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 倉吉 晴翔(くらよし はると)。歳は十六。高校二年生になってから早三ヶ月ほど過ぎた。もうすぐ、夏休みに入るだろうという時のことだ。学校からの帰り道に彼が俺の前に現れたのは……。


「おい」


 この一言がまさか俺のことを引き止めているなど考えても見なかった。


「おい! 聞こえてんだろ!」


 後ろから大きな声で叫ばれる。そのため、誰に言っているのか気になって周りを見渡すと、まさかの俺一人だけで、ゆっくりと後ろを振り向くとそこに立っていたのは髪をツーブロックにし、耳にはピアス。それに少し気崩した同じ制服を着た男が立っていた。それも、顔が整ったイケメンである。だが、その綺麗なお顔を歪ませていた。


 正直にいうと、怖かった。だって、後ろを振り向くとヤンキーだよ? 怖くない方がおかしい。


 俺はまたサッと前を向いた。後ろからの圧が強くて振り向くことができない。きっと顔は青白くなっている筈だ。


「あんたに用があるんだけど」


 そして、すぐ真後ろから声が聞こえた。


 近い……。声の感じからして、距離が近い気がする……。


「なっ、何の用でしょうか……」


 ギギギ……と首から変な音が鳴りそうなほどぎこちない動きで後ろを振り向いた。


 すると、思ったよりも近くに男は立っていた。彼は百七十センチある俺よりも背が高く、身体もガッチリとしていた。

 そのため、俺は彼に少しの恐怖を覚えた。


「あんたと同じ高校の一年。花坂 大樹(はなさか たいじゅ)。歳は十六」


 そして、何故か自己紹介をされた。目の前の男は一年だったのか。俺よりも年下……。


「これを受け取れ!」


 すると、唐突に彼の手から可愛い花柄の紙袋を渡された。


「えっ⁈」


 突然のことに驚いて、彼と紙袋を交互に見つめた。そして、何故突然これを渡されたのかわからないため、首を傾げた。


「あんたに食べて欲しい」


 そう言った彼の顔は耳まで真っ赤に染まっていた。

 だが、俺は突然の自己紹介からの謎のプレゼントに驚き以外の何物でもない。


 そして、俺が口を開く前に花坂はダッシュで背中を向けて走っていった。


「嘘でしょ……。これ……どうすれば良いわけ?」


 俺は髪袋の中身を確認した。すると、そこにはまたしても可愛らしい包み紙に包まれたものが入っていた。


「食べて欲しいってことは……食べ物だよな? どうして俺に……?」


 俺は別にイケメンでも何でもない。本当にごく平凡な男である。教室でも目立つ方じゃないし、寧ろ地味な男である。


 包み紙を取り敢えず外すと、そこにはクッキーがあった。


「クッキー?」


 何故、彼からクッキーを渡される? だが、これは食べ物だ。捨てるわけにはいかない。俺の中のモットーが許さない。


 場所を移動して家に帰ってから、そのクッキーを食べた。


「うまっ! えっ? すごく美味しい」


 正直にいうと美味しかった。サクサクとした食感にアーモンドの風味。美味しい以外の感想がない。

 思わず、美味しくてそれをスマホのカメラで撮った。


 怖かったが、彼に貰ったクッキーがどこで売っているものなのか知りたいため、学校で彼を探すことにした。だが、友達に彼のことを聞くと、目を見開いて驚いていた。


「えっ⁈ 花坂大樹⁈ めちゃくちゃ有名だよ! 晴翔、知らなかったの?」


 どうやら彼は有名らしい。


「学校の間で話題になった程だよ」


「へえ」


 確かに、あれだけの顔を持ってるなら、騒がれるよな?


 そして、本当に昨日会った彼なのか確認するために、友人と共に昼休み、一年生の主に彼がいる派手なグループを見に行った。


「いた」


 いた。本当に同じ学校だった。だが、彼に話しかけることはできない。派手目な女子生徒が彼に一生懸命に話しかけていたからだ。


「どうする? 話かける?」


「いや、普通に無理」


 そう、あの輪の中に入ることは絶対にできない。俺達はすぐに教室に戻った。


 だが、その日の放課後だった。またしても帰り道のことだ。後ろから声をかけられた。


「おい」


 俺は恐る恐る振り返る。すると、そこにはやはり花坂が立っていた。


「やる」


 そして、俺が何か発する前にまたしても紙袋を渡された。そして、勢いよく渡されたのでそのまま受け取ってしまった。


「えっ⁈」


 彼は俺が驚いている間に背を向けて走っていった。


「また、貰ってしまった……」


 仕方がないと口では言いながら、また美味しくいただいた。そして、記念としてスマホのカメラで撮っておいた。今回貰ったものはカップケーキだった。


 だが、あの日以降休みの日以外彼からお菓子が入った紙袋を渡されるようになった。俺も美味しくてすぐに受け取るのも悪いが、話しかけようとしても走って去っていくので、この一週間、話しかけることができていない。でも、かと言って、学校にいる間の彼に話しかける勇気はない。しかし、初めに感じていた彼に対する恐怖感は無くなっていた。


 だが、もうすぐ夏休みに入ってしまう。その前に彼に話しかけなければと思い、いつもの場所で彼が来るのを待っていた。だが、いつまで経っても彼がやってくることはない。


「…………どうして来ないんだろう」


 彼が来ない理由を考えていると、落ち込みそうになった。

 わざわざ俺のためにお菓子を渡していた方がおかしかったんだ。もしかして、悪戯だったんじゃないのか? それに、渡されたお菓子はどれも手作りだった。花坂自身が貰って要らなかったから俺に押し付けていたのかも……。


