第61話 もちろんです
私兵に対する領主の処分は寛大だった。
ゴスムが領主の威を借るようになったのは自分が任せきりにしてしまったせいだとしてサビエン以下の私兵たちは本人が望むのであれば魔法が使えなくても文官として雇用を続けると明言した。
俺から受けた『沈黙』が罰としては十分な重さだという判断もあるらしい。
確かに【攻撃魔法士】としては死刑も同然だ。
但し、ゴスムだけは別だった。
良かれと思った行為であろうと領主の判断に部下が従わないのは論外であるためシンプルに首だ。本当の意味で命まではとらないという点が恩情だった。
最終的に私兵たちに文官として屋敷に残る者はおらず全員が職を辞した。
その上で、俺に『沈黙』の『解除』を依頼してきた。
全財産の九割という代金を設定したので人によって実際の支払金額は異なる。
元探索者である私兵たちは全員が探索者ギルドに金を預けていたため捕縛時に所持していた手持ち財産の九割とギルドへの預金の九割を徴収した。
高い授業料だが命だけは助かって良かったと納得してもらいたい。本当のところは他の財産もあるだろうから九割よりは少なく済んでいるはずである。
【攻撃魔法士】として再び魔法が使えるようになるのであれば元Bランク探索者という肩書を活かせるため他の貴族家に雇用されるなどして再起は可能であるだろう。
『沈黙』を『解除』した上で領主の私兵に残るという選択肢は認めない。
徴収した大半をケイトリンに託して捜索基金の原資に充てる。少しは俺の生活費だ。
ゴスムだけは俺による『沈黙』の『解除』を拒絶した。
俺自身は出す物さえ出せばゴスムに対しても『解除』をするつもりだったが、本人の意地なのか、けじめのつもりなのかゴスムの真意はわからない。
時間が経てば、いつか自然に『解除』されるのかも不明だが仮に一生しゃべれなくても歳を取った魔法士など偏屈な無口に決まっているだろうから対人的には問題ないだろう。どこかで大人しく生きてほしい。
『解除』に先立ち俺は私兵たちに対して、理由は言わないが隠れて俺に近づこうとしても俺のほうが早く気付けるから無駄だ、という警告をした。
所在を常に探索者ギルドに報告しておくように、とも伝えた。
定期的にギルドに所在の調査をさせるので、もし虚偽や誤りがあった場合は覚悟をしておけ、と釘を刺す。いきなり言葉を話せなくなるかも知れないぞ。
誰かを雇って俺や俺の知り合いに害をなそうとする者が現れた場合は連帯責任だとは言わないが疑わしきは罰する方向で動くので元同僚の動向についてはお互いに気を付けておくよう認識させる。不審な動きを見つけた場合は探索者ギルドに密告されたし。
そこまで前置きをした上で、まだ元気があり余っていそうな輩を何人か見繕って『解除』後に、試しに俺に対して攻撃魔法を使ってみろよ、と挑発した。
相手が詠唱を始めるまで待って俺は無詠唱で『沈黙』をかけて心をへし折り見せしめとする。
頼むから絶対に逆恨みをしないでくれよ、と念を押した。
せっかく助けたのに裏切られた末、返り討ちにして嫌な気分になりたくないからさ。
そこまでが鞭だ。
最後に私兵たちが領主の屋敷を出る際に領主から退職金が支払われた。
餞別金でも手切れ金でも呼び名は何でもいい。飴である。
具体的な金額を俺は知らないがそれなりであったらしい。再就職先が決まるまでの当面の生活費という意味合いだ。
もちろん俺への支払いが済んだ後の収入になるので、九割寄越せとかそんな話はしない。
ハンドリー以外の私兵が全て居なくなったことから領主は新たな私兵を採用すべく探索者ギルドに相談した。Bランク探索者は現状いないのでCランク探索者が対象となる。
領主本人の護衛としてハンドリーが戻り領主屋敷の護衛として領都騎士団を増員する。
さらに【攻撃魔法士】に限らず能力の高いCランク探索者を採用して屋敷の護衛と騎士団員の魔物狩り指導に充てるという方針だ。
ちなみに俺と一緒にカイルたちを捜索した古参Cランク探索者のパーティーが全員採用されたようだった。他にも何人も採用されている。ランクが落ちた分を数で補う方針だ。
探索者ギルドとしても大きな戦力ダウンだが領都騎士団が魔物狩りの実地訓練の一環として迷宮探索にも乗り出すらしい。ゴスム時代は領都騎士団をダンジョンには直接的に関わらせないようにしていたようだが時代は変わった。
ハンドリーがカイルたちを私兵に勧誘していた。
カイルは引退して村に戻る意志が固いようだが三人娘は食指が動いているらしい。
職場を共にする独身の騎士団員を捕まえれば村に戻らずに済むだろう。頑張ってもらいたい。
ケイトリンが、さっさと王都へ行けと俺を急かしている。
一般的な長期探索をする探索者の支度がまるでわからないので、俺はヘレンの世話になって荷物を整えた。
王都へ行ってしまうと、しばらく個別依頼が受けられなくなるため、俺は事前に連絡を取り騎士団長の元へ挨拶に足を運んだ。
