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第54話 あんたがゴスムか?

 もちろん今日いなかった人間を後で探して締めに行くのが面倒だからだ。


 とは答えずに俺は「伯爵とゴスムに紹介してくれるんだろ? 行こうぜ」と領主屋敷の敷地内へ立ち入った。


 歩哨は俺を迎えに領主の私兵たちが来たものと認識しているので、もう俺を止めようとはしなかった。


 俺は歩哨に軽く声をかけた。


「お勤めよろしく。怪しい動きをする奴を見つけたら誰であれ泥棒かも知れないからちゃんと捕まえるんだぞ」


「はぁ」


 歩哨は、俺が何を当たり前のことを言ってるのかと思ったかも知れない。


 ()たり前のことを()鹿みたいに()ゃんとやる、のは大切だ。頭文字をとってABCと略すらしい。


 サビエンは勝手にずんずんと歩きだした俺の脇に慌てて並んだ。


「二人がいるのは私邸? 公邸?」


 俺は敷地内に二つある大きな建物をそれぞれ指で順番に示して行き先はどちらなのかとサビエンに問うた。


 地面には平らな石が敷き詰められて道ができている。馬車も通れる広さの道だ。


 敷地の入口から伸びた道は途中で分岐をして敷地の手前側にある行政機能を有する公邸と奥にある領主の住居区間である私邸にそれぞれ向かっていた。


 公邸に用事がある人間が私邸側に入りこんでしまわないように止めるのも私兵の役割だ。


「公邸だ」


「何階?」


「二階だ」


 ペラペラ軽口を叩く俺に、いらいらとサビエンは受け答えた。


 歩く俺たちの背後には私兵連中が連なっていた。


 後ろから俺に圧をかけているつもりだろう。


 私兵たちは一番若い人間でも三十半ばは過ぎていそうだ。


 現役を離れて何年ぐらい経つ連中かは知らないが普通であればBランク探索者になるまでにはそれなりの年数が必要だろう。仮に三十歳くらいがBランク探索者の平均年齢だとするならばハンドリーは優秀な人材なのだろう。もちろんヘレンも。


 二人に比べればこの私兵たちは、ちょっとあれ(・・)


 俺対策で非番にもかかわらず呼び出しがかかった事態だというのに俺が【支援魔法士】だという事実だけでニヤニヤとマウントをとったつもりでいる。警戒心がまるでない。


 スニードルの失敗に対する反省が何も生かされていないとしか思えなかった。


 まあスニードルを倒したのはヘレンだから俺如きは言われるほどの脅威ではないと考えられていても不思議はないが。


「ところでスニードルは残念だったな」


 俺は脈絡もなくそう口にした。


 くくくくく、と嘲笑するような笑い声が背後の何人かから聞えてきた。


 俺は耳を澄ませた。


 誰かが『奴は四天王最弱』とか言い出すかと期待したが言わなかった。どうやら四天王とのバトル展開はなさそうだ。二十(にじゅっ)天王(てんのう)とか言い出す可能性ならまだあるが。


「あいつ、もうしゃべれないんだぜ。詠唱ができない【攻撃魔法士】は引退だよな」


 俺はそう続けたが誰もスニードルに興味はないのか返事はなかった。


「ところでスニードルは金を貯めていそうだったか? 稼ぎがいい人間はすぐ散財しちまうから意外と手元にはないんだよな。あんたらも、いつ急にスニードルみたいになるかわからないから、この先一生食っていけるくらいは貯めといたほうがいいぞ」


 俺は親切心から忠告をしたが残念ながら無視をされた。


 めげずにサビエンに話しかける。


「領主の私兵って退職金は出るのかい? 条件面の話を聞く前に断わったから詳しく知らないんだ」


 そもそも異世界に退職金という概念はあるのだろうか?


「ああ。退職金というのはさ」


 俺は退職金制度について、ぺらぺらと私兵たちに説明した。


 話しながら公邸の建物内を歩いていく。


 城ではないので華美な装飾はない如何にも公共の施設といった石造りの建物だ。


 廊下に面して幾つもの扉があり部屋の中では人が働いている気配がするので様々な部署があるのだろう。もちろん俺の視界の『地図』には室内にいる人々を示す点が沢山映っている。幸い、俺に悪意を持つ赤い点の持ち主はいない。悪意を持たない青ばかりだ。


