第39話 これでもCランクだってところを少しは見せないとな
八つ手熊(仮称)が突っ込んできてから探索者たちが壊滅して遺跡の中に逃げ込んでくるまでは、あっという間だった。
俺は全身に必要以上にバフをかけているから仮に八つ手熊(仮称)に殴られたところで無傷だろう。
それ以前に速度がアップしているので熊からの攻撃はまず当たらない。
魔法をかければ絶対にかかるので『眠り』も『麻痺』も『石化』もどれでも選り取り見取りで熊を無力化できるはずだ。
けれども俺には致命的に足りないものがある。
探索者としての経験値だ。
おっさんとしての人生経験は長いが探索者として街の外に出るのは実働二日目だ。
俺は目の前で探索者たちが壊滅していく様を呆然と見てしまった。
Cランク探索者たちがすぐに反撃の動きを取ったのに対してDランク探索者たちは動けなかった。俺はそのDランク探索者以上にまったく動けず、ただ見ていただけだ。
もし俺に本来のCランク探索者ばりの反応ができれば、咄嗟に何らかの魔法を放って八つ手熊(仮称)を無力化できたはずだ。
幸いにしてタンクたちの撤退判断が適切だったため、倒れた前衛職たちに死亡者は居なかった。タンク自身も散々熊に殴られてはいたものの本来業務である『盾で受ける』ができていたため全員無事だ。
【斥候】も【回復魔法士】も【攻撃魔法士】も無事遺跡の中に逃げ込めている。
問題があるとすれば遺跡の内部は全員を収容するにはあまりに狭く、元気のあり余っている八つ手熊(仮称)は癇癪を起して柱を叩き壊そうと八本の腕で激しく連打をしていることだ。このままでは直に壊されることだろう。
皆、不安げに熊が叩いている柱を見上げていた。
【回復魔法士】たちが総出で回復魔法をかけていたが倒れた前衛職たちはまだ立てない。
柱が壊れるほうが早いだろう。
盾を構えたタンクたちが熊のいる柱の前に盾を構えて並んでいる。
【攻撃魔法士】たちが柱の隙間から熊に対して火の玉をぶつけていた。
けれども当たった瞬間に火の玉は、しゅんと消えてしまう。
耐炎性の毛皮というのがあるのだろうか? あるならば多分それだ。
指揮をしていた古参Cランクの前衛職も今は倒れている。
古参と言っても俺とそう変わらない年齢だからその他の者たちは全員俺よりも若い。
俺は治療を受けている前衛職たちの様子を惚けっと眺めていた。
フレアが俺の袖を引いた。
「どうするの?」と俺に訊いた。震えていた。
見回すと他のDランク探索者たちも泣きそうな顔をしている。
泣きそうでこそないがCランク探索者たちも悲痛な表情を浮かべていた。
攻撃魔法が効かず前衛職も立てないとなっては絶望的だ。状況がわかっているのだろう。
柱は見ている間にも壊されそうである。
動ける者は壊れた瞬間に飛び出すことができるだろうが負傷者は不可能だ。
逃げたとしても安全地帯から出た後、八つ手熊(仮称)に追いつかれないとは限らない。執拗に追いかけられ続けたら絶対に生きては戻れないだろう。
そもそも捜索隊に依頼を出したのは俺だから、現場指揮官が倒れた今、判断をくだすべきは俺だ。遭難者を救助に来て二次災害を起こしてしまうわけにはいかなかった。
それ以前に子供がみんな泣きそうな顔をしているとなったら、おっさんの出る幕だろう。
俺はフレアの頭に、ぽんと手をのせた。
「大丈夫。あいつの動きは俺が止められる」
宣言した。
実際に今この場から何らかの魔法を放って相手を動けなくするのは簡単だ。
炎の魔法が効かないからといって『絶対魔法効果』の前には関係ない。
なのだけれども俺の魔法が実際は、かけ放題だとは知られたくなかった。領都騎士団を『石化』させた事実だって『ここぞ』という時の魔力の暴走だとハンドリーとケイトリンには説明している。
もう一つ。
Fランクのままならばべつに気にしなかったが、名ばかりCランク探索者となってしまったので、それなりに体を張って見せないと本物の皆さんに申し訳ないと思っていた。
努力を繰り返してランクを上げてきた探索者たちを、ほぼ贔屓みたいにして飛び越えたのだ。安全な場所から魔法をかけたり金の力を使うだけというのは違うだろう。
一応少しは動ける奴なんだと見せておかないと飛び越えられた探索者たちも自分を納得させられないに違いない。
「どうやって?」
「【支援魔法士】だから魔法をかけるに決まってるだろう。ここからかかるまで『眠り』をかけ続ける」
「何回くらい?」
「一角兎の時は三十回だった」
「その前に崩れるわ!」
場を和ませようという、おっさんのユーモアは若い子には通じなかった。
フレアに思いきり叱られた。
「心配するな。『ここぞ』って時だけは失敗したことがない」
「『ここぞ』って何?」
「死ぬか生きるかの瀬戸際」
フレアが息を呑んだ。
「俺が心配しているのは、むしろ相手を眠らせた後だ。眠らせた隙にと皆で逃げてる途中で目を覚まして追いかけて来られたら致命的だ。俺には攻撃力がないから相手が痛みで目を覚まさない様、誰かに一撃で首を刎ねてもらう必要がある」
俺は倒れている前衛組に眼をやった。
まだ魔力の残っている【回復魔法士】たちが総出で魔法をかけていたが捜索部隊のCランク組は、ほぼ動けないままだった。
残りはカイルたち最初からここに逃げ込んでいた三人とDランクの何人かだ。
Dランクが一撃で何とかできるとはとても思えない。
「カイル。お前がやってくれ」
「はい」
カイルは神妙に頷いた。
俺は倒れている前衛職の誰かの盾を手に取った。
目の前の柱を殴りつけている八つ手熊(仮称)を見上げる。
「『眠り』」
遺跡の内側から『眠り』の魔法をかけた、振りをした。
振りなので当然魔法はかからない。
「やっぱり安全地帯からでは駄目みたいだ」
探索者たちに適当な嘘をついた。
作戦としては俺が一人だけ遺跡の外に出る。
バフの力で襲い掛かって来る八つ手熊(仮称)の攻撃を躱す。
何度か失敗した振りをした末に『眠り』の呪文を成功させる。
カイルが首を刎ねる。
以上だ。
「これでもCランクだってところを少しは見せないとな」
俺は八つ手熊(仮称)がいるのとは正反対側の柱に向かった。
隙間から外に出る。
少し遺跡から距離を取ってから熊がいる側に回り込んだ。
「へい」と八つ手熊(仮称)に声をかけた。
獲物を目の前にして八つ手熊(仮称)が俺に狙いを付けた。




