表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/21

第1話

私が、何をしたというのだろう。


ただ、人々の役に立つ薬を開発していただけだ。


冷たい牢の中で、既に動きの鈍くなった体は横たわったまま、無気力に硬いベッドに沈んでいく。

既に酷い飢餓感は感じなくなり、自分はこれで終わりなのだと悟った。


『稀代の天才』と言われた私の最後がこんなだなんて、誰が想像していたのだろう。


かつて愛していた、冷たく見下ろす婚約者の緑色の瞳を思い出して、最後の力を振り絞り古いベッドボードへ手を伸ばした。

いつも当たり前のように使えていた魔法ですら、この弱った体ではろくに構築することが出来ない。


けれども、無様に殺されるくらいならと、私は一番得意だった植物魔法を展開させた。


古びた木材に「ありがとう」と呟き、体を分けてくれたことを感謝する。たったこれだけで息が上がってしまうが、私が無理をしたところで止める者などいない。


手元の木片を握りしめて、そっと胸元にあてた。


整った呼吸で最後の陣を展開させる。

胸に刺さる鋭い痛みに手が震え、温かい液体がじんわりと広がっていくのを感じた。生臭い鉄の匂いが充満し、手足の感覚すらもなくなり寒気がした。


遠くなる意識の中、昔は優しかった幼なじみであり、婚約者だった男へ呪詛を呟く。


どうか、彼が後悔する日が来ますように。


****


エリシア・ウッドバーンは『稀代の天才』だ。

そう言われ始めたのはいつ頃だったのか、もう今となっては思い出せない。


私に与えられた頭脳という武器は、1を聞いたら10を理解した。

物心が着く頃には、大人の会話を理解していたし、屋敷の書庫にある本を読み尽くしていた。


そんな異常性を持った私を、両親は驚きながらも褒めたたえた。

本来なら、その時から国に報告すべきだっただろうが、親バカ気味であった両親にそんな助言をする者はいなかった。


私は元々明るく、天真爛漫な少女だった。

さらさらの銀髪を高い位置で括り、紫色の瞳はくるくると感情を写した。好奇心旺盛だった私は、どんどんと知識を吸収し、誰もが驚く発想を提案した。


10歳となる頃、私の異常性が明るみになり、戸惑う両親と共に国から出ることを禁じられた。

その代わりに、富んだ土地や財産が与えられ、子爵だった爵位が伯爵まで上げられた。


両親は悲しげな顔をしていた。


「ごめんね。」


そう言って私を抱きしめてくる父親は、いつもの男らしさなど感じられなかった。苦しげな両親の方が、幼い私よりも何故だか小さく見えた。


私は、眉を下げ少し震える両親を、そっと抱き締め返した。


私が12歳となる頃、幼なじみであるカイト・ベルマンとの婚約が決まった。

彼は紺色の髪に深緑の瞳と、落ち着いた色合いで大人っぽく、私としても満更ではなかった。政略ではあったが、昔から知っていたために嬉しく思っていた。


本来の身分では結ばれることのなかった縁。

大切にしようと思っていた。


なかなか人気者の彼は、元気に駆け回る私を眺め、眩しそうに微笑んでいたことは覚えている。


「エリシアは可愛らしいね。」


無表情ながらも、彼の精一杯の気持ちが嬉しかった。穏やかな声で告げられる彼の愛情は、妹に向けるようなものだったが、それで十分だった。


憧れのような感情ではあったが、私は確かに彼を愛していた。


侯爵家嫡男である彼と、元子爵家の私では釣り合わないと思った事も何度もあった。しかし、無口で不器用な彼を支えてあげたいと、幼心に思っていた。


13歳から入った学園生活は、ほとんどを研究に費やした。


貴族が多く通うこの学園では、様々な授業があり、より深く知りたい者の為に研究室があった。既に学園入学前に魔法の勉強が済んでいた私は、魔法薬というものに興味があった。


入学後、友人数人と見学に行った魔法薬研究室。

そこでは日々魔法薬の研究と改良が行われていた。人の手から生み出される、多くの民を救う薬たち。


「月に何度か、実際の研究者たちの話を聞きながら、魔法薬の研究をしているんだ。ここで作られた薬は国民の手に渡る。……安全を確認されてからだけどね。君たちもどう?してみない?」


ここで作られるものは、学生が作ったものだからと、安価な価格が設定されるらしい。


それで多くの人を救っている。

感銘を受けた私は、一も二もなく飛びついた。


勉学はもちろん、魔法も得意だった私は学園で首席をとり続け、次々と新しい魔法薬を開発していた。ここでも天才だと言われたが、そんなこと関係なく、友人たちと笑い合う時間が何より嬉しかった。


そんな順調な日々が崩れたのは、学園生活5年目に入った17歳の時だ。


初めはほんの少しの違和感だった。


研究室で薬の改良をしながら、片手間に食事を済ませていた。それを見ていた友人から、カイトに言い付けると言われ、渋々カフェテリアに移動をした。

面倒だからと自身のことを後回しにする私を、カイトは何かと気遣ってくれていた。だからこそ、冷たい物言いに口を尖らせはするものの、文句はなかった。


食事を終え、研究室の机に座ると違和感を覚えた。はっきりとしたものではなく、何となく首を傾げてしまうような些細なもの。


「……ねぇ、私の机、誰か座った?」


そこにいた友人や研究室の仲間に尋ねるが、顔を見合せて不思議そうな顔をするばかり。


「なにかあった?」


確証もない違和感に、問いかけてくる友人を見て「いや、なんでもないよ」と、返すことしか出来なかった。


それからもそんなことが続いた。

ある日は、席を外す前とノートの位置が変わっていた。

またある日、愛用していたペン先が潰れていた。


悲しく思うが、怒る程じゃない。

犯人探しはしないが、名乗り出てくれないか。甘い考えかもしれないが、されたこともほんのイタズラ程度。


だからこそ、不思議に思っていた。

犯人は何がしたいのだろう。

こんなことをして何になるのだろう。


──私は、この時にカイトに相談しなかったことを心底後悔した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