第52話 『まだ行けるはもう危ない』だぞ
探索者ギルドを出た俺は領主屋敷へ足を向けた。
メルト・ルンヘイム伯爵の屋敷は領主一家の住居であるだけではなく行政施設も兼ねている。
生活空間か執務空間かどちらかに伯爵はいるだろう。護衛であり側近でもあるゴスムも同じ場所にいると考えられた。
ちなみに兄である騎士団長は別の屋敷に家族と住んでいるので実家暮らしではない。
騎士団長の職場である練兵場は探索者ギルドから領主屋敷に向かうルートの途中だ。
「団長いるかな?」
通りすがりに練兵場に立ち寄った俺は顔馴染みになった門番の若い騎士に声をかけた。
「ハッ。在庁されておられます」
若い騎士は俺に気合いの入った敬礼をしながら返事をした。
「いつも言ってるけど、そういうのは偉い人にやってくれ。俺はただの探索者だから気が引けるんだ」
「やらないところを偉い人に見られたら自分が処罰されます」
若者は苦く笑った。
「じゃあ仕方ないな。通るよ」
「ハッ」
通い慣れた練兵場内を歩いていく。
建物に入り二階の騎士団長室へ俺は向かった。
騎士団長室の扉の前には警備の騎士たちが立っていた。
騎士たちも俺の姿を見かけて敬礼をした。
「騎士団長に目通り願いたい」
「少々お待ちを」
騎士の一人が団長室隣の秘書室へ入って行った。
そう待たずに騎士団長室の扉が内側から開けられた。
いつか俺が『石化』した壮年の騎士が立っていた。騎士団長の秘書だ。
俺は騎士団長の部屋に入った。
立って俺を待っていた騎士団長が俺をソファに誘導した。対面に自分も座る。
秘書は秘書室に戻って行った。
「今日はどうした?」
騎士団長は訝し気に口を開いた。
四つ手熊の納品に俺が練兵場を訪れることはあっても通常は騎士団長室までは足を運ばない。俺はただの納入業者だ。なぜ、今日に限って立ち寄ったのかと疑問に思ったのだろう。
秘書がお茶を載せたお盆を持って戻って来た。
目の前に置かれたお茶を一口いただく。
俺は秘書が隣室に去り扉が閉じるのを待ってから口を開いた。
「弟くんとトラブった。これから会いに行く」
騎士団長の顔から血の気が引いた。
「どういうことだ?」
「先日、領主から仕官の誘いを受けたが断った。領主お付きの元Bランク探索者たちは気に入らないらしい。昨夜、その内の一人に襲われたので俺が『沈黙』をかけ一緒にいたギルド職員が張り飛ばした。さっき領主名で件の職員とギルドマスターに召喚状が届いた。明朝の召喚だそうだ。当事者なのに意図的に俺を弾いた真意を領主本人から聞くつもりだ」
俺は淡々と事実関係を説明した。
騎士団長は慎重に口を開いた。
「ゴスムだろうな。父の代から仕えている元探索者だ。メルトの指導役でもある」
騎士団長は深呼吸をするように深く息を吐いた。
「儂が間に入ったほうが良いか?」
「纏まるものならお願いしたいが素直に兄の話を聞く弟なのか?」
「拗れるだろう」
「だと思ってたよ。あんたの実家にお邪魔する前に一声かけに寄ったんだ。行政に一時的な空白が生じた場合は対応してもらうと助かる。街の人たちに迷惑はかけたくない」
「君ならやれるのだろうがやりすぎないでくれ。実家が丸焼けとか許してもらいたい」
「俺は【支援魔法士】だぜ。火の手が上がるとしたら相手のせいだ」
「消火と避難対応の準備はしておこう」
騎士団長は力なく請け負った。
「一人で行くのか? 露払いに誰かつけるぞ」
「いらん。証人が俺一人ならば俺の言葉だけが事実になるだろう」
騎士団長は天を仰いだ。何かを諦めた目をしていた。
※※※※※
俺は練兵場を後にした。
領主の屋敷に向かう途中で知り合いの若い探索者たちに見つかって声をかけられた。
「ギンさん、ちーす」
まだFかEランクの子供たちだ。
十五、六歳の少年たちなんて本当に子供だとしか思えない。そんな年齢でダンジョンに潜って戦っているのだ。異世界、恐るべし。
「お。今帰りか。全員無事だな?」
「へい」
「無理するなよ。『まだ行けるはもう危ない』だぞ」
ダンジョンに潜った経験もない俺が偉そうに助言を垂れた。前世のゲーム界隈の名言だ。おっさんはどうしても説教臭くなる。
こんな子供たちが少しでも命を落とさない様、捜索基金をさらに拡充したいところだ。
これからギルドに戻るところだというので、俺は子供たちにお使いを頼んだ。
「ギルドの入口が見える目の前のカフェのテラスで多分魔法士の男が寝ているはずだ。叩いても起きないだろうから担いでハンドリーの所まで運んでやってくれ。ギルマスの部屋にいる。ヘレンに声をかければ呼んでくれるだろう」
「誰すか、そいつ?」
「ハンドリーの同僚だ。カフェの支払いが必要そうならこれで頼む。釣りは手間賃だ」
俺は銀貨一枚を少年たちのリーダーに手渡した。お釣りで飯でも食ってくれ。
「へーい」と、にこにことして少年たちは去って行った。
これで営業妨害も最小限で済むだろう。