第13話
目の前でニコニコと嬉しそうなユリウスに、不満げな視線を投げてしまうのは仕方ないだろう。
想いを告げたあと、しばらくしてから彼にそういえば、と言われた内容に戦慄した。
「僕、ユリウス・コーネリアっていうんだ。」
「……え。コーネリア……?」
コーネリア公爵家は私でも知っている名門貴族だ。
現公爵は外交官として有名で、前世、パーティでよく見かけていた。
「公爵家……?」
青ざめた私の呟きに、ユリウスは慌てて言い募った。
「大丈夫だよっ!?」
何が大丈夫なのだ。子爵家である私とは身分差がありすぎる。
「あぁ、お願いだから僕から離れないで。」
じりじりと彼から距離を取るように腰を引いていた私を、ユリウスはサッと近づいて抱き留める。
「い、いや、でも……。公爵家、なんて聞いてない……。」
「大丈夫。エリシアなら、問題ないんだよ。」
諭すように言いながら、ぎゅっと抱きしめて離さない。力強い腕に囚われ、おろおろと見上げることしかできなくなる。
不安と恐怖で言葉が出ない私を、ユリウスは優しく髪を梳くように撫でる。
「本当に大丈夫だから。僕を信じて。」
そう言われ、渋々納得した私は、その数日後にまた後悔していた。
ユリウスと同じ青い瞳が楽し気に私を見つめる。
女性らしい穏やかな表情で優雅にカップを摘まむ様子は、私でも見惚れてしまうほど。
突然ユリウスに連れてこられ、混乱する中始まったお茶会。
それなのにこの場にいるのはユリウスの母親のみで、ユリウスは用事があるから少し抜けると、私を置いてどこかへ行ってしまった。
状況がよく分からず、失礼をしてはいけないと会話を続けているが、内容が全く入ってこない。なにやら聞いたことのある話をされ、それについてさらさらと答えるが、私は何をしているのだろう。
「私ね、今度旅行に行こうと思っているのだけど、フルーツがおいしいところがよくて。どこかおすすめあるかしら?」
「……南にあるグリシアーナ皇国か、西のメリヌ国は果物が豊富だと聞きますよ。」
そんなたわいのない話を続けているが、いつまでこうしていればいいのだろうか。
しばらくして、公爵夫人は満足したように、私へニコッと微笑むと「なるほど」と何かに納得するように呟いた。
「もう十分でしょ?」
応接室のドアから顔を覗かせたユリウスは、少し不満げな声を出す。
「そうね。ちょっとびっくりしちゃった。」
なにがなんだかよく分からない。
二人だけで納得せずに分かるように説明してくれないだろうか。
そう思って縋るようにユリウスを見上げると、彼は優しく微笑んで私の隣に腰を下ろした。
「大丈夫。エリシアは母上に認められたってことだよ。」
「え?」
ニコニコと楽し気な公爵夫人を、ちら、と見る。
今までの会話にそんな要素あっただろうか。
そんな私の考えが分かるというように彼は、ふふ、と笑った。
「エリシアは僕との会話、すべて覚えているだろう?」
「え、ええ。そうかも。」
今までの夫人との会話は、他国についての知識がどの程度あるのか、確かめていたらしい。
ユリウスは日常会話でよく、他国の特産や特色について話をしていた。
国外に出ることが許されなかった前世、私はよく他国の本を読んでいた。そのため、ただの雑談と思って聞いていたのだが、それが家柄故だと考えつかなかった。
彼は、前々から私が意外と他国に詳しいことと、会話の内容を覚えていると分かっていたと言う。
だから、問題ないと思っていたと言われ、私は首を傾げた。
「なんで、私が覚えていると思ったの?」
そう問いかけると、きょとんとする彼は当たり前のように言う。
「だって、エリシアは学園の試験は手を抜いているだろう?それであの成績なら、記憶力がいいだろうと思って。」
初めてユリウスの観察眼が少し怖いと思ってしまった。
黙り込んだ私に、彼は肯定ととったのか、苦笑している。
「僕以外は気付かないかも。僕はよく君と魔法について話をするから、試験の点数に疑問を持っただけだよ。」
どうやら、魔法についての高度な知識があるにもかかわらず、平均点ほどしかない試験の点数が不思議だったらしい。確かに、そこまで考えていなかったし、それぞれの試験の点数なんて気にされないと思っていた。
「どうして、手を抜いてるの?」
ユリウスの質問に夫人も私を見ているのが分かった。
「……目立ちたくなかったから。」
なんだか答えにくくて、小さく呟くと嬉しそうに「そっか」と言う彼が目に入る。
「変だって思わないの?」
「ううん。だって、そのおかげでエリシアが誰にも目をつけられず、僕のものになったんだ。嬉しい以外ないよ。」
別にユリウスのものではないが、笑っている彼にそれでもいいかと思えた。
「ふふ、仲がいいわね。私も入れてほしいわ。」
「僕がいないところで仲良くしないで。」
夫人の言葉に頬を膨らませるユリウス。
自分の母親にまで嫉妬しなくてもいいと思うが、そんな彼も可愛いと思う私はおかしいだろうか。
そんなこんなで、穏やかに終えた恋人の母親との初対面だったが、その数日後である今。
彼は上機嫌に「やっと婚約の準備が調ったんだ」と、私の実家に手紙を送ったことを知らされた。
今頃、両親は腰が抜けるくらい驚いているだろう。
そうなる前に私から手紙を書きたかったのに。
鼻歌を歌っている後姿を眺めながら、呆れてため息をついた。
それでも微笑んでしまうのは、私も楽しみにしているからなのかもしれない。
両親へは、今度帰国した時には謝っておこうと決め、彼の広い背中にそっと手を伸ばした。




