第41話 領主にもよろしく言っといてくれ
他の探索者たちも歩ける者はぞろぞろと遺跡から出てきて首を刎ねられた八つ手熊(仮称)を取り巻いた。
魔物に詳しいCランク探索者の話では四つ手熊の変異個体ではないかという話だった。偶にそういう奴がいるらしい。
通常は単独行動を好む四つ手熊を纏め上げて群れをつくっていたようだ。遭遇した四つ手熊が不自然に多すぎた。
詳しくはギルドが調査をするだろう。
俺は目の端で透明な『地図』を確認して周辺の魔物の存在をチェックした。もう熊はいないようだ。
古参Cランクと同一パーティーの【斥候】に探索者ギルドまで連絡に行ってもらった。
【回復魔法士】が全員魔力切れの上、アタッカーも回復しきれていないのですぐには動けない。【攻撃魔法士】も魔力切れだ。
一晩野宿で魔力の回復に努めて帰還は明日になる旨を伝えてもらう。
幸いなことに遭難者にも捜索者にも死人は出なかった。二次災害がなくて良かった。
もし俺たちが捜索に来ていなかったら遭難者たちは全滅だっただろう。
助かった者たちが口々に俺にお礼と救助にかかった費用の心配をしてきたので、領都騎士団長が遭難した探索者を捜索するための基金を立ち上げたという適当な嘘を言って安心させた。ハンドリーの功績だからあったらハンドリーに良くお礼を言うようにとも伝えておく。ハンドリー、本人の知らないところで大活躍だな。
前世からの俺の持論だがお金はないよりはあった方がいいに決まっているけれどもお金そのものには価値なんかない。お金で手に入る何かに価値があるのだと俺は思っていた。使わないお金なんかいくら持っていたって仕方ないし実際にお金に価値があるのは使った瞬間だけだ。ダイレクトに必要な何かが手に入るのであればお金になんか興味はなかった。
マッチポンプみたいに領都騎士団長から泡銭を稼いでしまったので有意義に使わせてもらおう。
使わずに貯められているだけにされるよりお金なんかで一人でも探索者の命が助かるのならば、そのほうが良いだろう。この世界での俺は独り者だから宿代と飯代ぐらいしか必要としていない。毎日うまい食い物が食える生活ができればそれで十分だ。
そもそも金貨だ銀貨だと言ったところで馴染みがないので価値がぴんと来ない。おもちゃのお金かゲームの中のお金にしか感じられないので愛着がまるでなかった。
だからすべてはハンドリーの手柄だと丸投げして探索者たちには気にするなと俺は笑った。
遺跡の内側は少なくとも四つ手熊クラスの大型の魔物は入って来られないので安心できる場所だ。回復した探索者たちに交代で見張りについてもらって他は眠った。
明け方近くなり、まだ残っていた四つ手熊が襲って来たので寝ている人間たちは叩き起こされた。一頭だけだ。
探索者たちには攻撃を控えてもらって、俺は安全地帯である遺跡の中から何度もわざと失敗してみせた末に四つ手熊を『石化』させた。領都騎士団長へのお土産だ。
領都騎士団が団員の対魔物訓練のために生きたままの魔物を探しているという話をした。
一晩眠って魔力が回復した俺たちは誰一人欠けることなく探索者ギルドに無事帰還した。
※※※※※
昼過ぎに探索者ギルドに着いた俺は、そのままギルドマスターの部屋に通された。
事の顛末と捜索に対する報酬は基金から出たと口裏を合わせてもらうように話をした。
ヘレンにも誰かに聞かれたら同じ話をしてくれと頼む。
もしハンドリーが立ち寄ったら、やはり同じ話をしておいてくれと二人にお願いした。
領都騎士団からの団員の『石化』を『解除』した報酬にまだ残りがあるので今後も捜索が必要な遭難が起きたらギルマス判断で使ってもらって構わないという話も伝えた。
これまでほとんど探索者には絡んでこなかった領都騎士団長の株を上げる行為となるため、領主が警戒するかも知れないな、という忠告をギルマスからもらう。そこはハンドリーにうまくやってもらおう。頑張れハンドリー。
遭難していたDランク探索者と捜索に向かったDランク探索者は諸々加味して全員Cランクに昇格ということになった。変異個体対応だったし功労賞だ。
ヘレンに領都騎士団に『石化』した四つ手熊を納品に行くという話を伝えてギルドを出た。
荷車を借りて石になった熊を積んで、ごろごろと練兵場まで引いていく。
ちなみに遺跡からギルドまでは盾を橇代わりにしてロープで引いて来た。
俺が騎士団の練兵場の前まで辿り着くと何人かいる門番に揃って敬礼をされた。
まあ、俺は指導役だからな。騎士団長から通達か何かがあったのだろう。
俺を前にして何だかやたらと緊張しているようだ。団長、厳しく言いすぎたんじゃなかろうか?
「捕獲した魔物を納品に来た。どこへ運べば良いか聞いているか?」
「代わります」
門番の一人が俺に代わって荷車を引いてくれた。
「ありがとう。ハンドリーは来ているか?」
「おられます」
「呼んでくれ」
偉そうに思われそうだが指導役ムーブで上から目線の発言をする。
騎士団長にもため口を利いていたのだから何を今さらだ。
練兵場の一画に太い木材を組み合わせてつくった四角い檻が作られていた。突貫で作ったに違いない。
檻は一辺が二十メートル程だ。
高さは十メートルぐらいあり天井部分は檻の中が雨で濡れないよう格子ではなく屋根になっていた。
檻の一画には縦横三メートルくらいの大きな扉があり、扉の外側には扉と同じ大きさの小さな檻の小部屋がついていて、もう一つ扉があった。要するに二重扉だ。
一方の扉を開けて中に入った後、入った扉を一度閉めてから次の扉を開けてさらに中に入る。出る時はその逆だ。
檻の中央付近の地面に太い鉄製の杭が撃ち込まれていて杭には金属製のやはり太い鎖と首輪が繋がっていた。
檻の中に魔物を入れた後、首輪を嵌めて鎖で拘束しようというのだろう。
鎖の長さは八メートル程なので檻までは届かない。
半径八メートルの範囲で動き回る魔物と檻の中で闘って慣れようという施設なのだろう。
俺と門番は荷車のまま扉を開けて檻の中に入ると『石化』している四つ手熊を降ろした。
石のままの状態の熊に首輪を嵌めた。
熊は遺跡の内側に隠れた探索者に対して襲い掛かろうとした姿勢のまま固まっている。
もちろん、まだ『石化』は『解除』しない。
準備ができたら『解除』をするので生かさず殺さず熊と訓練をしてほしい。
門番からの連絡が行ったらしくハンドリーがやって来た。
「四つ手熊だ。騎士団員をCランクレベルまで鍛えてやってくれ」
俺はハンドリーに話しかけた。
「お前なあ」とハンドリーは呆れた様な声を出した。
「人が知らないところで勝手に訓練メニューを決めないでくれよ」
俺が魔物を連れて来るから実際の戦闘方法はハンドリーから学んでくれ、という話が団長とはついている。きっと話を聞いたのだろう。
それも大事だが探索者捜索基金の話をしなければならない。なにせ表向きの立役者はハンドリーだ。
俺と門番は厳重に二重扉を閉めて外に出ると俺は門番を持ち場に帰した。
ハンドリーと二人きりになる。
「いや、そんなことよりもさ」と昨日今日の出来事を説明した。
「領主にもよろしく言っといてくれ」
なぜか、ハンドリーは頭を抱えた。