っ掻くように力を入れる。

痛みか恐怖からか、声も出なくなったようだ。

うっすらと赤く痕が残るが、こんな傷すぐに治るだろう。


「君はね、隠せてると思ってるよね。でもね、僕には分かるよ。君のエリシアを見る目は、憎悪で溢れてる。」


「……そ、そん、なこと。」


「ないわけないよね?」


ニコニコと笑う僕に、ボロボロと泣き始める。


「……エ、エリシアが、あなたに、お願いしたの?」


「ん?……あぁ。君を酷い目に遭わせろって?」


首を傾げると、こくこくと頷く。

こいつはエリシアを何も分かっていないのだ、と嫌悪感が募る。


顔を押えた手と反対の手で、女の横の壁を殴る。

ダァン!と大きな音に目を見開いて、ブルブルと震え出した。


「……ほんと、何も分かってないよね。優しいエリシアがそんな事言うわけないだろう?彼女は君を憐れんでいたよ。それでもって言うんだ。『私は性格が悪い』って。そんな訳ないよね。」


心配そうに僕を見上げるエリシアを思い出して、ふふ、と笑いがこぼれた。


あの時は可愛かった。

僕に嫌われないか不安そうに揺れる瞳が、縋るような手の震えが。安心させるように強く否定すると、ほわっと緩んだ表情が。


目の前の女を冷たく見下ろして、酷い違いだと鼻で笑った。


「僕はエリシアに、今日のことは言ってないんだよ。彼女は心配するし、心を痛めるから。だから、君のことも言わないよ。」


「……え?」


「君はこれからここで過ごす。僕の実験台かな。大丈夫。君の両親には話を通してあるよ。取り引きをもちかけたら、売ってくれるって。」


僕が笑いかけると女の顔は絶望へと染まる。


「仕方ないよね?君は自分自身の幸せのために、愛する者と共になるためにエリシアを陥れた。僕は愛するエリシアを守るために、彼女を害する君を排除する。君よりも正当性があると思うけど、どうかな?」


「……えっ、な……そん、な。」


慌てだした女に、くすくすと笑う。


「安心してよ。君は風の噂で、ちゃんと実家に帰ったことになるから。」


「……い、いやっ!やだ!助けてっ!だれ───」


騒ぎ、暴れだした女から離れると、エリオットが静かに昏睡させる。


「ありがとう。」


エリオットに礼を言うと、今までを見ていた彼は呆れたようにため息をついた。


「……これ、どうされるんですか?」


これ、と指さされた物は見たくもない。


「適当に繋いどいて。」


責めるように僕を睨んだエリオットを、ニコニコと見つめる。はぁ、ともう一度ため息を落とした彼は、渋々女を地下へと運んでいく。


ちょうど薬の実験をしていたのだ。

効果を確かめるのにいいだろう。


「エリシアには言えないなぁ……。」


小さく呟いて苦笑する。

彼女なら、少し悲しそうな顔をしながらも、分かってくれるだろう。


けれども、僕以外を思って胸を痛めるエリシアを見たくない。これはそんな僕のワガママだった。


「相変わらず重いかなぁ……?」


それでも、こんな僕を受け入れてくれる彼女が愛おしい。


「エリオットー?帰るよー?」


早く愛する妻に会いたくなった僕は、地下室へいる騎士へ声をかけた。馬車の中でまた睨まれたが、エリシアを思い浮かべながら窓の外を見る僕は、そんな事気付かないのだった。

これにて1章は完結となります。

続きは執筆中ですので、少々お待ちいただければと思います。


ユリウスについても、カイトについても、気になるところはあると思いますが一旦これで……( ˊᵕˋ ;)


ここまで読んでいただきありがとうございます!

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― 新着の感想 ―
面白かったです。性格的にはカイトの方がまもとに思えてしまう。
後味悪いですね。
いやー、良かった! カイトに関しては「断罪される方が救いになるんじゃね?このまま忘れられた方がダメージデカいのでは?」って思う
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