第44話 そのままバックレようと心に決めた
そういえばカイルとフレアは髪の色がそっくりだし顔立ちも似ていた。
「姉弟だったのか? すまん。カイルハーレムだと思っていた」
「姉さんたちに悪い虫がつかない様そう思われるようにしてきたからね」
「分厚い胸部装甲ばかりなのは偶然か。てっきりカイルがそういう趣味かと」
俺は慌てて口を噤んだ。まだ一滴も飲んでいないのに思い切りセクハラだ。酒の席は口が軽くなるので危険すぎる。飲んだところで酔わないけれども。
「あんた、あたしたちのことそんな風に見てたんだ」とフレア。
やばい。
「いや。カイルの奴、いつも扱き使われて大変そうだなって思っていた。弟あるあるだな」
「本当に大変だったよ。地獄」
カイルはしみじみと頷いた。
「探索者になれる歳になったらすぐに、前衛やれって強制的に村から連れ出されたばかりか雑用全般の担当にされて。三人共Cランクになってくれたんで、やっと村に帰れる」
「どういう話だ?」
「成人して探索者になった姉さんたちが村に戻らなくてもいい条件が二十歳になるまでにCランク探索者になることなんだ。姉さんたちにはアタッカーがいなかったから、なかなかランクが上がらず前衛職持ちだった俺を無理やり引き入れても、結局、俺だけが先にCランクになっちゃって。やっと全員Cランクになれたから俺は晴れてお役御免という話」
「なるほど」
本来回復役のアヌベティのメイスでは本職のアタッカーには叶わないだろう。
「姉さん、来月で二十歳だから焦ってたんだ。それで四つ手熊を狙いに」
「申し訳ありません。私が焚きつけ過ぎました。他のDランク探索者たちにも」
一番奥の席でエース受付嬢が殊勝な顔で頭を下げた。
「あの時、ギンさんが捜索隊を出すって言ってくれなかったらどうなっていたことか。探索者だけでなくギルド職員全員がギンさんに感謝しています」
「まあ無事でよかったよ」
本当にそう思う。
「全然、ナオミのせいじゃないわ」
フレアはエース受付嬢に優しく声をかけた。その表情をキッと一変させ、
「あんたは人を行き遅れみたいに言うんじゃない」
カイルの頬をつねりながら引っ張った。エース受付嬢はナオミというらしい。
「いひゃい、いひゃい、いひゃいよっ!」
カイルは姉の手を振り払った。
「べつにもう村の外にいるんだから、そのまま戻らなければいいだけだろう」
俺は単純な疑問を口にした。
頬をさすりながらカイルが応じた。
「二十歳を過ぎてもDランク以下の探索者は依頼を受けようとしても能力を疑われて依頼人から断られる場合が増えるんだ。食えなくなって結局地元に戻るしかなくなる。うちの村は普通の農村で農家ばかりだからね。姉さんもエルミラも村の誰かに嫁がされるだろう。アヌベティはずっと教会かな。嫌じゃない。そんな因習村みたいな話。逆にCランク以上になれば信用がつくから簡単で割のいい仕事も沢山ある。村に戻らなくてすむ」
「そうなのか?」
俺はヘレンに確認した。
「はい。DとCでは引退後も含めて待遇がまったく変わります」
そう言えば以前ヘレンから、ギンさんはまだ信用がまるでないという話をされた覚えがある。Fランクだったしな。
「じゃあ、カイルは探索者やめて村に帰るのか?」
「ああ」
「戻ったら何するんだ?」
「普通に農家。許嫁に畑を任せきりになってるし」
許嫁!
「お姉ちゃん、弟に負けてるぞ」
驚きで俺はつい口を滑らせた。
フレアは酒で赤い顔をさらに真っ赤にして俺にまくし立てた。
「負けてんじゃなくて悪い虫を寄せつけないためのカイルのカムフラージュがうまく行き過ぎたのよ。行き遅れじゃないわ。そんなこと言うなら、あんたもらってよ。ほら」
フレアは再び俺にキスをしようと纏わりついて来た。
ド酔っ払いのキス魔め。こっちの世界の結婚適齢期が何歳なのかは知らんがイメージ的に前世よりは若いだろう。一般的にはフレアは既に行き遅れとされる年齢なのかも知れない。だとするとコンプレックスだったか。
俺はフレアの顔面を抑えてのけぞらせた。
「カイル、カイル」
カイルがフレアを羽交い絞めにして引き剥がした。そのまま抑え込む。どうどう。
ヘレンが届いたばかりのエールのジョッキを持ち上げ、ごきゅごきゅと一息に飲み干していく。ドンと音が鳴るほど木製のジョッキの底をテーブルに叩きつけた。
「フレアさんで行き遅れというなら私なんかどうなるんです!」
ヘレンに飛び火した。もっとコンプレックスが強かったらしい。二十五歳だもんな。
「だからフレアさんより私をもらってください」
据わった目で対面の席から見下ろされた。
『だから』の意味が分らない。
あなた、それ一杯目ですよね? まだ酔ってはいないはずだ。
「ちょっと待て」
座っていてもヘレンとは一メートル近く身長差があるエルミラが割って入った。
「オレなんかギンに人には言えない恥ずかしい秘密を知られてるんだ。だったらオレだ」
エルミラ以外の女子たちの変態を見る様な冷たい視線が一斉に俺を貫いた。
ちょっとエルミラさん、あなた何言っちゃっているんですか。『清浄』の際に勝手に自分からお漏らしの話をしただけでしょう。
「いいえ。ギン様はザマー様の敬虔な信徒です。いつもお布施をいただいております。ここは同じ信徒であるわたくしのほうが」
アヌベティまで何か言い出した。
お伏せってただの『清浄』ですよね? 俺、ザマー様の信徒じゃないし。
一気にモテ期だ。
「みんな急にどうした?」
中二の頃なら夢に見た展開だが、この歳にもなると実際にそんなうまい話があるわけないと俺も悟りを開いている。うまい話よりも美人局のほうがありえるだろう。鼻を伸ばしたらカイルにガツンとやられたりして。
ついさっきも騎士団長とハニートラップの話をしたばかりだ。
まさかと思うがこの短時間で俺の知り合いの女子全員をハニトラ要員に仕立てたのか!
貴族怖ええ。
「騎士団長に何か言われたのか?」
俺は口に出して確認した。
全員、きょとんとした顔だ。
違うのか?
とすると、ただの酔っ払いか? 前回強そうに見えたけれども思ったよりヘレン、酒に弱かったんだな。呑み過ぎは良くない。
「『解毒』」
俺は同じテーブルにいる六人に『解毒』をかけた。カイルとナオミはついでだ。
「あれ?」とカイルに羽交い絞めにされたままのフレアが間の抜けた声をあげた。
アヌベティ、エルミラ、ヘレンも、ハッとしたように正気に戻った。
赤かったみんなの顔色が普通に戻った。
ところが見る間に真っ赤になった。今度は酒のせいではなく行き遅れコンプレックスを口に出した羞恥心からだろう。
俺にも思い出したくない酒の席の失敗は山ほどある。
ここは素知らぬ態度で躱すのが大人だろう。
俺は自分のジョッキを握ると立ち上がった。
「他の昇格した奴らに挨拶してくる」
なにせ本日のスポンサー様たちだ。お祝いを言わなきゃ失礼だろう。
俺は別のテーブルに点々といる見知った顔ぶれに向かって歩きだした。
頭の中でどういうルートで回るか考える。
昇格したみんなに声をかけたら席には戻らずに、そのままバックレようと心に決めた。