第30話 そんな感じで俺の昇格祝いの晩は更けたのだった
酔えない酒飲みの時間は拷問でしかない。
俺は自分の体に常時各種バフをかけ続けていたがその一つには毒耐性のバフも含まれている。当然アルコールによる体への被害も食い止めてくれていた。
酒は百薬の長などという言葉もあるが、そんな言葉は呑兵衛が自分の酒飲みを正当化するために言い出した戯言だろう。酒を呑めば頭は痛くなるし反応は鈍くなるし記憶はなくなるし吐く。毒要素しか思い当らない。なのに、なぜ人は酒を飲むのか?
飲み会の主役であると同時にスポンサーでもある俺の元には、偶々居合わせた探索者たちが入れ代わり立ち代わりやってきては祝いと礼を口にし俺のグラスに自分のグラスをぶつけて俺にグラスを空けるよう強要してくる。
もちろん空けるが周りが全員ご機嫌な酔っ払いしかいない中、一人だけウーロン茶で腹をたぽんたぽんに満たしている様なものである。拷問以外の何者でもない。
唯一、俺同様、アルコールの影響を受けていないのがカイルだ。
特別、酒に強いわけではなくほとんど口にしていなかった。
開始早々、あれを頼め、これを頼めと繰り返されるフレアの注文に追われて自分が飲むどころではなかったためだ。フレアだけではなくアヌベティもエルミラも大体カイルを良いように扱っていた。
聞けば毎回そうだと言う。そういえば前回もカイルのジョッキだけほとんど減っていなかった。
そこまでしなければならないハーレムの維持に俺は関係ないので、俺は早々にカイルたちのテーブルからヘレンと一緒に逃げ出した。
フレアが大酔っ払いであるのに対してヘレンは、ざるだ。俗に枠という奴である。
ざるの真ん中がなくなり周りの枠しか残っていないと表現される、あれだ。
要するに大変お強い。
一見すると生真面目な澄まし顔のまま、けれども平気でジョッキを空にしていく。体がデカイ分、処理可能な酒の容量も多いのだろう。受付カウンターに座っている時の仏頂面とほぼ変化がないように見えて本人の中では気分が楽しくなってはいるのか、やたらと肩や背中をバシバシ叩かれた。俺以外の探索者は誰も近づこうとはしないから被害は当然俺だけだ。しんどい。
そんなわけで残念ながら俺自身は酒を楽しむことは諦めエルミナと話をした『清浄』営業に専念していた。今後の俺のメイン収入源だ。
酔っ払いから銅貨三枚を見返りに『清浄』をかけてやる。銭湯一回分より安い値段設定にしたので今日の散財を回収しようと思ったら千人でも足りないだろう。
毎日何人が客になってくれるか分からないが、夕方、探索者たちの帰還時間に合わせてギルドに待機していれば少しは希望者もいるだろう。三十人ちょいいれば銀貨一枚分にはなる。当初のFランク探索者の暮らしであれば問題ないだろう。
中には俺に銅貨三枚を払って『清浄』を受けていながら、飲んでいる内に自分に酒をこぼしたり誰かにこぼされるなりしてして二回、三回と『清浄』のお世話になってくれる奴もいる。もちろん、その都度、お代はもらった。
「Cランク探索者がせこい商売してんじゃねえよ」
偶に俺のCランク入りを気に食わないという奴が絡んでくる。おっしゃるとおり。
俺は腕相撲がハンドリーより強いだけであって探索者として何かを成し遂げたわけではない。噂を信じる輩は俺が元々ギルドマスターの知り合いだから便宜を図ってもらってCランクになれたと思っているのだろう。
ハンドリーのようなBランクはともかくCランク探索者ならば、このギルドにも沢山いる。万年Dランクみたいな奴らもいる。どちらも何年も探索者稼業で生きている人間たちだ。ぽっと出の俺みたいな奴は気に入らないと思われても仕方がないだろう。
そうは言っても俺だって二十六歳(自称)だ。噂のとおり在野で実力をつけていたならばCランクくらいは実力があっても不思議じゃないだろう。それとも【支援魔法士】が気に食わないのか?
実際に俺がハンドリーの腕をへし折ったり騎士団員の腕をへし折ったりした現場を見ている探索者はともかく話でしか聞いていない人間は、どうしても【支援魔法士】如きが生意気だと思ってしまうらしい。絡んでくるのは万年Dランク組が多かった。
「そう言うがあんたみたいに、いつでも魔物を倒せるわけじゃないんでな。ランクがどうだろうとソロの【支援魔法士】なんで安全に稼げる術はいくつか確保しておかないとやばいんだよ。薬草採取が候補から外れちまったから当面は『清浄』と腕相撲が俺の食い扶持だ。俺に勝ったらCランクにするようギルドマスターに推薦してやるからやってみるか?」
そんな感じで挑発してやると周りの誰かが囃し立てる。退けなくなった相手に高いレートを突き付けて遠慮なく巻き上げる。俺のCランク入りが気に食わない奴が、なぜ俺の奢りで無料酒を飲んでやがる。巻き上げて当然だろう。
さすがに腕を折りはしないが、まったく危なげなく相手の甲をテーブルに付けてやると、思ったより大したもんだとか何とか適当な捨て台詞を言って去っていく。絡んでおいて力で負けるのは恥ずかしいらしい。
そんな感じで俺の昇格祝いの晩は更けたのだった。




