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第40話 俺は笑った

 俺に向かって八つ手熊(エイトアームズ)(仮称)が駆け寄って来た。


 八本の前足と二本の後肢で、ぬめりと地面を駆けてくる。


 普通にイメージする熊の肉体よりも胴体が異常に長いので、どこか蛇に似た動きにも見受けられた。前世でセレブが乗っていそうなバスみたいな長さのリムジンも想起させる。


 駆け寄った勢いのまま噛みつこうとしてくる八つ手熊(エイトアームズ)(仮称)を俺は素早く横に跳躍して身を躱した。


 俺の頭の中にあるイメージは、熊が大口を開けてガブっと来るところを素早く躱して、閉じた熊の口の中には俺はおらず、端から俺が熊を眺めているという構図だ。


 俺の体は必要以上に安全側にバフをかけていたから肉体的な意味では何ら問題はない。


 根本的に問題があったのはその体を動かしているのが、おっさんのとろい神経だった点だ。


 そもそも前世の俺は若い頃から運動神経が悪かった。アスリートであったわけでも何でもないので肉体のスペックが上がったところで上手に使いこなせるかは別の話だ。


 腕相撲の様にゆっくりとした動きであれば問題はない。


 四つ手熊(フォーアームズ)生息地まで来た際の様な長距離走でも問題はなかった。


 けれども、ダッシュとかジャンプとか瞬間的な動きについては実際の体の動きと頭の中で想像している自分の動きが乖離している。


 八つ手熊(エイトアームズ)(仮称)の噛みつきを素早く跳躍して躱した俺の跳躍は俺が思っていた以上に威力があった。


 自分でジャンプをしておきながら威力がありすぎて跳んだ先で地面に足を踏ん張れない。


 おっとっとっ、と俺はたたらを踏んだ。


 踏ん張りきれずにべちゃりと転ぶ。


 格好をつけて舞台に上がったはずが子供たちの前でいきなり醜態を晒している。


 結局のところ、人は中身ということだろう。


 八つ手熊(エイトアームズ)(仮称)は俺の隙を逃さず、すかさず俺に飛び掛かろうとした。


 俺は後ろ手に這いつくばった姿勢で後退りをしながら地面を強く蹴った。


 バク転をしようとしたわけでもないのに体が浮き上がり、後ろにでんぐり返しをする形で俺は立ち上がった。


 熊が来る。


 咄嗟に俺は左手に握っていた盾を振るって噛みつこうとしてくる熊の横っ面をひっぱたいた。


 横方向に錐揉みをする様に回転しながら熊は転がった。


 ふらふらと熊は立ち上がると八本腕をすべて万歳の様に掲げて俺を威嚇する。


 ラッシュのような振り下ろしが予想された。


 端から見れば俺は絶体絶命のピンチだろう。


 今だ!


 俺は、さも魔法をかけるというポーズをとるため右腕を熊に向かって突き出した。


 けれども、俺が『眠り』の一言を口にするまでもなく熊は前のめりにゆらりと揺れるとそのまま地面にダイブするように倒れ込んだ。


 脳震盪だろう。


 熊の頭が俺の目の前にある。


 断頭台に首を載せるように直径一メートル以上もある熊の首筋が無造作に晒されていた。


 熊は気絶したまま動かない。


 俺は遺跡に目を向けた。


 カイルが両手にそれぞれ剣を握りながら駆けてきた。


 刃には炎がちらついている。


【魔法双剣士】の名前の所以たる魔法剣だろう。


 火の玉は瞬間的にかき消されたが火の剣はどうだろう?


 駆け寄って来たカイルは、そのままの勢いで跳躍すると空中で回転し、熊の首筋めがけて挟み込むように二本の刃を叩きつけた。


 主役級とおっさんの違いは明らかだ。カイルの一連の動きは決まっていて美しかった。


 熊の首が切断されて前方に転がる。


 熊の体側と頭側、それぞれの切断面でちろちろと炎が燃えていた。


 毛皮は耐炎でも中身は違うらしい。魔法剣の炎に焼かれていた。


「助かった。死ぬかと思ったぜ」


 俺はカイルにお礼を言った。


「おっさん、魔法使った?」とカイル。


「あ、いや」


 俺は口ごもった。


「かからなかったんだ?」


「まあな」

 

 俺は肩をすくめた。


「凄いシールドバッシュだった」


 カイルに続いて遺跡から駆け出してきたエルミラが俺に言った。


「攻撃力がないだなんて、よく言うよ」とカイル。


「【支援魔法士】だからな。魔法を失敗した場合の隠し玉だよ」


 適当なその場しのぎを俺は口にした。


 フレアとアヌベティもやって来た。


「全員無事で良かった」と、カイルパーティーに向かって俺は言った。


「格好悪いところを見せたが捜しに来た甲斐はあった」


「おっさんが捜索隊を出してくれたんだってな。凄い金を使ったんじゃないかって【回復魔法士】の人から聞いた。一生かかっても絶対返す」


「そうなのっ?」


 カイルの言葉にフレアが頓狂な声を上げた。もちろん驚きは『絶対返す』ではなく『凄い金を使った』のほうだろう。エルミラとアヌベティは逆に絶句している。


 俺は笑った。


「違う違う。そんな金が俺にあるわけないだろう。出したのは領都騎士団長だ。探索者捜索用の予算をハンドリーが勝ち取った結果らしいから会ったらお礼を言っとけよ」


 もちろん口から出まかせだった。後で口裏を合わさせなければ。


 俺は改めて四人を見渡した。


 カイル、フレア、アヌベティ、エルミラ。


 もう誰も悲痛な顔はしていなかった。


 けれども、ここまで歯を食いしばったり泣いたりはしてきたらしく泥汚れのついた顔には水が流れ落ちた痕がある。


「『清浄(クリーン)』」と俺。


 四人の顔から綺麗さっぱり汚れが消えた。

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