第56話 じゃあな
俺はゴスムを押し退けるようにして領主の部屋に入った。
領主は席に座ったまま警戒した眼差しで俺を見ていた。
とはいえ、ゴスムに俺を締め出そうという動きがないためか様子を見るという判断らしい。俺とサビエン、ゴスムの間のやりとりは領主の耳までは届かなかったようだ。
俺はゴスムの脇を通り抜ける際に「逃げるなよ」と囁いた。
ゴスムは扉を閉めると諦めたように俺の後ろをついて来た。
ゴスムは、うううう、しか言わないだろうから俺は領主に自分で名前を告げた。探索者らしい丁寧ではない言葉遣いを心掛けた。
「【支援魔法士】のギンだ」
「おお、君が」
領主は表情を警戒から歓迎に変えると席を立ち、机を回り込んで俺に近づいて来ると俺の右手を包み込むように両手で握った。
「いつも兄が世話になっている。ありがとう。君の話はハンドリーからよく聞いている」
意外と気さくだ。
視界の中の『地図』はゴスムを赤く表示していたが領主は青だ。俺への敵意はない。純粋に俺を評価して求めてくれているらしかった。
「仕官の打診を断ってすまない」
俺は領主に告げた。
「ギルドが手放したがらんそうだな。召喚して言って聞かせるので明日には大人しくなる」
「いや。仕官より探索者ランクを上げたいので断るとギルマスに伝えたはずだが。騎士団長からも部下に誘われたが断っている。ギルドの問題ではなく俺の都合だ」
領主は、ん? という顔をした。
「ランクの話はギルドマスターから聞いたが本当にそうなのか? ギルドの横槍が入ったという報告を受けて召喚したのだが?」
領主は俺たちの脇にふらふらとした姿勢で立つゴスムに顔を向けた。ゴスムから事実と異なる報告を受けた上、ギルド員の召還を進言されて同意したといったところか。
ゴスムは真っ青な顔をして額から脂汗を流していた。何か、うううう、言っている。
領主の目が訝し気に眇められた。
「どうした?」と領主はゴスムに問うた。
俺はゴスムの『沈黙』がばれない様、領主の視線からゴスムを庇うようにゴスムの前に出た。
「体調が悪そうだな。腰を下ろしたほうがいい」
俺はふらつくゴスムの体を支えるようにして歩かせると来客用のソファに座らせた。
領主が隣室に声をかけて控えていた侍女を呼んだ。執務室の隣が秘書の控室になっている構造は騎士団と同じだ。
領主は水を持ってくるよう侍女に命じた。
「君もかけてくれ」
領主は俺に座るよう促し自分もソファに座った。
俺はソファに腰を下ろした。
侍女が持ってきた水を飲んでゴスムが息をついた。
別の侍女がお茶を運んできて俺と領主の前に置いた。
「事情がありそうだな?」
侍女が去るのを待ってから領主がゴスムに目をやりながら口を開いた。
ゴスムは一言も話さない。どうせ、うう、としか言えなかった。
さてどう話すか。
「スニードルという男を知っているか?」
俺はシンプルに確認から始めることにした。
領主の顔から目を離さない。顔色と『地図』の色でダブルチェックをかけるつもりだ。
「我が家の護衛の一人だ」
領主にとっては予想外の質問だったのだろう。俺の質問の意図がわからないためか少し戸惑ったような表情だ。
「そのスニードルに昨晩ギルドの友人といたところ一緒に襲われた。あんたが黒幕か?」
俺は領主を睨みつけた。
領主は目を大きく見開いた。俺が何をしにここへ来たか思惑がわかったのだろう。事と次第によっては、という奴だ。
「待て。誤解だ」
領主は慌てた様子で両手を突き出すと、まるで俺が飛び掛かるのを阻止するかのように掌を俺に向けて前後させ俺を制した。
『地図』の中の領主は青い丸のままだ。俺に対する悪意はない。純粋に焦っているだけだった。サビエンが指で示したとおり俺を襲う指示は領主ではなくゴスムの考えなのだろう。
もちろん自分がそんな指示を出していない領主は黒幕に正しく辿り着いた。
「ゴスム、どういうことだ!」
領主はゴスムを叱責して胸倉を掴んだ。勢いでソファがギイと揺れた。
ゴスムは青白い顔で、うううう、唸るだけだ。目で俺を追っている。
「まさか」
領主はゴスムの異常が俺の仕業だと気付いたらしくゴスムを掴んだまま顔を俺に向けた。
「『沈黙』させた。【攻撃魔法士】の詠唱を野放しにはできないからな」
俺は悪びれずに言い切った。
領主はゴスムから手を放した。
「ハンドリーが君を桁外れだと言っていたが呆気なく【攻撃魔法士】に魔法をかけるのか?」
「今後は護衛役の【攻撃魔法士】偏重は見直すべきだな。せめて【魔法剣士】だ」
「偏重はしていない。私には兄上の騎士団もついている」
ん?