 時折、ここで働いているのだろう人たちとすれ違ったが誰も俺を止めようとはしなかった。私兵の皆さんと一緒にいるから問題なしだ。


 仮に私兵が同行していなかったとしても、そもそも敷地の入口で騎士団の確認を受けた人間しか入って来ていないはずなので、不審者が歩いているとは疑わないだろう。


 ペラペラとした俺のおしゃべりに辟易したのか飽きたのかそもそもつまらないと思われているのか私兵たちは相槌すらもせずに沈黙したままだ。


 若い頃、おっさんの話は説教臭い上にくどいと思っていたが、とうとう俺にもそんな日が来てしまったのか。


 サビエンも、もはや言葉ではなく指だけで進む方向を示して道を案内している有り様だ。


 俺は気にせずサビエンに問いかけた。


「ところでハンドリーは自分以外に【戦士】系統はいないと言っていたけれども違うみたいだな。あんたは剣も使える魔法士なのか? それとも戦士だけれども魔法が使えるタイプ?」


 探索者職業(ジョブ)情報は話したくないのかサビエンは答えてくれなかった。


 アプローチを変える。


「じゃあ、もしあんたが魔法抜きで剣だけで戦ったとしてハンドリーより強いと思うか? 相手がハンドリーなら俺も骨ぐらいは折れるけれども、もしハンドリーより剣だけで強いとなると手強そうだ」


 俺はサビエンの横顔をちらりと見た。


 サビエンは沈黙したまま俺とは目を合わせないようにしようとでもいうのか前だけを睨んでいた。鎌をかけたが手の内を晒すようなヘマはしてくれなさそうだ。


 俺の自信家発言に対して後ろの奴らが絡んでくるかと思ったがそれもない。


 階段を登って二階に上がった。


 騎士団の練兵場もそうだったが分かりやすく豪華な扉が階段の真正面にある。領主の執務室なのだろう。


 練兵場と違っている点は扉の脇に警備の人間が居ない点だ。


 もっとも警備を担っている私兵はゴスム以外の全員が俺にあてがわれてしまっているはずだから扉の脇にいないのは仕方がない。


 サビエンが俺の前に出た。


 コンコンと扉をノックする。


「誰だ?」と扉の中から重々しい声が返って来た。


 うう。


 サビエンは答えずに再びノックをした。


「だから誰だ?」


 うううう。


 サビエンは答えない。


 ただ、ノックだけをした。


「返事をしなよ」


 俺はサビエンに声をかけた。


 サビエンは俺にも答えずにノックを続けた。


 うううううう。


「おい、どうした?」と俺。「まるで急に話せなくなっちゃったみたいだぜ。なあ?」


 私兵の皆さんの共感を得るべく俺は振り向いた。


 誰もいない。


 階段を二階まで上がって来たのは俺とサビエンだけだった。


「何だよ。随分みんな無口だなと思っていたけれども、いつの間にかいないのかよ」


 俺は聞えよがしに声を上げた。サビエンに聞かせるためだ。


 俺の視界の中の『地図』では赤い丸が急速に俺から離れて行っている。まるで逃げていくかのようだ。


 全員、領主の私邸方向に向かっていた。警備を担当する私兵の部屋は領主の屋敷の一画にあるらしい。ハンドリーがそう言っていた。


 彼らは慌てて家に帰ってどうする気なのだろう?


 今さら家財でもまとめて逃げる気だろうか?


 もう『沈黙』がかかっているのに?


 サビエンはノックを続けている。


 うう、うううう、うううううう。


 何か、うううう、とだけ言っていた。


「うるさいぞっ!」


 領主の部屋が内側から激しく開け放たれた。


 開けたのは五十絡みのローブを着た魔法士然とした男だった。


 部屋の中には三十過ぎの立派な身なりの男が執務机を前にして座っていた。


 扉を開けたのがゴスム、座っているのがメルトだろう。


『地図』には他に部屋にいる人間を示す点はなかった。


 ゴスムは赤、メルトは青だ。


 サビエンが目の前に立つゴスムの胸を両手で掴んだ。


 うう、と何かを強く主張してゴスムの胸を揺さぶった。


 うううう、と言うサビエンの姿は恐らくスニードルと同じ症状だ。


 当然ゴスムはスニードルの状態を見知っているはずだった。サビエンに何が起きたか悟っただろう。


「サビエン、指で示してくれ。俺を襲う指示を出した奴は誰だ?」


 サビエンはゴスムの胸を離すとゴスムを指さした。


「案内ありがとう。もう行っていいよ」


 サビエンは転がり落ちるように階段を駆け下りると逃げて行った。


 だからといって逃げられるとは限らない。敷地の周りは今頃アルブレヒトたちが囲んでいる。


「あんたがゴスムか?」


 俺はローブ姿の男を睨み付けた。


 うう、とゴスムは言った。

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