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第9話 ほら、恥かいちゃった

「てめえっ」と、男が俺に凄んだ。


「濡れたじゃねえか!」


 確かにジョッキから零れたエールが男の袖口を濡らしていた。


 一方の俺は背中から下半身にかけてびしょ濡れである。パンツまでびっしょりだ。


「そりゃ俺のセリフだ」


 俺は相手を改めて観察した。


 動きやすそうな革の鎧を着ている。【斥候】系の職業だろうか?


 年齢は二十二、三歳くらいだろう。俺よりは若いが二十歳は超えている。


 二十歳を過ぎて探索者を続けているという事実は俺のような食い詰め者でなければ探索者の素質ありということだ。Cランクだろうか?


 二十六歳。Fランク新人【支援魔法士】とは雲泥の差だ。


「謝らないのか?」


 俺は訊いてやった。


「【支援魔法士】のくせに偉そうに」


「なぜ、俺が【支援魔法士】だと? 女の席の会話に聞き耳立てているなんて変態だな」


 男は顔を真っ赤にした。図星だったのだろう。


「濡れたのはてめえが急に飛び出してきたせいだ」と話を誤魔化す。


 まあ確かに。男の言い分は正しい。実際、俺がした行為は当たり屋だ。


「そうだったか? じゃあ『清浄(クリーン)』」


 俺は、わざわざ声に出して自分と男の体に『清浄(クリーン)』をかけた。


清浄(クリーン)』は戦闘にはまるで役立たないが極めて基本的な支援魔法で対象を清潔にする効果を持っている。異世界転生・転移御用達だ。俺にも使えて良かった。


 エールによる濡れがなくなっただけではなく衣服は洗濯をした様に肉体は風呂に入った様に俺と男の全身がすべて綺麗になった。


「これでお互いに実害なしだ。それでいいだろう。お仲間が呼びに来たぜ。席へ戻れよ」


 喧嘩の気配に男の相棒が席を立って駆けつけてきた。


 相棒は軽薄そうな男と比較すると屈強な体つきだ。鎧の金属パーツも多い。【戦士】系統の職業だろう。やはり二十歳を超えているように見えるので一流探索者だ。


「な!」と俺に『清浄(クリーン)』をかけられた男が驚いた声を上げた。


「俺に魔法をかけやがったのか!」


「まさか濡れたままのほうが良かったのか? やっぱり変態だな。」


「そうじゃねえ。なぜ俺に魔法がかかるんだ? 支援魔法なんか効かないはずだろう」


 言うまでもなく俺と男は敵対していた。男は俺に気を許してはいなかったはずだ。俺の魔法を受け入れるつもりなど毛頭なかった。


 にもかかわらず男は俺から強制的に魔法をかけられた。男の魔法抵抗が俺の魔法に対して働かなかったことになる。


 要するに男は敵である俺の前で無防備だった。俺がかけた魔法が攻撃魔法だったならば致命的だ。もっとも俺に攻撃魔法は使えないが。


「酒が入っていると魔法耐性は落ちるんだぜ。知らなかったのか?」


 口から出まかせだ。『絶対魔法効果』の存在は秘密である。それっぽい理屈を言ってみた。


「『清浄(クリーン)』」


 俺は背後に庇っている形になる三人娘に振り向き『清浄(クリーン)』をかけた。


 三人ともに全身が綺麗になったが効果が顕著に分かりやすいのはアヌベティだ。


 汚れて薄黒くなっているばかりか血しぶきが乾いてこびりついていた法衣が綺麗になった。刺繍の糸一本一本に至るまで汚れがとれて艶やかに輝いていた。金糸銀糸も縫い込まれていたらしい。


「ほらな」と俺。「酔っ払いにはよく効くだろ」


「あらあらまあまあ」と場違いにのんびりとした驚きの声をアヌベティはあげた。


 フレアとエルミラは黙ったまま驚きで目を見開いている。


「分かっただろ。【支援魔法士】の魔法も効く時は効くんだぜ。誰かが敵を酔わせておいてくれれば【支援魔法士】だって戦闘で役立てる」


 八岐大蛇(やまたのおろち)退治ではあるまいし、そんな状況あるわけないが。


「行こうぜ」と男の相棒が男の肩に手をかけ撤退を促した。


 男は肩を振って相棒の手を払いのけた。


「納得していないみたいだな? そんなに【支援魔法士】を馬鹿にするなら俺より強いか試してみるか?」


 俺は自分の席に座るとテーブル上の料理の皿を左手で押しのけて脇に寄せスペースを生み出した。


 右肘をテーブルにつけて挑発的に指をにぎにぎと動かした。腕相撲の待機ポーズだ。


 俺はちろりとフレアに目線を送って、煽れ、と口パクした。


 恐らく三人の中ではフレアが一番好戦的に違いないと俺は踏んだ。


「あんたが何の探索者職業(ジョブ)か知らないけれどもやめときなよ。【支援魔法士】なんかに負けたら外歩けないよ。見ない顔だからここへは来たばかりなんだろ?」


 ナイスである。フレアの言葉に男は弾かれたように俺の前に座った。


 もちろん俺たちの騒ぎは周囲の探索者たちに注目されている。他の探索者から舐められたら終わりの探索者が【支援魔法士】相手にびびって逃げた奴だとは思われたくないだろう。ましてやどこかから拠点を移したばかりとあっては尚更舐められるわけにはいかない。最初が肝心だ。


 そのへんは俺も同じだが、そもそもが【支援魔法士】で、おっさんなので失う物もない。


「これ、賭け金な」


 俺は左手で胸ポケットから全財産である硬貨を出すとテーブルに置いた。小銀貨一枚也。


 男も懐をまさぐって小銀貨一枚を取り出し俺が出した硬貨の脇に置いた。


「勝ったほうが総取りだ。あんた審判やってくれよ」と俺は男の相棒を指名した。


 握り合った俺と男の拳を、男の相棒が自分の両手で包むようにしながら確認する。


「準備はいいか?」


「いいよ」と俺。


「ああ」と男。


「レディ、ゴー」


 掛け声と共に審判が素早く手を放した。


 もちろん俺は自分にバフ済みだ。


 俺は、ゆっくりと腕を傾けると男の手の甲をテーブルに押し付けた。


 近くに集まってきていた探索者たちがドッと沸いた。


「もしかして利き腕は左だった? 腕を代えるか?」


 俺は左肘をテーブルに付けると、にぎにぎした。


 右手を伸ばして男が賭け金として出した硬貨を摘まむと俺が置いた硬貨の上に重ねた。


「レートを上げよう。勝ったほうが総取りだ」と男の顔を見る。「もちろん勝てないと思ったら辞めていいぜ」


「ぷくくくく」と男を挑発するようにフレアが笑った。「ほら、恥かいちゃった」


 こいつ、煽るのうまいな。

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イカス~! 女の子達と以心伝心なところもイイね♪
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