「騎士団を信用していないから個人で護衛を雇っているんだろ?」
「馬鹿なことを。領主が自領の騎士団を信用しないでどうするというのだ?」
そのとおりだが騎士団側の認識は違っていた。ゴスムの情報操作かも知れない。
「あんたとゴスムでは考えの相違が大きそうだな」
俺はゴスムに目をやった。
ゴスムは脅えた目で不安そうに俺を見つめていた。これまでの人生で魔法に頼れなくなった経験などないのだろう。
「俺がここに来た事情は理解してもらえたか?」
「理解した。私はどうすればいい?」
「俺の友人たちへの召喚をやめてもらおう。ゴスムや他の護衛を今後どうするかはあんたに任せる。クビにするのも雇い続けるのもあんたの自由だ。もちろん『沈黙』を『解除』できるものならばしてもらっていい。俺のほうの落とし前はつけさせてもらった」
「部下の管理が行き届かなかった私に対しては?」
「これでもあんたには感謝をしてるんだ。薬草採取の補助金には世話になったし捜索基金の積み立てにも協力をしてもらっている。もし、あんたが本当に兄の騎士団を頼りにしているというならば今後は護衛体制に限らず何であれアルブレヒトとよく相談するんだな。ここに来る前、騎士団に寄ったが自分が出しゃばると話が拗れるだろうと遠慮していた」
メルトは泣きそうな顔を見せた。
「父が亡くなるすぐ前まで私も兄も家を継ぐのは兄だと思っていたんだ。病床の父からの急な命令で私が後継者となったが覚悟も理解も足りていなかった私は様々なことで古くから仕えている者たちに頼るほかなかった。ゴスムには家族の護衛や迷宮関連、探索者関連の多くで頼った。父はごりごりの攻撃魔法重視派でね、遠距離から相手より早く攻撃魔法を叩きこんでの迅速な殲滅が結果的に一番被害が少なくて済むという考えだ。迷宮の探索にも適している。私は父と必ずしも同じ考えというわけではなかったが迷宮頼みではない街の拡大を目指す兄よりはまだ父の考えに近かった。最近は少しずつ私なりに見直しを進めていたが、より父に近い考えを持つゴスムには従えない部分があったのだろう」
職務に慣れてきて少しずつゴスムや前領主と違うやり方をとろうとする新領主に、それでは失敗してしまうとゴスムは不安を抱いたのだろう。言葉で諫めても新領主が理解しない場合は、良かれと思って裏で勝手に手を回して対応してきた。
長く権力の側にいたことから自分も権力の持ち主だと勘違いした部分もあるだろう。
また自分たちが領都を発展させてきたという自負もあるだろう。
ゴスムの年齢は前世の俺の年齢とほぼ同じだ。自分が慣れ親しんできた考えや方法に凝り固まってしまって新しい何かを受け入れられない気持ちも分からんではない。
若ければ変化を受け入れられるがある程度を過ぎた歳になるとそれができなくなる。
歳をとれば自分では何でも分かっている気になるが実際は分かっているわけではなく分からないことは聞かなかったこと見なかったことにして分かっていることだけを繰り返している場合も多い。そうなると老害だ。
年寄りの知恵をすべて時代遅れで間違っているとは言わないが、本来、ゴスムは領主が変わった時点で身を引くべきだったのだろう。
逆に領主が急に変わって頼りにされてしまったから身を引けなかったという面もある。
ならば今回は領主兄弟にとって体制を整えるいい機会だ。
もやっとしたが、言いたいことは領主に伝えたので俺は席を立った。
ゴスムがまだ俺を不安そうな目で見ていたが知ったことか。
俺にはこれ以上ゴスムを痛めるつもりはなかったが許すつもりもない。
この先、ゴスムが二度と会話をできなかったところでBランク探索者から領主の私兵の元締めとして長い年数を生きてきたのだから一生食べて行けるだけの財産はあるだろう。
もしなかったら散財をしてきた本人の自業自得だ。尚更、俺の知ったことではない。
俺はソファに座っている二人を見下ろして言葉を告げた。一応の警告だ。
「領主の考えに従えないというなら尚更、裏で好き勝手をしていいわけはないだろう。あんたにはゴスムに恩もあるだろうが俺は理不尽な真似しか受けてない。どう処分するかは任せるが、また俺や友人に絡むようなら次はないぞ。心臓に『沈黙』してもらう」
それでもゴスムが逆恨みのような真似をしてくるならば言葉どおりだ。
逆に二度と絡まないでいてくれるならば時間の経過で『沈黙』が解ける日だって来るかも知れない。
警告をどう受け取るかは二人次第だ。
「じゃあな」と俺は部屋を出た。