 だが、いつも俺に手渡す時の顔は真っ赤に染まっていた。その彼を思い出すと、そんな風な男には見えなかった。


 もうすぐこの場にいて二時間が経とうとしていた。スマホで時計を確認して、後5分来なかったから帰ろうかと考えていた時だった。


「先輩!」


 彼が紙袋を持って焦った様子で走ってきた。


 俺は、そんな彼の様子に小さく笑った。これは、彼が来てくれたことによる嬉しさからだ。


「どうして……」


 目の前に立った花坂の瞳は揺れていた。何故、どうして? という疑問が浮かんでいることが見て取れた。


「花坂のことを待ってた」


「えっ……えっ⁈」


 彼は目を見開いて驚いた後に口元を手で押さえて、顔を赤らめた。


「ははっ……」


「笑った……」


 花坂は俺の顔をまじまじと見つめた。


「見過ぎだ」


「ごっ、ごめん!」


 花坂は視線を迷子の子供のように彷徨わせていた。

 だが、自分が手に持っていた紙袋のことを思い出し、俺に手渡した。だが、一向に俺が受け取らないので、花坂は首を傾げた。そして、視線を下に向けた。


「もう……要らないか……。俺が作ったものなんて……」


 その言葉に驚いて彼を見た。


「えっ⁈ 花坂が作ってたの? 今までの全部?」


「ああ。そうだけど……それがどうした?」


「そっ、そうだったんだ……」


 俺はにやけそうになる顔を無理やり引き締めた。


「でも、あんたが俺を待っていたってことは……もう、要らないって伝えるためか?」


 とんでもない勘違いを起こしていた彼に俺は大きな声で叫んだ。


「ちっ、違うよ! 俺は、花坂と話そうと思って待っていたんだ! いつも美味しいお菓子をくれるお礼をしたくて……」


 そして、鞄からラッピングされたお菓子を取り出した。


「俺、料理とかしたことがないんだけど……」


「知ってる」


「……そうか。知って……えっ? ……いや、今はいいや。それで、昨日家で作ってきたお菓子があるんだ。花坂に渡したくて……。それと、お前のことが知りたいんだ。どうして、俺にお菓子をくれるのか……とか?」


 恥ずかしさから彼の顔が見えなくて、視線を逸らしながら話したが、反応が一向に帰って来ないので、どうしたのかとチラッと彼の顔を見ると、顔を真っ赤に染めたまま呆然と俺のことを見ていた。


「えっ……」


 花坂が俺のことを見る目や顔に熱がこもっていることに気づかないほど鈍感じゃない。


「せっ、先輩。俺、大事に食べるよ。あんたが作ってくれたんだ……ありがとう」


 俺の手からそれを受け取った彼は本当に嬉しそうだった。今度は俺の顔に熱が移ったのかもしれない。


「先輩」


「はっ、はい!」


「俺に聞いたよね? 何でお菓子を渡すのかって……」


「あっ、ああ……」


「正直にいうと、俺は先輩のことを餌付けしたかったんだ」


 あれ? 思っていた答えじゃない気が若干するのはどうしてだろう。


「えっ、餌付け?」


 思わず、彼の言葉を繰り返してしまった。


()()()()を振り向かせるなら、胃袋をつかめって婆ちゃんがよく言っていた……から……な……」


 彼は自分で放った言葉に驚いていた。そして、次に慌て始めた。


「ちっ、違う! いや、違わないけど! あんたに告白するなら、きちんとしたかったんだ! こんな風に言うなんて……」


 目の前の花坂は顔を覆ったが、俺はそれどころではない。心臓がキューンと締め付けられていた。

 おかしい。本当に胃袋を掴まれたのかもしれない。


「先輩! あんたに告白し直したい! 聞いてくれるか?」


「はっ、はい!」


 彼が真剣に見つめてくるので、俺も大きく返事を返した。


「俺、花坂大樹は倉吉先輩のことがすっ……すっ……好きだ!! 俺と付き合ってください!」


 耳まで真っ赤に染めたまま、腰を綺麗に九十度に曲げて、手を差し出された。


 どうしよう……。


 彼を見ると、少しだが手が震えていた。俺は気づいたら、その手にそっと触れていた。


「あっ……」


 手を触れられたことに気づいた彼は勢いよく頭を上げた。そして、目をキラキラとさせて嬉しそうに俺を見た。


「本当に……? 嬉しい……先輩」


 そして、手をぎゅっと両手で強く握り込まれた。


「絶対にあんたのことを幸せにする!!」


 そこで気づいた。手を触れたことによって告白をOKしてしまったことに。


「まっ、待て!!」


 その言葉で花坂はピタッと止まった。だが、チラッと彼を見ると、目をキラキラさせたまま俺を見ていた。見えない尻尾を思いっきり振っているように見えた。


「ごっ、ごめん。お互いのことをあまり知らないから、まずは……友達からで良い?」


 彼の顔を真っ直ぐ見ることができず、視線を逸らしながらゆっくりと伝えた。

 すると、握られていた手をゆっくりと離されてしまった。あれほど熱がこもっていたのに、すぐに冷たくなってしまった。


 その手をチラッとだけ見て、すぐに彼を見ると、見えない筈の尻尾が垂れている気がした。


「……わかった。まずは友達からだな」


 思っていたよりもあっさりと引いてくれたので驚いた。だけど、そんな彼に少しだけ残念に思ってしまったのは仕方がない。


「先輩に俺の良いところを知ってもらうところから始める」


 花坂は俺に向かって、歯を出して笑った。その姿は夕日と重なって眩しかった。


「じゃあ、まずは餌付けの続きからだな。今日は、マドレーヌだ」


「ありがとう」


 俺は彼からお菓子を素直に受け取った。

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