騎士団長室にはアルブレヒトだけではなく領主であるメルトも待っていた。
二人を前にしてソファに座る。
俺は王都の探索者ギルドで昇格試験を受ける旨を伝え、別れの挨拶をした。
「ハンドリーが太鼓判を押している。君なら問題ないだろうが健闘を祈っている。昇格したら戻ってくるのだろう? その際は改めて依頼させてもらおう」
アルブレヒトから激励の言葉をいただいた。
「ランクに見合った報酬に値上げするが悪く思わないでくれよ」と俺。
アルブレヒトは、にやりと笑った。
「団員だけで魔物を捕獲できるようになれば依頼は不要だな。戻るまでに鍛え上げよう」
アルブレヒトは自分の横に座るメルトに何かを促すように少し視線を向けた。
メルトが懐から封筒をだし俺の前にスッと差し出した。
宛名はないが探索者ギルドで使用されていた封筒よりも明らかに高級な紙が使われている。片隅にルンヘイム家の家紋が押印されていた。
「ギン殿を我々ルンヘイム家の友人と示す証明書が入っている。王都へ入る際に貴族用の窓口を通れる程度には役立つはずだ。待たされずに済むだろう」
メルトは『我々ルンヘイム家』と口にした。兄弟仲は良好に戻ったようだ。
「友人か。ありがたい話だが俺と交流があると知られるとトラブルを招くかも知れないぞ」
「我々の判断は逆だ。兄とも相談したが君の存在が各所に知れ渡る際には当家に縁がある人物だと知らしめたい。さもないと誰に奪われるかわからんからな。それに仮に君の火の粉がこちらに飛んできたとしても君宛に個人依頼を出せば何とかしてくれるのだろう?」
「そいつは報酬次第だ」
俺たちは笑い合った。
「感謝する」と俺は二人に頭を下げて封筒を受け取った。
メルトは貴族用の受付を通れる程度と口にしたが、その程度の効力では済まないだろう。
役人は厄介ごとを恐れて忖度をするので、その気になればもっと様々なゴリ押しができるはずだ。
役人に限ったものでもない。商人や一般市民であっても厄介ごとを嫌うのは同様だ。
但し、悪用すればするほどルンヘイム家の評判に泥を塗る。
逆を言えば、俺ならば悪用はしないだろうという信用を二人から得ているわけである。
もちろん、悪用する気はないが。
そんな挨拶をした翌朝、俺はヘレンと女子寮の前で待ち合わせて王都行きの乗合馬車の乗り場に向かった。俺は大きなリュックサックを背負い、杖代わりの棒を持っている。
領都と王都を結ぶ街道は王国のメイン街道だ。野宿をしなくても済むよう馬車で進める一日の距離ごとに宿場が整備されていた。王都までは約半月の行程である。
整備が行き届いていない王国内の他の道路ではそうはいかない。都市間を結ぶ乗合馬車は主要なメイン街道にしか存在していないらしい。
とはいえ、今回、俺たちは乗合馬車で王都へ行くわけではなかった。
領都から王都へ荷を運ぶ商人の隊商の護衛依頼を受けたのだ。
王都から領都まで荷を運んできた隊商を護衛してきたあるベテランのCランクパーティーが領主の私兵募集の話を知り前向きに検討するべく、しばらく領都に残ると決めた。
領都で荷を積んで王都へ帰る際の護衛がいなくなった商人は探索者ギルドに護衛を依頼した。
領都の探索者パーティーが依頼を受けたが護衛を要する馬車は二台あるため若干心許ない。そこへケイトリンが補助として俺とヘレンを捻じ込んでくれたというわけだった。俺たちは基本的に主パーティーの指示に従って動くことになる。
俺とヘレンは依頼を受けるための臨時パーティーを結成した。パーティー名は『骨折り』だ。俺の意見ではない。手続きをヘレンに任せきりにしていたらそうなっていた。
待ち合わせ場所である乗合馬車の発着場には隊商を構成する二台の馬車が停まっていた。
二頭立ての馬車が二台だ。
隊商の持ち主である商人と商人専属の護衛、それぞれの馬車の御者と共に主となるパーティーが既に待っていた。
近づく俺たちはニヤニヤとした笑みを浮かべる主パーティーのリーダーから声をかけられた。赤毛の小僧だ。
「おっさん、よろしくな」
カイルだった。
カイルの近くでフレア、アヌベティ、エルミラの三人もニヤニヤとした笑みを浮かべていた。チーム『赤光』の面々だ。
なるほど、そうきたか。
隣を歩くヘレンの顔を俺は見上げた。
「知ってたか?」
ヘレンもニヤニヤと笑っていた。
「もちろんです」
またしても知らぬのは俺だけだった。
◆◆◆今後の更新について◆◆◆
残念ながらストックが尽きてしまいました。
現在書き溜めの最中ですが切りの良いところまで書き上げてから公開したいため、しばらく更新をお休みいたします。
再開は八月中のどこかにはと考えておるところですが予定は未定のため遅れたら申し訳ありません。
このような小説が好きだ。
おっさん頑張れ。
続きを早く書け。
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よろしくお願いします。
仁渓拝