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第57話 もしものことがないと言い切れますか?

 探索者ギルドの女子寮の自分の部屋でヘレンは久しぶりに愛用の装備を身に着けた。


 ギルドの職員としてケイトリンに誘われてから一年余り。それ以前に現役時代終盤は仲間を失い自身も心が死んでいたから探索には出ていない。したがって約二年ぶりだ。


馬鹿力士(ばかぢからし)】であるヘレンは素早い動きと怪力を信条とするため重い金属の鎧ではなく軽くて動きやすい皮革の防具を好んでいる。


 厚手のシャツとズボンを身に着けて肌を隠した上に肩回りの動きを阻害しないベストのような袖がないタイプの皮革鎧。ブーツ。膝当て。肘当て、手甲等だ。もちろん要所は金属で補強している。

 

 探索者ギルド職員になってからは怠けた生活を改善しようと筋トレと走り込みを欠かしていない。現役当時と比べても筋肉量は落ちていないはずだ。


 窮屈なギルドの制服に閉じ込められていた筋肉が制限を外されて膨れ上がっている。


 事務職になるので脳筋がばれないように伊達だてでつけていた眼鏡をはずした。


 髪留めもはずして頭の後ろに束ねていた髪を降ろした。


 布製の手袋の上に鎖を編み込み金属の小片を貼り付けて補強した手袋をさらにはめた。


 手袋は防具であり武器である。


 手の甲側は盾として刃を受けとめるし弾く。手のひら側にも金属が貼られているため相手の刃を掴みとれた。


 掴んだ後は引き寄せて逆の手の拳で殴りつける。


 拳が相手に直接当たる部分には殴打力を増すための補強がなされている。


 ヘレンの渾身の一撃を受けて無事に立っていた者は、これまで二足歩行の魔物の中にはいない。本物の『オーガキング』すら叩きのめす。


 ヘレンもケイトリンも口にはしなかったが、多分、最盛期のハンドリーよりも強いだろう。現役時の二つ名は『巨人(アヴァルガ)』だ。


 ヘレンは女子寮から領主の屋敷までを一息で走り切った。


 屋敷の入口の前には既に大勢の探索者たちが集まっていた。


 筋肉の塊のようなヘレンが近づくと探索者たちが自然に割れて道ができた。


 誰もヘレンがヘレンであるとは気づかない。実際そうなのだが歴戦の猛者の風格だ。


 領主の敷地の入口手前最前列にケイトリンの姿があった。


 ハンドリーやカイルたちのパーティーも揃っていた。


 入口の前には騎士団員が隊列を組んでおり探索者の侵入を拒んでいる。


 敷地の周囲を囲む塀の外にも大勢の騎士団員が立っていて塀を越えて探索者が敷地へ侵入することがないように警戒していた。


 入口前で隊列を組む騎士団員の先頭にはアルブレヒト騎士団長が立っていた。


 ケイトリンが騎士団長の顔を見上げるようにして対峙している。


 右しかないケイトリンの眼光がアルブレヒトを射抜いていた。


 領主の屋敷で遭難したギンの捜索という(てい)で来たものの、さすがに探索者ギルドが探索者を扇動して領主の敷地内に乗り込むような真似はできない。


 実際には騎士団と領主に圧力をかけて領主を踏み止まらせる形になる。


 周囲を探索者に囲まれてまで自身の行動を反対されているとなれば迷宮探索が主要産業である迷宮都市の領主は自重せざるを得ないだろう。探索者と探索者ギルドの協力無くしてダンジョン開拓は進まない。


 ハンドリーが対峙しているアルブレヒトとケイトリンのすぐ近くでどっちつかずの様子で右往左往していた。ハンドリーだけは領主の私兵でもあるので理屈の上では敷地に入ったとしても不法侵入は問われない。とはいえ、立ち位置は敷地の外を維持していた。


 ヘレンはケイトリンとアルブレヒトの間に割り込むとケイトリンの斜め前に立った。半身でケイトリンを庇う位置だ。


 アルブレヒトがヘレンを見上げた。ヘレンは誰よりも背が高いので威圧感の塊だ。


「来たか」とケイトリン。「まだ現役で行けそうじゃないか」


「自分でもそう思います」


 ヘレンは不敵に笑って見せた。


 ヘレンの現役時代の姿を、この場にいる人間ではケイトリンだけが知っていた。


「うそ」とフレアが唖然として声を上げた。カイル、アヌベティ、エルミラも目を見開いてヘレンの顔と体を二度見している。


 はたしてカイルパーティーの前衛としてお眼鏡には叶っただろうか?


