第46話 お任せで適当に肉料理を
ケイトリンは領主にうまく返事をしてくれたらしい。既に何日か経っていたが俺への直接的な勧誘は行われていない。しつこくなくて良かった。
領主からの捜索隊への出資も予定どおりだ。ケチではないのだろう。
俺は変らず解体メインの生活を続けており、時折、四つ手熊を『石化』しては騎士団に納品していた。一応、騎士団から俺宛の個人依頼となっているので悪くない金額が懐に入っている。騎士団長もケチではなかった。
兄弟揃ってケチではないので、うまく立ち回ってお互いの対抗心を煽ればもっと基金に金を出してはくれないだろうか?
そんな気もしないではないが下手に兄弟の諍いに巻き込まれてとばっちりは困る。こちらからはこれまでどおりの距離感を保つことにした。
『石化』を『解除』した際に騎士団から得た金は捜索基金に寄付してしまったので使えないが、それを抜きにしてもそれなりに俺の懐は温かい。
今こそ、いつか約束したきりになってしまった食事にヘレンを連れて行くべきだろう。義理は果たさなければならない。
ハンドリーに教えてもらった候補の店を念頭にヘレンに夕飯は何を食べたいか希望を確認したところ『お肉』という返事だった。シンプルに自分の体格に忠実で非常によろしい。
基本、俺は自分に定期的に『清浄』をかけているので服は着たきりの一着しか持っていない。
着替えに戻る必要もないため、いつもより長く解体所で探索者に『清浄』をかける小遣い稼ぎをやりながらヘレンの仕事が終わるのを待っていた。
最近はヘレンの列に並ぶ探索者がちらほらといる。
特に相手を選ばない手続きの際などは空いているヘレンの列は便利であるようだ。もっともヘレンがてきぱきと対応を出来るかは別の話だが。
担当している探索者こそ俺だけだが、カイルたちの遭難救助以来、遭難関係の窓口はヘレンという括りになっていた。もしヘレンが本当にポンコツなだけの職員だったら、ギルドもそのような重要な役割は任せないと探索者たちだってわかるだろう。
しかも自分で言うのも何だが、実質上の俺の専属だ。こう見えて俺は探索者登録後Cランクに上がるまでの日数の最短記録保持者である。ヘレンの出来が悪いわけがないだろう。
とするとヘレンの列が空いている理由は出来が悪いためではなく、ヘレンが探索者のお目付け役として威圧する係だからという説のみ残る。
とはいえ、俺は普通にヘレンと会話をしているしフレアたちも話している。俺やフレアの昇格祝いの席では、やはりヘレンは普通に席に混ざって酒を飲んでいた。
不自然に空いているヘレンの列を遠巻きに敬遠していた探索者たちにとって、ヘレンの列に並ぶハードルはだいぶ下がったのだろう。
いいことである。
そんなことを思いながら解体所の椅子に座り、惚けっとヘレンを待っていた俺のところへケイトリンが冷やかしにやって来た。ヘレンから食事に行くという話を聞いたらしい。
「うちの娘を連れ出そうなんてふてぇ野郎だ」
「日頃の感謝の表れだよ。やましい気持ちがないから保護者の目の届く場所で待ってるんだろ」
「ヘレンは年頃の娘だぞ。そこはやましめよ」
何語だ、それは?
そんなところにギルドの制服から私服に着替えたヘレンがやって来た。
余所行きの服装ではなくギルドの寮とギルドを行き来する際に着ている普段着だ。かつて探索者であった頃から着ている服らしい。過酷な旅に耐えられるように布と縫製がしっかりしているため長く着られているのだとか。
ケイトリンが頭を抱えた。
「どうしてお前はまたそんな色気のない服で」
ヘレンが、きょとんとした顔をした。
ケイトリンがヘレンの耳を引っ張って更衣室へ戻っていく。解体所なので更衣室と隣り合っていた。ヘレンは耳を下に引っ張られる形になるので中腰だ。
二人はすぐに戻って来た。
ケイトリンに何か言われたのかヘレンは顔を赤くしていた。
「もう行けるのか?」と俺。
「はい」
「じゃあ娘さんをお預かりします」
冗談でケイトリンに断りを入れた。
「返してくれなくていいぞ。ぜひ、もらってくれ」
そうはいかないだろう。
「ちゃんと返しますよ」
俺たちは解体所から直接ギルドの外へ出た。
目的の店はギルドから歩ける距離にある。
俺たちはすぐに店に着いた。着ている服が恥ずかしくなるような店構えだった。
特に予約をしていたわけではないので訝し気な顔で応対に出た店員に「ハンドリーに紹介されて」と言葉をかけた。ハンドリーから「俺の名前を出せ」と言われていた。
すぐに個室に案内された。
ドレスコードが、とかつまらないことを言われなくて助かった。
気にしたこととはなかったが考えてみればハンドリーは元Bランク探索者だ。
上を見ればまだSランクとAランク探索者がいるものの両者を合わせても探索者全体の人数を考えれば、ほぼゼロパーセントと誤差程度しか違わない。
実質的にはBランク探索者こそが探索者の頂点だ。
ルンヘイム伯爵領の領都の探索者ギルド唯一のBランク探索者であったハンドリーが引退したため現在領都の探索者ギルドに登録されている現役Bランク探索者は存在しない。
要するにBランク探索者ともなれば領都の上流階級だ。
そのハンドリーが接待に利用するような良い店であるのだから俺たちのようなボロ服を着た一見の客は断られる危険があった。俺は少しハンドリーを見直した。
いつも便利に使っちゃって申し訳ない。
席に着く。
メニューを見ても俺にはさっぱり分からなかった。
理由は異世界の料理だからということにしてほしい。
本当は前世の高そうな店であっても同じ結果だ。所詮は下層国民だった。悪いか。
「わかる?」と、俺はヘレンに確認した。「現役の頃はいい店にも行ったんだろ?」
「いつもケイトリンが頼んでいたので料理の名前までは」
期待どおりの答えだ。
「お任せで適当に肉料理を沢山持ってきて」
結局、お上りさんの注文である。
「お酒もください」
ヘレンが付け足した。
店員が去っていく。
個室に二人だ。
そういえば店に来るまで俺の隣を歩いていたヘレンは微かに右足を引きずっていた。
「痛むのか? 足の怪我で探索者をやめたってケイトリンに聞いたけど」
「痛みはないのですが生えてきた足なので動きに違和感が」
え?




