②
だが、その次の日のことだった。
いつもは放課後に会う彼と朝から会った。
「先輩! おはよう」
嘘でしょ……。まさかの朝から?
そして、そのまま一緒に登校をしていると、皆の視線を一人占め状態である。
何故なら、有名な花坂が笑いながら、俺に話しかけるのだ。見ない方がおかしい。
そして、学校に着いた時だった。花坂に派手な彼らが寄ってきたのは。
「大樹だー! おはっ」
「おはよう」
「大樹ー」
と、彼に話しかけてくるが、その彼はというと彼らを睨みつけていた。
「今は俺に話しかけんな」
声も怒っていることがわかるほど低い。俺の前では一度も見せたことがない姿に驚いた。そして、思わず顔を引き攣らせてしまった。
だが、そのことに気づいた花坂はすぐに俺に謝ってきた。
「先輩、ごめん。驚かせたよな」
「べっ、別に大丈夫。友達が来たなら、俺はここで……」
そう言って、この場を離れようとした時だった。
「あれー? 大樹の大好きな先輩じゃん」
「本当だ」
「先輩もおはー」
てっきり俺のことを邪険に扱うのかと思っていた彼らが友好的に話しかけて来たので驚いた。朝から何度も驚かされる。
「……おはよう」
だが、年下とはいえこんなに派手な子達に囲まれて顔を引き攣らせてしまうのは仕方がない。それに、彼らの認識が花坂の好きな先輩って……。共通認識なのも……恥ずかしい。
「じゃあ、俺はこっちだから」
俺は熱くなった顔を見られないために早口でそう言ってその場から逃げた。彼らは気にした様子はなく、手を振っていた。
教室に着くと、焦ったように友人が席にやってきた。
「晴翔! お前、花坂大樹と仲良くなったの?」
その言葉にクラスの奴らを耳を澄ましたのに気づいた。そのため、本当のことは言わずに、偶々仲良くなったとだけ伝えた。
友人は驚いていたが、絡まれていたわけじゃないとわかってホッとしていた。
その日の放課後のことだった。俺の教室に奴が現れたのは……。
「くっ、倉吉くん。一年生が呼んでいるよ」
一年生……。それですぐにわかった。花坂が来たのだと。そして、すぐに廊下に出ると想像通りに花坂が扉の前に立っていた。そして、すぐに俺を認識すると、今までの無表情を消し去ったように笑顔になった。
今の彼は出会った頃とは違い、犬のように見えてしまう。
「はっ、花坂はどうして……?」
「先輩と帰りたくて、迎えにきた」
「そっ、そうか……。とっ、とりあえず、ここは人の目があるからさっさと行こう」
俺は彼の手を掴んで、引っ張っていった。この場から早く離れたくて掴んだだけなのに、側から見れば手を繋いでいるように見えるなんて、この時は気づかなかった。ただ、花坂だけが嬉しそうに笑っていた。
そして、いつもの場所あたりに来たときだった。
「先輩、写真撮ってもいいか?」
「うん?」
花坂の言葉に首を傾げて彼を見ると、パシャっと音がなった。
「はっ?」
見ると、彼は手の写真を撮っていた。
「何で……撮ってるの?」
「記念」
「記念?」
「先輩と俺が手を繋いだ日だから」
「えっ? でも、勝手に写真は……」
「先輩が撮っていいか聞いたら、うんって……」
彼はスマホをポケットにしまって俺を見た。それも嬉しそうに。
「先輩と帰れて俺は嬉しい」
花坂は素直に自分の気持ちを伝えてくる。俺はそれが少し恥ずかしい。
「あっ、今日のアレを渡してない。先輩、受け取って」
そう言って、いつものお菓子が入った紙袋を渡される。
「ありがとう」
それを受け取った。それに対しても彼は嬉しそうである。
俺は、彼の気持ちに応えていないというのに、彼はこの日から毎日登下校を一緒に行い、最後にはお菓子をくれる。
明後日から夏休み。俺は、彼との時間を好きになり始めていた。今まで貰ったお菓子の写真もしっかりと撮ってある。それを見ながら、夏休みも彼に会いたいなと思い始めていた。
だが、どうして俺のことを好きになったのかだけは未だ、わからないままなのである。本人に直接聞けばいいのだが、正直聞きにくい。
それに、連絡先すら交換していない。俺は、明日花坂に連絡先を聞こうと思った。彼に……夏休みも会いたいから。
今日も彼が朝から待っていた。連絡先を聞こうと思ったが、今じゃなくて放課後に聞こうと思ってありきたりな会話をして学校まで行った。
明日から夏休みなので、今日は昼には学校が終わる。そのため、俺は花坂を誘ってご飯を食べに行こうと思っていた。ファミレスだが、食べながら彼にそれとなく質問して、花咲のことを知ろうと考えていたのだ。
急いで、帰り支度をして花坂が待っている靴箱に急いだ。だが、彼を見つけた瞬間に足を止めた。
「ねえ……花坂、一緒にご飯行こうよ」
いつもの彼のそばにいる女子生徒ではない女子二人組が彼のそばにいた。彼は彼女達を無視してスマホをいじっていた。
「花坂。無視しないでよ」
そして、一人の女子生徒が彼が持っている紙袋に気づいた。
「それ何?」
もう一人の彼女が興味津々にそれに触れようとした時、彼は勢いよく紙袋を彼女から遠ざけた。
「触んな」
彼の剣幕に一瞬驚いた彼女達だったが、負けじと彼に話しかける。
「それ何? お菓子? それなら、私にも頂戴」
「私も欲しい! 花坂!」
「…………うるせえ。俺の周りで騒ぐな」
とても聞いたことがない声で彼女達に怒る花坂に周りの生徒達は遠巻きに見ていた。
だが、それでも彼女達は懲りないのかまだ彼に話しかけた。
「わかった。じゃあ、頂戴。それ……」
「…………チッ」
花坂は一瞬考えて、彼女達にまとわりつかれたままの方が嫌だと感じたのか、紙袋ではなく、待っていた鞄から彼の手作りだとわかるお菓子が入った袋を取り出した。
「わかった。これでも食べて、どっかに……」
それを彼女達に渡そうとした時だった。動かなかったはずの足が動いたのは。
「だっ、駄目!!」
そして、彼女達の手に渡る前に俺が奪いとった。
「俺のだから!!」
そして、大きな声で叫んだ。
「先輩?」
花坂の戸惑った声に我に返った俺は顔を真っ赤にさせた。
皆が俺を見ているし、花坂に至っては戸惑っている。
「はっ? 突然来てなんですか?」
女子生徒二人、俺を睨みつけてきたのを花坂が俺を隠して遮った。
「先輩? どうした?」
「あっ……あの……俺……ごっ、ごめんなさい!!」
バッと勢いよく彼に頭を下げて、急いでその場から走って逃げた。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
息が切れるまで走ったのは久しぶりで、その場にしゃがみ込んだ。
「俺は、何をしてるんだ?」
自分の突然の行動に驚いていると、後ろから声をかけられた。
「先輩」
初めて彼に会った時のようにゆっくりと振り返る。
「はっ、花坂?」
「ああ。花坂大樹だ」
そこには、嬉しそうに笑っている花坂が立っていた。