「まさかヘレンか」とハンドリーが唸るように言葉を漏らした。


 ハンドリーも筋肉の塊だったが臨戦態勢で筋肉が(みなぎ)ったヘレンと比べると大人と子供だ。もちろん子供はハンドリーである。


「騎士団を排除しますか?」


 ヘレンは努めて冷静にケイトリンに確認した。


 走って来たためヘレンの体は温まっている。一言ケイトリンから「行け」と言われれば、このまま騎士団への突撃も可能だ。ヘレンはケイトリンパーティーの前衛だった。


「いや」


 ケイトリンは顎をしゃくった。騎士団詰所の脇に二十人余りの探索者風の男たちがロープで縛られて捕らえられていた。何人もの騎士団員たちが厳重に見張りについている。


 先行した探索者たちだろうか?


 けれども、ヘレンが見た覚えのない顏の者たちだった。


「誰です?」


「俺の同僚だ」


 ケイトリンではなくハンドリーが答えた。


 ヘレンが探索者ギルドに勤める以前に私兵として領主に雇われた元Bランク探索者たちだ。ヘレンはスニードルの顔は分かったが、それより古株の私兵の顔までは知らなかった。


 ハンドリーの次に若いスニードルにゴスムは汚れ役を命じたのだろう。恐らく次に若い人間が見張り役のルゴルフだ。若いというのは一番下っ端で扱いやすいという理由があったが一番現役に近いという理由もある。要するに一番動けるのだ。


 アルブレヒトの脇には副騎士団長が立っていた。いつもヘレンの元にやってきてはギンへの指名依頼関連の手続きをしているためヘレンとは顔見知りになっていた。

副騎士団長は前に立つ大柄の女探索者が誰であるか気がついた。


 流石にヘレンの変わりように驚いたが「ギン殿の専属担当者です」と騎士団長に囁いた。


 アルブレヒトは合点がいった。ハンドリーの他に誰がメルトの私兵を張り倒せるのかと思っていたが、なるほど、一緒にいたギルドの人間というのは、この女か。できるだろう。


 メルトが召喚をした相手にあたる。ギンを怒らせた理由だ。この女に手は出したくない。


 アルブレヒトはヘレンを諭した。


「探索者の手を借りずとも不審者は捕縛できている。頼むから敷地内へは入ってくれるなよ。ギンの友人たちまで捕らえたくはない」


 ケイトリンたち探索者が駆けつけるよりも早く領主の敷地は普段の十倍近い騎士団員たちに囲まれていた。ギンが領主の公邸内に消えたほぼ直後だ。


 その後、なぜか大荷物を抱えた私兵が慌てて入口から出ようとしたり塀を乗り越えたり、うろうろと不審な動きをし始めたため歩哨ら騎士団員の手で捕らえられていた。話しかけても、うう、うう、と言うだけで埒が明かない。


 もともと敷地の入口を守っていた歩哨はギンから『怪しい動きをする奴は誰であれ捕まえろ』と釘を刺されていた。


 騎士団指導役たるギンがわざわざ言わずもがなの忠告をするのだから何らかの意図があるのだろうと歩哨は考えていた。私兵であっても不審な動きをしていれば捕縛対象だ。領主の私物を盗んで持ち出している可能性もある。


 捕縛する際、私兵らに魔法を使われないかと恐れたが幸い誰も使えなかった(・・・・・・)。既に無力化が終了していた。


 ヘレンはアルブレヒトに問いかけた。


「ギンさんにもしものことがないと言い切れますか?」


 騎士団がギンを高く買っていることは承知している。悪い気はないはずだと思いたい。


「ない」


 アルブレヒトはあっさりと言い切った。


「我々の同行も一蹴された。加勢はむしろ邪魔なのだろう。失敗したら屋敷から火の手が上がっている。ないのだから、うまくやって出て来るはずだ」


 ヘレンはケイトリンの顔を見た。


「待とう」とケイトリンは頷いた。


 騎士団と探索者ギルドが対峙し合ったまま時間が経った。


 その間、公邸内から飛び出して来た私兵が一人捕縛された。サビエンだ。


 またしばらく経ち、領主の公邸から様子見の騎士団員が走り出てきた。


 アルブレヒトに近づくと密やかに耳打ちをした。


 アルブレヒトはヘレンとケイトリンに対して言った。


「戻ってきたようだ」

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