第49話 いい感じに酔い潰れた振りをしたヘレンを
ヘレンを探索者ギルドの女子寮まで無事に届けた翌朝、俺は探索者としてはほぼ一番のりで探索者ギルドの扉を潜った。
受付カウンターにヘレンの姿はない。衝立で閉ざされていた。
さては二日酔いで起きられなかったか?
俺は隣のカウンターにいるナオミに問いかけた。
「お早う。ヘレンは?」
「お早うございます。昨夜の首尾を聞くんだってギルドマスターに連れて行かれました。ギンさん大丈夫ですか? フレアさんたちが知ったら殺されますよ」
何でやねん?
「ナオミだって担当パーティーと食事ぐらい行くだろう? やましい話は何もないよ。それよりギルマスとすぐ話をしたいんだ。領主絡みだ」
ナオミは眉を顰めた。碌な話じゃなさそうだと悟ったのだろう。さすがエース。
「ご案内します」
ナオミは即決して席を立った。隣のカウンターに一声かけて自分の窓口に衝立を置いた。
俺はナオミに連れられてギルドマスターの執務室に向かった。
ナオミはノックをして室内に声をかけた。
「ギンさんがお見えです」
「入れ入れ」
中から、にこにことしたケイトリンが自ら扉を開けて瞬く間に俺は室内に引っ張り込まれた。ナオミは廊下に置き去りだ。
「二人が揃うタイミングで来たということはそういうことだな? 式はいつだ?」
「アホか」
俺は纏わりついてくるケイトリンを払いのけてソファに座らせた。
テーブルを挟んでケイトリンの反対側に座っているヘレンの脇に俺も座った。
ヘレンの顔が赤い。何の話をしていたのやら。
「昨夜襲われた話は報告したのか?」
俺はヘレンに確認した。
「お前、ヘレンを襲ったのか! 同意はどうしたっ!」
何の話だ。
テーブル越しに掴みかかってきそうな勢いのケイトリンを、俺は額にデコピンをして黙らせた。
額に手を当ててソファに沈み込んだケイトリンに淡々と事実を告げた。
「昨夜、スニードルという男に襲われた。領主の誘いを俺が断ったのが気に入らなかったらしい。領主の指示か本人の暴走かは分からない」
ケイトリンの赤くなった額に皺が寄った。眉をしかめたのだ。
「それでどうした?」
「ヘレンが張り手で顎を砕いた。その場に放り捨てて帰ったから知らんが戻ったなら領主の所は騒ぎになったんじゃないか。騎士団と同じだな。何らかの動きがあると思う」
ケイトリンは神妙な顔つきだ。
「俺が誘いを断ったという話をした時、領主は面白くなさそうだったのか?」
「いや。領主より側近の男がそんな感じだったな。もともとCランクのギンの勧誘に否定的だったようだ。それで断られたら面白くはないだろう。元Bランク探索者だ」
「領主は何人OBを抱えてるんだ?」
「普段、屋敷に詰めているのは十人ぐらいだろう。名前だけ雇われて実際はいない人間がそれ以上にいるはずだ。騎士団への対抗心だけではなく迷宮都市の領主として探索者に力が及んでいるところを見せる必要があるからな。Bランク探索者なりレアな探索者職業の持ち主と見るとすぐ抱えたがる」
「俺はBランクでもレアでもないんだが」
「お前は目立ちすぎだからだ」
俺に呆れたように言い放つと一転してケイトリンはヘレンに優しい顔を向けた。
「足は問題なかったのか?」
「はい。それが全然」
「今まで無意識に庇っていて本気で動いてなかったんだろうな。もともと治ってはいたんだろう」
俺はケイトリンがヘレンの復帰を望んでいると知っていたので援護の言葉を口にした。
「ちょうどBランクがいなくなったことだし復帰しないか? 事務仕事よりいいだろう」
ケイトリンがヘレンを誘った。
「それで領主から誘われるようになったら困ります」とヘレン。
ああ、と天を仰ぐ。俺たちは現実問題に引き戻された。
「ケイトリンさ、領主に真相を聞いて来いよ」
「行けるか!」
「とすると、やっぱりハンドリー頼みか、そろそろ来るかな?」
コンコン、と扉がノックされた。
「ハンドリー様がお見えです」
ナオミの声だ。
俺たちは顔を見合わせた。
「入ってくれ」
ケイトリンが返事をした。
※※※※※
「お前、今度は何をやったんだ?」
部屋に入って来たハンドリーは俺の顔を見るなり声を上げた。
「慌ててどうした?」
理由はわかっていたけれども俺は訊いてみた。まずは状況の確認だ。
「昨晩遅く、俺と同じで領主に雇われている元Bランク探索者の男が怪我をして戻って来た。顎の骨を割られていたので【回復魔法士】が治療をしたが言葉を話せない。どうも『沈黙』の呪文が効いたままなんじゃないかというのが上司の見解だ」
「お前の上司は領主じゃないのか?」
「領主の私兵を纏めている男がいる。一番古株の元Bランク探索者だ。領主の護衛兼側近でもある」
なるほど。そいつが俺を面白くないと思っている奴か。
「それで俺を疑って捕らえに来たわけか?」
「よせや。騎士団を丸ごと『石化』させるぐらいだから命の危険となりゃ【攻撃魔法士】を『沈黙』させるぐらい、お前なら簡単だろ?」
まあそうだが。
「昨夜は前に紹介してもらった店でヘレンと飯を食ったんだよ。いい感じに酔い潰れたヘレンをおんぶしてお持ち帰りする途中でスニードルとかいう奴に邪魔された」
「ほう!」
ケイトリンが食いついた。
「ヘレン、うまくやったな」
「違いますよ。ギンさんも変な嘘つかないでください」
「間違った。いい感じに酔い潰れた振りをしたヘレンを」
「わあ!」
ちょっとリップサービスが過ぎたようだ。
「顎を割られたのはそのスニードルだ」
ハンドリーは軽口には付き合わずに真面目な顔で指摘をした。冷静に先を促す。
「で?」
「そいつがヘレンに暴言を吐きやがったから俺は『黙れ』と言った。同時にヘレンが張り手で吹き飛ばした。まだ『沈黙』が続いているのは俺に許すつもりがないからだろう」