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第43話 わたくしたちみんなの我儘よ

 酒場に入る前に受付のヘレンの所に寄った。


 ヘレンは誰も並んでいないカウンターをひたすら守っていた。


 ヘレンの隣のエース受付嬢の席にはカウンターに衝立が置かれていて『別の列にお並びください』とある。カイルたちに合流しているのだろう。


「打ち上げ行こうぜ」と、俺はヘレンに声をかけた。


「まだ勤務中です。それに私なんかが行っても良いのでしょうか?」


「良いに決まってるだろう」と俺はエース席の衝立を指さした。「彼女も行ってんだろ?」


「はい。ですがカイルさんたちの担当者ですし。私は関係者ではありません」


「何言ってんだよ。ヘレンは捜索隊の立ち上げに加わったんだ。十分関係者だよ。捜索隊が行かなければ多分誰も戻らなかった。よな?」


 俺はエース席のさらに向こうの受付嬢に声をかけた。俺たちのやりとりは彼女の耳にも届いている。


「ええ」と受付嬢。「行って来ていいわよ」


「どうせヘレンの列には俺しか並ばないんだ。俺が来たから今日の仕事はもう終わりだろ」


「ひどいです」


 そうは言いつつもヘレンは自分のカウンターにも『別の列にお並びください』の衝立を置き外に出てきた。


 ヘレンと一緒に、がやがやと外まで喧騒が聞こえる酒場に入る。


 入った瞬間に帰りたくなった。


 酒場の内部は完全にできあがって(・・・・・・)いた。昇格が決定した昼から飲み続けているのだろう。まだ時間が早いので探索帰りの人間はそう多くないが少なくとも遭難者と捜索者という石の遺跡関連のメンバーは全員いそうだ。重症だった人たちも。大丈夫なのか?


 できあがった酔っ払いの集団の中に後から入っていく行為はテンションが違い過ぎて地獄でしかない。


 自分の昇格祝いの際はお互いに素面(しらふ)スタートだったから自分は酔わなくてもノリについていけたが今回は後からの合流だ。まるでノリが違う。ヘレンを誘わず一人だったら間違いなくクルリと振り向いて帰っていた。


 部屋の角のいつもの席にカイルたちのパーティーがいる。


 今回、全体で計十人の新Cランク探索者が誕生していた。遭難側も捜索側も無事に戻った時点で含まれていたDランク探索者全員のCランク昇格を決定したケイトリンの判断は早かった。そもそもCランクに近い実力の持ち主たちだったし変異個体(イレギュラー)対応に救助活動の功績もある。妥当な判断であるらしい。


 カイルパーティーではフレア、アヌベティ、エルミラの三人がCランク昇格だった。カイルはもともとCランクだったので、これで全員文句なしのCランクパーティーだ。


「ギンーっ、ヘレンーっ」と部屋の角から声が上がった。フレアだった。


 相変わらず目の前に空にしたジョッキをいくつも並べたフレアが自分の席から手を振っていた。


「遅いわよっ!」


 席に近づくなり叱られた。自分の髪よりも真っ赤な顔をしている。据わった目だ。


 俺は生贄としてヘレンを差し出したそうとしたがフレアに強引に手を引っ張られて無理やり隣に座らされた。


 同じテーブルにはエース受付嬢も座っていた。


 カイルの隣だ。


 エース、カイル、フレア、俺の順だった。


 対面に奥からアヌベティとエルミラがいる。エルミラの脇にヘレンが座った。


 カイルが素早く近くにいた酒場の店員に「エール二つ」と声をかけている。気配りのできる男だ。


「フレア、アヌベティ、エルミラ、三人ともCランク昇格おめでとう。今日は俺が奢られる番だな」


「あんたのお陰よ」と、既に呂律の回らなくなった口調でフレアが言った。


 俺はフレアにがしりと肩を組まれた。顔が近いので酒臭くて仕方ない。


「本当に。よっく助けに来てくれたわ」


 ぶちゅりとキスをされそうになったので咄嗟に額をがしっと握ってフレアを押し返した。


 キス魔か!


「ちょっと何であたしの感謝を拒むのよ!」


「そんな酒臭い感謝はいらん」


 酒の席は危険だ。向こうが酔ってやったことでも何かあるとすぐセクハラ、パワハラにされてしまう。


 ましてや今の俺は酔っていない。何かあったら、相手は酔っていてもあなたは正常な判断ができたはずだとか言われてしまう。


「カイルっ!」


 俺はフレアの背後にいるハーレムリーダーのカイルに助けを求めた。あなたの所の娘さんが酔っぱらって暴れています。


 カイルは後ろからフレアを羽交い絞めにした。


「こらっ、カイルっ、放しなさいっ、あたしはギンに感謝を伝えなければならないのっ! あたしのせいであんたたちが死んじゃうところだった。あたしがどうしても今月中にCランクになりたいだなんて我儘言ったから」


 フレアはボロボロと涙を流していた。


 アヌベティとエルミラは顔を見合わせて苦笑いをしている。


「フレアちゃん。あなただけの我儘じゃないから。わたくしたちみんなの我儘よ。わたくしたちは三人で村を出るって一緒に決めたの」


 アヌベティがフレアに声をかけた。


「そうだぜ。オレだって村に残ってそのままどっかのおっさんに嫁がされるなんて真っ平だ。だから一緒に村を出たんだろ」とエルミラ。「これでみんなCランクだ」


 何だか事情があるらしい。


 カイルが羽交い絞めにしていたフレアを放した。


 フレアは暴れずに涙をしゃくりあげていた。


「ほら、姉さん、誰も姉さんのせいなんて思ってないだろ」


 ん? 姉さん?

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