第45話 本物のBランクを目指すので手一杯だ
翌日から俺はギルドの解体所に入り浸り解体職員たちから魔物の解体を教えてもらった。
時々、解体職員と解体所内に『清浄』をかけ、もし要望があれば戻ってきた探索者にも小銭でクリーンをかけている。
カイルハーレム改め『弟はつらいよ』パーティーの面々は常連だ。
昇格の打ち上げでは結局カイルたちの席には戻らずに俺は帰ったのでフレアたちが変なテンションだったことについてはお互いに触れていない。
酒の席の失態を見て見ぬ振りをするのは大人の嗜みだ。
いずれにしてもカイルとナオミを除くヘレンを含めた残りの四人は素面に戻った後の呑みなおしで結局、翌日は記憶が飛んでいたらしい。実際のところどこまでの記憶が飛んでいるかは確認していないので分からない。
酒の席の失態を見て見ぬ振りをするのは大人の嗜みだ。(二回目)
そんな解体生活をほぼ一か月。
お陰で俺は顔が広くなった。
ハンドリーとの腕相撲で目立ち、急なCランク昇格で目立ち、捜索隊設置でさらに目立った人間が毎日解体所に入り浸って探索者たちに『清浄』をかけているのだ。
俺に『清浄』を依頼しない探索者たちも、何だあいつは、と知り合い同士で噂し合って俺の顔と名前を認識していた。
領都の探索者ギルドに所属している人間で俺の顔なり名前を知らない探索者は、もはやほとんどいないだろう。長期間の探索に出たまま最近はギルドに顔を出していなかったり、人見知りが激しいソロ探索者で、ほとんど誰とも接点を持っていないとかそんな特殊な人間だけだと思われる。
相変わらずソロで活動をしている俺は危険なダンジョンには入らずに時たま石の遺跡方面をぶらついては四つ手熊を『石化』させて騎士団に納品していた。
ギルドや他の探索者には四つ手熊を見つけたら追いつかれないように逃げながらうまく誘導して石の遺跡に入り、手を伸ばしてくる巨熊にかかるまで魔法をかけ続けるんだ、と言い訳している。だから一人でも何とかできている、と。
実際は見つけた瞬間に『石化』させているわけだが余計な能力は知られないに越したことはない。
石の遺跡が四つ手熊には入り込めない安全地帯だと探索者たちが認識してくれているところも都合よかった。
俺が定期的に四つ手熊を納品するものだから、いつのまにか練兵場の一画には闘技場と並んで熊牧場がつくられていた。
生かさず殺さず交代させながら鎖につながれた四つ手熊との戦闘を繰り返しているため騎士団員たちは、めきめきと腕を上げているらしい。元々対人戦の訓練は積んでいる人間たちだ。魔物相手の変則的な動きに慣れればそれは強くなるだろう。
実際の訓練に俺は顔を出していないので見ていないが、ハンドリーがそう言っていた。
ケイトリンは騎士団長に捜索隊設置のための予算見積を提出して満額プラスアルファの回答で認められた。遠慮するなと上乗せしてくれたらしい。
騎士団長は練兵団と自宅の間を馬車で移動する際に見知らぬ探索者たちから手を振られたり敬礼されたりするようになったそうだ。存外、悪くない気分のようだった。
ハンドリーが、もし騎士団長を見かけたら絶対に挨拶しろと探索者たちを厳しく躾けている。苦労人だ。
ハンドリーはどういうわけか騎士団帰りに偶にギルドに寄っては俺に愚痴をこぼして行くことがあった。きっとその際に居合わせた探索者たちを躾けたのだろう。
探索者たちもそれくらいのことで万一の際に捜索隊を出してもらえるならばと半分揶揄いの気持ちも込めて騎士団長に挨拶をしているようだった。
そんなある日、俺はギルドマスターであるケイトリンから呼び出された。
解体所まで呼びに来たヘレンに連れられてギルドマスター執務室へ顔を出す。
まあ座れ、と促されたソファにヘレンと隣り合って座った。
対面に座るケイトリンは何だか困ったような顔をしている。
「お前のせいで領主から呼び出しを受けた。探索者ギルドは最近騎士団と蜜月らしいな、だそうだ」
「嫌味を言うぐらいなら領主も捜索のための基金に金をだせと言ってやれよ」
「騎士団と同じ金額を出すそうだ」
ケイトリンはあっさりと言った。
「へえ。弟くんも探索者たちに敬礼してもらいたいのかね? お兄ちゃんに負けてられないって?」
「その際、抱えたい探索者がいるからと斡旋を頼まれた」
ケイトリンは俺の軽口には付き合わずにボソリと言った。俺を見つめる。
ん?
「俺か?」
黙ったままケイトリンは頷いた。直接俺のところに領主の使者なんか来たら、いつかの騎士と同じでトラブルになっただろうからケイトリンを間に挟んだのは、ある意味正解だ。
「俺はハンドリーみたいなBランクじゃないぜ。領主の箔つけにはならんだろう」
「実質的にはBランク相当という評価になっている」
そう言えば俺のランクをCに上げる際に、そんな話をしていたような。
「なぜ俺なんか?」
「お前が騎士団長に対する探索者の評判をあげたからだろう。引き離したいんだ」
「ガキだな。アニキへの嫌がらせか?」
ケイトリンは肩をすくめた。
「困ったお人だよ」
「べつに騎士団長派になったつもりはないがアンチ領主派にはなりそうだ」
俺がどこで誰と何をしようと誰かに邪魔をされたくはない。
「断ったら金の話は、なしになるのか?」
「流石にそんな恥ずかしい真似はできないだろう。こうして話をした事実で斡旋の義理は立つさ」
「だったら『ノー』だ。騎士団長からも誘われたが断っている。人の下に付くのも人の上に立つのも性に合わん。本物のBランクを目指すので手一杯だ、とでも言っといてくれ」