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第47話 俺は足を止めた

「痛みはないのですが生えてきた足なので動きに違和感が」


 ヘレンはあっさりと言ってのけた。


 え?


 異世界ではなくなった手足が生えてくる現象がどれくらいスタンダードなのか感覚的に分からない。


「欠損?」


 俺はかろうじてそう返した。とりあえずポーカーフェイスだ。


「そんな簡単に治るのか?」


「簡単ではありません。ケイトリンも私より自分を治せば良かったのに」


 ヘレンは寂しそうに笑った。


 ギルドマスターではなくケイトリンと呼んだことから過去に思いを馳せたようだ。


 それ以上の説明はない。ない以上、掘り下げるべきではないだろう。


 俺は話題を変えた。


「現役時代のヘレンは何ランク?」


「Bでした」


 上流階級だ。もともとケイトリンがサブギルドマスター候補のつもりでいたのだと考えれば当然か。


「すげえ。探索者職業(ジョブ)は?」


「え?」


 ヘレンの目が、きょろきょろと挙動不審な動きを見せた。なぜか口ごもる。


 俺みたいな人から笑われる探索者職業(ジョブ)なのだろうか?


 俺は温かい目で見守った。


 ヘレンは小さな声で、


「【馬鹿力士(ばかぢからし)】です」


「何やて?」


「だから【馬鹿力士(ばかぢからし)】です。【力士(りきし)】の上級職の」


【力士】の上級は【大関】とか【横綱】ではないんだ?


 そういう職業があるとは知らなかった。


 実際はこちらの言葉で別の意味の何かなのだが俺の中の翻訳効果が漢字で表現をしてくれてこうなっている。一番ニュアンスが近いのだろう。


「あまり事務仕事には向いてなさそうだな。ケイトリンが頭を抱えるのもよくわかる」


「ひどっ」


「でも最近は列に並ぶ人がいるじゃないか。できてるのか?」


「ナオミに教わりながら何とか」


「あはは」


 料理と酒が来た。


「これからもよろしく頼む」


「はい」と、とりあえずエールで乾杯をした。


 こちらの世界の酒はエールしか口にした経験がない。


 もちろん他にも色々な酒がある。いい店なので種類も豊富だ。


 俺は酔わないので、その気になればいくらでも酒を呑める。


 ヘレンも同じだ。


 フレアたちの昇格祝いの際は調子がおかしかったが、俺の昇格祝いの際は、ザルを越えた枠だった。実際はいくらでも呑めるのだろう。


 酒は酔うための飲み物だが味を楽しむ飲み物でもある。


 ある酒を順番に持ってきてくれ。


 肉もどんどん持ってきてくれ。


 俺はそう注文した。焼いたら出て来る焼き鳥屋じゃああるまいし。品のいい客では無い。


 食べきれなくなったらストップをかければいいだろう。


 そう考えていたが問題なくヘレンの胃袋に消えて行った。


 酒も消える。


 話し、食い、呑む。


「ヘレン、やっぱり酒強いな」


 俺はご機嫌な気分で声をかけた。アルコールではなく酒を呑む雰囲気には酔っていた。


 その途端。


「あ!」


 ヘレンは何か思い出したような声を上げた。


「ごめんなさい。少し眠くなってしまいました。帰りはお願いします」


 かくんと首が垂れると、ごつっとテーブルに頭を落として急に目を閉じた。


 寝息を立てている。


 酒に何か薬でも入っていたのではないかという不自然さだ。


「ヘレン」と声をかけたが眼鏡の奥の目は開かない。


 俺はヘレンが直前まで呑んでいた酒を手に取り、口を付けた。


 毒は入っていなかった。もし入っていても『解毒』をかけるので問題はない。


 単純にヘレンは急に睡魔に襲われたらしい。前世で言うところの電池切れだ。


 酔って眠ってしまっただけなのだから『解毒』で起こすのは無粋だろう。


 せっかく楽しく過ごした時間が無駄になる。


 俺は店の人間を呼び、支払いを済ませるとヘレンを背負った。


 武器や道具は探索者ギルドに置いてきたので俺は手ぶらだ。財布だけ持っている。


 店を出た。


 俺は自分に常にバフをかけていたからヘレンを重くは感じなかった。


 但し身長差があるので、傍目には俺が押しつぶされそうに見えるだろう。


 俺の頭の裏側に丁度ヘレンの胸が来る。


 ヘレンの頭は、さらに上だ。俺の頭を枕にしているみたいなものだった。


 尻に手を回すわけにはいかないから手の甲で支えた。


 セクハラで今後、お互いに職場で気まずい思いをするのは避けたかった。


 俺たちは大分長時間、店にいたらしく外は人通りがまばらだった。


 探索者ギルドの女子寮を目指す。


 寮内に入った経験はなかったが場所だけは知っていた。


 暗い通りを通過する時、周囲から完全に人が消えた。


「ギンさん」と俺の頭の上のほうでヘレンが口を開いた。口調はしっかりとしたものだ。


「殺気です」


 俺は足を止めた。

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