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第34話 その晩、カイルたちは探索者ギルドに戻らなかった

 探索者ギルドに戻って依頼完了の報告をヘレンにした。


 追って騎士団からも探索者ギルドに対しても同じ報告と支払いがあるだろう。


 一部を探索者ギルドに手数料として抜かれ、そのさらに一部が歩合給としてヘレンに入って残りが俺の口座に振り込まれる。


 まだ昼過ぎなので探索者ギルドの内部はそれなりに閑散としていた。


 いつも閑古鳥が鳴いているヘレン前のカウンター席に座って今後の探索者活動について相談する。


 Cランク探索者ともなれば受けられる依頼の種類も一般人からの信用も大違いだ。


 これまでは二十六歳Fランク探索者という信用の()の字もない立場であったため、街中での配達依頼一つ受けられなかった。世間一般として俺は要注意人物扱いだ。


 ヘレン曰く俺には何も信用がない、そうだ。


 というのが昨日までの俺である。


 今ではCランク探索者。Cランクともなれば二十六歳という年齢も不利ではない。年齢を経て相応な実力を身に着けたものと判断される。


 俺の実際の探索者活動としてはわずか一日だけ薬草採取を行ったに過ぎないのに、十年も探索者活動をしてきたような探索者たちを軒並み飛び越えてしまっている。申し訳ない。


「定期的に魔物を生け捕りにして騎士団に卸すことになった。何がいいだろう?」


「え?」とヘレンは呆気にとられた顔をした。


「魔物を定期的に生け捕りですか? そんなこと普通しません」


 ですよねぇ。でも、もう約束しちゃったんだ。


一角兎(アルミラージ)じゃ駄目なのですか?」


「騎士団が束になって修行をする相手としては弱すぎるだろう。もっと苦労する相手が相応しい。俺の勝手なイメージだと最初は搦め手のないパワータイプがいいな。ミノタウロスだとかオーガだとか。ブレスや毒、空を飛ぶといった特殊能力持ちは無しだ。狼やゴブリンといった群れる魔物も数がいないと実力を発揮できないだろうから無し。ヘレンセレクトで条件に合うような魔物が何かいないか? もちろん俺の手に負える奴だ」


 ヘレンは少し考えてから口にした。


「パワータイプで単独行動をする魔物となると熊はどうでしょう? 四つ手熊(フォーアームズ)あたりが適当です」


「俺でも何とかなる奴?」


「ギルドでは倒せれば一般的なCランク探索者の実力ありという目安にしてますね。前肢四腕後肢二脚の六つ足の熊です。後肢で立ち上がり四本の手で繰り出してくる『袋叩き』は半端なタンクでは止められません」


「俺は前衛職じゃないけれどそのくらいできて当然だぐらい思われてるんだろうなあ。望んだ昇格じゃないのに」


「あらっ、そんなこと言わないでくださいよ。万年Dランクで燻ぶっている探索者たちに、新人【支援魔法士】に先越されてんじゃねぇって焚きつけちゃいましたよ」


 ヘレンの隣の席に座っているカイル担当のエース受付嬢が口を挟んできた。


「普段は酒を飲んだ次の日は二日酔いで潰れているんですが酔いが醒めたからってフレアさんたちも四つ手熊(フォーアームズ)狩りに行きました。今日もう狩って来たパーティーもいるから、しばらくはCランクに上がる人が増えるんじゃないかしら」


「あれっ? カイルたちはCランクじゃなかったっけ?」


「カイルさんだけですね。他の三人はまだDランクです。これからも探索者を続けたいならそろそろ上がっておきたいところでしょう」


 Cに上がるか上がれないかで探索者として一人前か否かの分かれ目になる。カイルは一番若そうだったが他の三人はそろそろ二十歳くらいだろうか? ああ見えてエルミラも。だとしたら子供が夢を見る季節もそろそろ終わりだ。現実と向き合う必要がある。


「解体所に行けば四つ手熊(フォーアームズ)の実物が見られる?」


「そのはずです」


 俺は解体所に移動した。


 サブマスに声をかけて実物の四つ手熊(フォーアームズ)を見せてもらう。


 まだ納品順番待ちらしく大八車の荷台に載せられたままの四つ手熊(フォーアームズ)が仕留めたパーティーに引かれていた。


「デカイな」


 全長三メートルはあるだろう濃い黒毛の巨大な熊だ。


 前世で知っている熊の前足と後ろ足の中間あたりに第二の前足が一組生えていた。昆虫のような六足だ。


 落っこちない様荷台にロープでぐるぐる巻きに括りつけられている。


 熊の体は傷だらけで毛皮の買い取り価格は相当買い叩かれるに違いない。致命傷と思しき深い傷が幾つも熊の肉体に付けられていた。


 それなりの死闘であったのだろう。前衛職らしき者たちは全員血だらけだ。恐らく返り血だろうが、そうではなく自分で流した血も含まれていることだろう。


「これで俺たちも念願のCだぜ」


 俺が近づくとそのパーティーは嬉しそうでありつつも自慢気に声をかけてきた。


「やったな。ご祝儀だ」と俺はパーティーメンバー全員に『清浄(クリーン)』をかけた。


 それからどこで仕留めたとか、どうやって仕留めたとか、一頻(ひとしき)り武勇伝を聞かせてもらった。


「そのあたりに行けばまだ他にもいるかな?」


「俺たち以外に何組かパーティーが入っていたから、もっと奥に行かないと無理だろうな」


「そうか」


 あまり遠くなると獲物を持ち帰るのが大変そうだ。


 その後、俺は解体の見学をしつつ帰ってきた探索者たちに『清浄(クリーン)』をかけて小銭を稼いだ。


 酒場でやろうかと思ったが血だらけ状態で帰ってきて納品してすぐの解体所のほうが『清浄(クリーン)』の需要がありそうだ。


 サブギルマスに、そういう小遣い稼ぎをここでさせてもらいたいという話をして見返りに血だらけの解体所員に時々『清浄(クリーン)』をかけることになった。


 カイルたちのパーティーが戻ってきたら少なくともアヌベティとエルミナは『清浄(クリーン)』を希望するだろう。


 そんな想像をしながらカイルたちを待つ。


 けれども、俺が待っている間にカイルたちは帰って来なかった。


 解体所に顔を出さないだけかと思ってカウンターのカイル担当の受付嬢にも確認したが戻っていない。


 日中に話をした時と違って受付嬢の表情は明らかに暗かった。


 自分が焚きつけ過ぎたから、無茶をさせてしまったのではないかと心配している。


 探索だから遠出をすればその日には帰れず野宿になる場合ももちろんある。


 とはいえ、普通は概ねの行程を言い残してから行くものだ。カイルたちの場合は野宿ではなく夕方までには戻る予定になっていた。


 結局、その晩、カイルたちは探索者ギルドに戻らなかった。

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