第51話 営業妨害になってしまったら申し訳ない
探索者ギルドに領主の召喚状を持ってきた人間はハンドリーだ。
朝一番に俺たちと昨夜の出来事について情報を共有した後、ハンドリーは領主の屋敷へ帰って行った。向こうで何か新情報があれば後で伝えてくれる約束だ。できれば領主にも接触して真相を確かめるなり漏らすなりして来いという話もした。
そのハンドリーが昼過ぎに領主ルンヘイム伯爵からの召喚状を携えて探索者ギルドに戻ってきた。
ゴスムに持たされたという話だった。
どうせさっきまであっちに行っていたのだからお前もう一回行って来いといった扱いだ。
ゴスムからすれば、すっかりハンドリーは俺たち側の人間なのだろう。
領主の私兵たちからハブにされているとはいえ、まだ騒ぎが続いている最中に一人だけ屋敷を抜け出して探索者ギルドにやって来ているような人間だ。そう思われて当然だろう。
ゴスムとしてはそんな人間を手元に置いておきたくはない。自分たちの動きがどう探索者ギルド側に伝わってしまうかわからない。もちろん領主とも接触はさせたくないだろう。厄介払いとして追い出すのは当然だ。
したがってハンドリーがやって来たものの領主側がとろうとしている対応の新しい情報は何もなかった。
明朝ヘレンとケイトリンを召喚するというだけだ。
明朝だ。
さすがに向こう側も少しは準備に時間が必要なのだろう。
同時にいつまでもぐだぐだ時間をかけるつもりもないということでもある。
探索者ギルドはルンヘイム伯爵領に所属している組織ではない。
ヴァルハライト王国にも所属してはいなかった。
本部はどこの国にも所属していない超国家機関だ。
探索者は国同士の紛争や内戦には関わらない代わりに国家からの独立を認められている。
ある意味、探索者ギルドは外国の大使館のような治外法権が効く存在だ。領主といえども公的にはいきなり兵士を連れて乗り込んでは来られない。しかるべき段取りが必要だった。
ましてやルンヘイム伯爵領の領都は迷宮都市でありダンジョン探索による資源確保のため多くを探索者に依存している。おいそれとは扱えない。
それでも実際の召喚まで召喚状が本人の手元へ届いてからわずか半日だ。
向こうがどう決着をつけるつもりかわからないが迅速な召喚は探索者ギルド本部に介入されるような時間的猶予は与えないという意思表示だろう。
召喚状の中身を確認して俺たちは頭を抱えた。
「どうしたもんだろう?」
ケイトリンが意見を募る。
「といってできることもそうないのだがね」
「相手の出方次第じゃないか? 明日になればわかるだろう」
俺は、あっけらかんと答えた。
多分、悪手だ。向こうはそのつもりで準備をしているのだから召喚まで何もせずにいるのは間違いだろう。
だからといってケイトリンの言うとおり、できることもない。せいぜい体調を整えるぐらいだろうか?
「領主から謂れなき召喚を受けたと王都の探索者ギルドには報告する。もっとも明日までに返事が来るものじゃないが」
「早馬はやめたほうがいいだろう。向こうも連絡をされたくはないだろうから邪魔するはずだ。運搬人の身が危ない」
ハンドリーが警告を発した。
「ギルドにはそういう遠距離を一瞬に連絡する魔道具はないのか?」
俺はケイトリンに確認した。
「ないね。鳩が一番早い連絡手段だ。全部飛ばすよ。運が良きゃ辿り着く個体もあるだろう」
定期的に王都の探索者ギルドから連絡用の伝書鳩が運ばれてくるらしい。それらを一斉に放すという。
「やっぱり解せないのは召喚メンバーに俺が入っていないことだよな。もともとは俺への嫌がらせだったはずだ。物理的に俺を孤立させる考えかな?」
「私はギンさんと一緒にいますよ。孤立なんかさせません」
ヘレンが頼もしいことを言ってくれる。
「よくわからんが、もし標的がヘレンとケイトリンに変わったのだとしたらハンドリー、お前、ここにいて護衛についてくれ。相手は元Bランク探索者だ。こちらも元Bで固まったほうがいい。それから変に噂が流れないよう探索者たちには事件を漏らすなよ」
これまで極秘案件として動いているから、まだ探索者たちには漏れていないはずだ。せいぜいナオミが気を揉んでいるくらいだろう。
「明日までこちらはいつもどおりの行動だ。ヘレンは窓口、ケイトリンは執務室、ハンドリーはケイトリンと茶でも飲んでろ。俺は解体所だ」
とりあえず、そのように話を纏めた。
もちろん、そんな気は俺にはない。
相手がどこにいるか居場所が分かっていて明日まで待つのが悪手なのだ。動くなら今しかないだろう。召喚されていない俺が適任だ。
ケイトリンとハンドリーをギルドマスターの執務室に残して部屋を出た俺はヘレンを窓口に送り届けてから解体所に足を向けた。
その足で解体所から探索者ギルドの外へ出た。
※※※※※
俺の視界には常に透明な『地図』が映っている。
当然、誰か探索者ギルドを見張っている人間が居るだろうと思っていたが、案の定、赤い丸点が表示されていた。スニードルと同じく俺に敵意を抱く人間だ。
探索者ギルドの道を挟んだ対岸にはカフェがある。
ギルドの裏手から表に回って道に出た俺は一直線にカフェに向かった。
オープンテラスのデッキに一人不似合いな人間が座っていた。
周りが若い一般市民ばかりであるのに対して薄暗い色のローブに身を包んだ中年男が本を読んでいた。魔導書だろう。ぶすっと不貞腐れたような顔をしている。
そういう不似合いな人間が洒落たカフェを利用しては駄目だとは言わないが透明な『地図』にある赤い丸点とリンクしているのはいただけない。
道路に面したデッキを囲んでいる柵越しに俺は男と目を合わせた。
男が俺に気づいて目を見開いた瞬間、俺は男に『眠り』を与えた。
見開いた目が深く閉ざされ、かくんと首が落ちた。
読んでいた本が手からテーブルに滑り落ちた。
陽だまりの中で、つい、うたた寝をしてしまったおっさんの出来上がりだ。
いつ目が覚めるのかは俺にも分からない。
恐らく店の営業時間内には無理だろう。
営業妨害になってしまったら申し訳ない。デッキの片隅にでも転がしといてくれれば十分だ。